わき道をゆく

2018.1.15.
わき道をゆく
第124回 相当、使いでがあった
 岸信介はなぜA級戦犯として起訴されなかったのか。その謎を解くカギを探して、GHQによる岸の第1回尋問調書(1946年3月7日付)を読み解く作業をつづけている。 この尋問があったときA級戦犯28人はまだ起訴されていない。 […]
2017.12.28.
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第123回 目黒のサンマ、巣鴨のマグロ
 炎天下にJR池袋駅前の雑踏を抜け、東へ向かった。目印は、東方の空にそびえる超高層のサンシャイン60である。 戦争中、この辺りは空襲が激しかった。そのため戦後しばらくは、曲がりくねった小道の両側のあちこちに大きな穴があい […]
2017.12.15.
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第122回 「日本のユダ」が語ったこと
 おさらいをさせてもらいたい。前回、細川護貞の『細川日記』(中公文庫)をとりあげたのを覚えておいでだろうか。 戦時中、高松宮の情報収集係をつとめた細川は、この日記に東条英機のアヘン資金疑惑を書き留めている。それを細川に伝 […]
2017.11.21.
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第121回 「全然そんなことありません」?
 71年前まで公爵・近衛文麿の別邸だった荻外荘は、JR荻窪駅の南を流れる善福寺川のほとりにいまも残っている。 古びた門ごしに中をのぞいてみると、砂利敷きのアプローチが30メートルほど先で右に折れ、奥の玄関へとつづいている […]
2017.10.27.
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第120回 「それは公然の秘密であった」
 先週号の最後にほんの少しだけご披露した文書について、もう少し詳しくお話ししたい。 この文書は、終戦翌年の1946年5月、中国の南京高等法院からGHQ(連合国軍総司令部)に送られ、東京裁判の検察側証拠の一つになったものだ […]
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