わき道をゆく

2017.12.15.
わき道をゆく
第122回 「日本のユダ」が語ったこと

 おさらいをさせてもらいたい。前回、細川護貞の『細川日記』(中公文庫)をとりあげたのを覚えておいでだろうか。 戦時中、高松宮の情報収集係をつとめた細川は、この日記に東条英機のアヘン資金疑惑を書き留めている。それを細川に伝 […]

2017.11.21.
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第121回 「全然そんなことありません」?

 71年前まで公爵・近衛文麿の別邸だった荻外荘は、JR荻窪駅の南を流れる善福寺川のほとりにいまも残っている。 古びた門ごしに中をのぞいてみると、砂利敷きのアプローチが30メートルほど先で右に折れ、奥の玄関へとつづいている […]

2017.10.27.
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第120回 「それは公然の秘密であった」

 先週号の最後にほんの少しだけご披露した文書について、もう少し詳しくお話ししたい。 この文書は、終戦翌年の1946年5月、中国の南京高等法院からGHQ(連合国軍総司令部)に送られ、東京裁判の検察側証拠の一つになったものだ […]

2017.10.12.
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第119回 「大部分ハ東京ニ送ラレタ」

 千葉県市川市の江戸川沿いにある里見公園は、戦国時代に里見一族が北条氏と戦って敗れた古戦場として知られている。 土曜の午後、その里見公園の隣にある総寧寺を訪ねた。上海の「阿片王」といわれた里見甫の墓があると聞いたからだ。 […]

2017.9.8.
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第118回 「満州」と岸を支えたもの

 アカデミズムの世界で広くその名を知られる京大人文科学研究所の山室信一教授は、私の高校時代のクラスメートだ。 といっても彼は飛び切りの秀才。私は部活が命の体育会系だったから、一緒に遊んだ記憶はない。私が今もかすかに覚えて […]

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