わき道をゆく

2017.2.10.
わき道をゆく
第109回 忘れられた熊本の近代
 こんなに穏やかで澄んだ海を見たのはいつ以来だろう。 そう思いながら、私は岸壁の車止めに腰を掛け、疲れた足を休ませていた。水俣の市街地から広大な埋め立て地を回り、この湯堂湾に着くまで何時間も歩きっぱなしだったからだ。 そ […]
2017.1.20.
わき道をゆく
第108回 「被災地」となった故郷を訪ねて
以下は、昨年の熊本地震の後、週刊現代の連載「わき道をゆく」に書いた文章の再録です。-GW前、郷里の熊本に帰った。5年前に父が死んで以来のことだ。母は父の2年前に逝った。2人の墓はどうなったろう。余震はいつ収まるのだろうか […]
2016.12.29.
わき道をゆく
第107回 エリートたちの恐慌
 エリートパニックという言葉を聞かれたことがおありだろうか。『災害ユートピア』(レベッカ・ソルニット著)に出てくる造語で、災害情報を伝える側の人が陥る恐慌のことだ。 東京新聞の社説によれば、〈『普通の人々』がパニックにな […]
2016.12.9.
わき道をゆく
第106回 成し遂げられなかった変革
 幸徳秋水は大逆事件で処刑される3日前の1911(明治44)年1月21日、市ヶ谷の東京監獄から北京滞在中の石川半山あてに手紙を書いている。 半山は秋水と同じ故・中江兆民の門下生だった。しかも、前回ふれたように、田中正造の […]
2016.11.11.
わき道をゆく
第105回 直訴状が生まれるまで
  西幸門前交差点は日比谷公園の角の大きな十字路だ。その近辺で115年前、田中正造(1841~1913年)の天皇直訴事件があったのをご存じだろうか。 1901(明治34)年12月10日のことである。明治天皇臨席のもと第1 […]
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