フォーラム神保町「戦後日本が失ったものを語る」

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開催日時:2009年7月4日(土) 10:00〜18:00

今回の現代深層研究会、今までのアウトローを中心とした議題とは違い航空自衛隊のトップだった田母神氏を迎えての講演会「戦後日本が失ったものを語る」でした。田母神氏の処女作ともいうべき「日本は侵略国家であったのか」を読んだことがありますので、その激烈な内容から厳しい、難しい方と思っておりました。しかし、田母神氏は冗談を交えながらの講演で場内も笑いがありながら聞き入っていました。
 
田母神氏の講演で、興味深い話のひとつが連合軍最高司令部(GHQ)により実施された戦前、戦中刊行された本の「焚書」や「検閲」についてです。昭和20年にGHQの検閲局では日本人アルバイト約5,000名(当時においては高給です)を雇いながら戦前や戦中に刊行された書籍の焚書を進めたとのこと。また、当時刊行前に建設を受けたとのこと。これにより敗戦国日本の歴史が戦勝国アメリカの歴史に塗り替えられたという話しです。この話は興味深かったのですが、欲を言えばもう少し田母神氏がこの時代背景や仕組み、また焚書の対象物の内容などについて議論できればこの講演会が戦後史見直しのよいきっかけになったように思います。
 
そのような学術に絡んで他に興味深い内容として例えば台湾帝大や京城帝大が日本の大阪帝大や名古屋帝大より先行して設立されたことなどは確かに欧米のように植民地において大学などの高等教育機関が設立されなかった事例もあるので日本の植民地時代の一面であるかもしれない。また、朝鮮李王朝や満洲清王朝と皇族関係者との結びつきなどは歴史のひとつとして興味深い内容でした。ただ、この日本の植民地での大学設立や王族との結びつきは日本の当時の台湾、朝鮮政策も絡んでまだまだ勉強したい部分で、「冷静に」当時の事実を組み立てることから始まるのですが、日中、日韓ともにまだそのような議論をできる環境にはありません。引続きこれらについては調査や議論すべきところかと思います。
 
さらに日本の近現代史を概観しました。義和団事件から盧溝橋事件、通州事件から上海事変、さらに南京陥落から終戦までの歴史です。結局のところ、日本が主体的に侵略戦争を企て実施したのではなく、追い込まれて戦争したという(その策動がコミンテルンであるわけですが)ことが言われています。日本は実際ナチスのような具体的な戦争計画はなく、満州事変以降日本は戦争を「ずるずる」と継続したと思います。ただ、この点に関しては「支那通」と言われた中国専門家が多く陸軍から輩出していたにもかかわらず、どうしてこのような結果になったのか、また汪兆銘がハノイから脱出し南京政府を樹立した際に流した「涙」、さらに頭山満と蒋介石との関係などなど、議論し尽くせないところです。これらの問題を田母神氏が指摘したポイントを交えながら当時の日中関係を再考すべきです。
 
その後、参加者のお一人であった東郷氏と田母神氏との議論で、日本と周辺国とどのように歴史認識について議論を重ねていくかという方法論で若干の違いはあったものの、最近の北朝鮮の核実験やミサイル発射など厳しい国際環境において日本があまりに鈍感になった結果、今後の日本の行く末を不安視する問題意識では東郷氏も田母神氏も共通しています。その遠くない将来の日本を考えるためも過去を省みることは大切な作業であり、田母神氏の今回の講演はそれに一石を投じたものといえます。
 
このフォーラム神保町がメディア関係者のトポスであることからもGHQの焚書や検閲について更に深く勉強したいという動機づけになりました。今は以下の本で補強しています。
 
(焚書、検閲の参考文献として)
江藤淳 『閉された言語空間—占領軍の検閲と戦後日本』(文春文庫)
西尾幹二『GHQ焚書図書開封』(徳間書店)
『GHQ焚書図書開封2』(徳間書店)
ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』(岩波書店)
 
(RICO法研究家/山浦鐘)

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