フォーラム神保町第21回「メディアと知識人〜第3弾」

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開催日時:8月5日 (日) 17:00〜

勉強会レポート

講師に和田春樹氏をお迎えしての連続講座、第3弾。ペレストロイカ以前から、ソ連の知識人と深いつき合いを結んでいた、和田氏。ロシアの知識人と付き合うには、①好運、②共鳴し響きあう何か、③ロシアの文献を深く読み、精神を伝える言葉を大切にすることという。今回は、第2弾に引き続き、佐藤優氏とともに東郷和彦氏(元駐オランダ大使)も講師に迎え、ソビエト連邦(ロシア)との関わりの深い3人が、ソ連が実現した社会主義のユートピアとはなんだったのかを語る。

 まず、1956年から現代まで、3つの時代に分けて、ソ連の変化を見ていった。一つ目は、1956年〜1968、69年頃までの、スターリン批判が起こり、押さえつけが強まっていった時代。二つ目は、1970年代からの「暗黒時代」と呼ばれる最も締め付けが強かった時代。このとき、何人もの知識人が逮捕されている。
最後に、1985年にゴルバチョフが書記長に就任し、ペレストロイカが行なわれて以降の時代である。ペレストロイカが行なわれたことで、自由が一気にソ連社会に入ってくる。そして、押さえつけにより刑に服していた知識人も戻り、彼らの声が社会に反映されることになる。そうして、社会が変わっていき、自由の原理と国家の原理のせめぎ合いが始まった時期でもある。

 ソビエト連邦は、国家社会主義の国であった。ここで具現化したのは、週休二日や年金を保障し、戦争がないという安定した生活を実現する、社会主義のユートピアであった。とくにブレジネフが書記長の時代は、私生活の自由を保障したことによって、社会としてより安定したが、国家の建前と国民の本音が離れ始めた。すなわち、共産主義イデオロギーが建前化し、ペレストロイカで資本主義社会からの影響も入り、国家としてもたなくなってきたのである。ブレジネフによって安定した社会は、それゆえにソ連社会の行き詰まりを生み、空洞化し崩壊へと繋がった。

 ソ連が実現した社会主義の遺産は、資本社会に残っている。それは、資本主義の行き過ぎにブレーキをかけるために、労働者に機会の平等を保つということである。それが崩れたのが、いまの新自由主義の社会である。つまり、資本の自由な活動が保障されなければならないが、それはある程度抑制が必要なのである。格差が是正されたり、機会の平等を保障したりといった方向を抑制し、バランス状態にあることが、資本主義社会の中に社会民主主義が入っているという状況である。

 資本主義と社会民主主義のバランスは、振り子のように揺れつづけている。どちらかに傾けば、一方の声があがってくる。しかし、社会主義のユートピアはソ連崩壊とともになくなってしまった。新自由主義に向かっている現代の日本社会に必要なのは、それを抑制するための、実現可能な新たなユートピアである。

 そのために、知識人の能力が問われているのではないだろうか。「現状に満足せず、現実にある問題点に着目し、それを批判的に考える人間が知識人である」と和田氏は話す。現実に実行可能な方法を模索していくことが、いまの日本の知識人に問われている。

(解放出版社 川田恭子)