わき道をゆく第107回 エリートたちの恐慌

▼バックナンバー 一覧 2016 年 12 月 29 日 魚住 昭

 エリートパニックという言葉を聞かれたことがおありだろうか。『災害ユートピア』(レベッカ・ソルニット著)に出てくる造語で、災害情報を伝える側の人が陥る恐慌のことだ。
 東京新聞の社説によれば、〈『普通の人々』がパニックになるなんて、とんでもない…。エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です〉と書かれているという。
 そのくだりにハッとした。5年前のイチF(福島第一原発)事故の記憶が甦った。当時、官邸の混乱ぶりを伝える情 報があるルートから刻々と入った。
 官邸は最悪の状況に陥っていた。イチFの暴走がつづけば東日本が壊滅する。かといって真実を国民が知ればパニックが起きる。無数の人々が逃げ惑い、多数の死者が出る。私の頭にはそんなイメージが膨らんだ。
 枝野幸男官房長官(当時)は「直ちに健康に影響はありません」と会見で繰り返していた。
 私はテレビでそれを固唾を飲んで見守った。記者時代の習性から、彼が本音を漏らしたら大変なことになると思った。「そのまま平静を装ってくれ」と祈るような気持ちだった。
 が、いま振り返ると、当時の私は『普通の人々』のパニックを恐れるあまり、自らパニくっていたようだ。原子力の専門家や官僚や政治家は、その気持ちがもっと強かったのだろ う。
 民間事故調の報告書にあるように、彼らは「『国民がパニックに陥らないように』との配慮に従って行政の各階層が情報を伝えない情報 操作」を行った。
「メルトダウン」と言った原子力保安院の審議官が更迭され、SPEEDI(緊急時影響予測ネットワークシステム)が沈黙した。パニックへの過度の恐れが裏目に出たのである。『普通の人々』は、エリートが想像するよりずっと冷静だった。
 イチFだけではない。東京新聞の社説によれば、3・11の4日後にこんなこともあった。
〈三月十五日深夜、富士山の直下で震度6強の地震があった。発表は「静岡県東部地震」で富士山噴火には触れていない。科学部の記者が取材したが、関連を認める火山学者はいなかった。噴火を心配したと語り始めたのは、随分、後のことだった〉
 つまり火山学者はパニックを恐れて本音を明かさなかったのだろう。まかり間違えば大惨事になっ たかもしれないのに…。
 東京新聞はもう1つ、4月1日正午前のM6・5の三重県南東沖地震にも触れている。
〈震源はフィリピン海プレートと陸側のプレートの境界。次の南海トラフ地震が始まるかもしれないと考えられている場所である。しかも、微小地震が続発している時期だった。「肝を冷やした」と話す地震学者もいる。
 実際には何も起きなかった。だが、「南海トラフ地震の発生確率が通常よりも高くなっている」と伝えるべきだった〉
 これは論説記者の反省だが、私自身の経験では、記者も往々にしてエリートパニックの虜になる。自らの記事が混乱の引き金になるのを恐れるからだ。
 そうしてメディアが臆すれば「普通の人々」はますます情報の埒外に置かれる。決定的な局 面で最も重要な情報はそれを必要とする社会に届かない。
 似たような現象は、1923(大正12年)の関東大震災の前にもあったらしい。吉村昭著『関東大震災』(文春文庫)によると、首都大地震の恐れを真剣に警告していた学者がいた。
 東京帝国大学地震学教室の助教授・今村明恒である。今村は1905(明治38)年、過去に江戸を襲った大地震の統計から百年周期説を唱えた。
 直近の大地震は1855(安政2)年に起きた。それから50年立っているから「これから50年以内に東京は大地震に襲われ、死者10万~20万人に達する」と警鐘を鳴らした。
 この説は市民に大反響を巻き起こした。地震学教室の主任教授・大森房吉は人心の動揺を抑えるため「全く根拠なき浮説」と 今村説を激しく非難した。
 最大20万人の死者が出るという今村の予測に対しても「今は東京市の道路広く消防器械も改良した」ので、昔のような大災害はないと思うと言った。
 何しろ大森は水平振子微動計などの地震計の発明や、地震帯の発見などで知られた日本地震学の最高権威であり、世界地震学界の第一人者でもあった。
 その大森が今村説を執拗に否定し、学界の多くも大森を支持したので、市民たちの恐怖は次第に薄らいでいき、今村は大ボラ吹きという非難を受けた。
 それから10年後の1915(大正4)年11月、千葉で5日間に65回の地震がつづいた。大地震の予兆かと不安が高まり、今村もその可能性に言及した。
 このとき今村説に真剣に耳を傾けていれば、関東大 震災の被害―死者10万人超―は幾分かでも防げたかもしれない。
 が、今度も大森が立ちふさがった。彼は「群発地震は決して大地震の前震ではなく、そのような簡単なことまで理解できず市民に不安を与えることは不都合だ」と今村を激しく叱った。
 大森は根拠に乏しい楽観論に立っていた。しかも社会不安を抑えなければならぬという権威者特有の責任感に駆られていたらしい。それがどれほど重大な結果をもたらしたことか。
 たぶん私たちが最も恐れなければならないのは、学者やメディアや官僚がパニックを恐れて口をつぐんでしまうことだ。過去の過ちをまた繰り返したくない。阪神大震災以来、私たちは地震の怖さを嫌と言うほど味わってきたのだから。(了)
(編集者注・これ は週刊現代連載「わき道をゆく」の再録です)