投稿映画「The cove」騒動、二重の皮肉

▼バックナンバー 一覧 2010 年 6 月 28 日 魚の目

松林要樹 映画監督

 6月9日に中野ゼロホールで映画「The cove」を見てきた。和歌山県・太地町で行われているイルカ漁を扱ったドキュメンタリーである。本年度の米国アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、上映中止を求める「主権回復を目指す会」などの活動によって劇場公開される前から話題作となっている。開場20分前に自転車で駆けつけたが、すでに300人はいるだろうと思われる行列ができていた。会場にはいるや、550人を収容できる会場はあっという間に満杯となった。
 
 まず、この映画については、いろんな映像ジャーナリストや批評家が言うように手法の問題はあるにせよ、上映中止は避けなければならないし、映画の良い悪いは見てから判断することだと思う。映画を見た感想は、ハリウッド製の勧善懲悪アクション映画の構成にドキュメンタリーの手法をとりいれているなと。最後にイルカ漁を残酷なものと印象づける展開になっている。悪者が日本となっているから、日本から反論が出るのはあたりまえだし、当然、論議が巻き起こる映画だ。ただ、そのカメラの矛先には、日本国民である私の立場も含まれているのだと強く感じた。いや、もっと言うと、お前はどう捕鯨やイルカ漁をどう考えるのかと、突きつけられた。だから、私はいろんな人が見るべき映画と思う。
 
 この映画の主人公はリック•オバリー氏という活動家だ。彼は若い時、15年間にわたってイルカの調教師の仕事をしていた。ある日、ストレスを抱えたイルカが彼の腕の中で亡くなったことをきっかけに、イルカを解放する活動を開始した。以後、イルカ解放やイルカ殺戮反対を訴え続けているのだ。その活動家を撮っている映画だから、過激な内容になるのは当たり前だ。これまでいろんなところで、捕鯨賛成派と反対派の間で100万回以上論議されてきた、牛は食べてもいいけど、頭のいいイルカやクジラはかわいそうだから食べたらいけないという論争に対しても、この映画では、強引かつ情緒的に切り落としてしまっている。
 
 以前、私は宮城県の牡鹿半島の鮎川に行ったことがあり、そこでキャッチャーボートで鯨に銛を打つ船長さんと話をしたことがある。彼は、「生き物を殺めているのだから、鯨を船で引くときや、捕鯨船に上がるときには、船内でみんなが押し黙るよ」と言っていたのを覚えている。日本では鯨肉を食べ、髭から骨まで無駄なく使っている。牡鹿半島では鯨霊をなぐさめている。銛を打つ時の心境などを言葉少なく語る様子から、命をいただいているという感覚があった。
 
 この映画に映っているイルカを殺める人たちにも葛藤はあるはずだ。そういう葛藤をもった人間である部分を全くこの映画が取り上げていない。これまで鯨油をとるために捕鯨してきた国々が、改めて捕鯨は間違っていると判断したことによってできた溝は、けっして埋まらない。
 
 この映画の中で、作り手はイルカとリック・オリバー氏がコミュニケーションがとれる人だといっていたが、日本人とは意思疎通ができない得体のしれない民族としか描かれていないところに、大きな隔たりを感じた。違いは、登場人物の優劣を生んでいた。国際間の話し合いで解決できないことが、戦争に発展するが、このままこのお互いの隔たりが続けば、食糧難に直面した時代には、捕鯨をめぐって戦争に発展する可能性があるような感じがした。この映画から派生して生まれるかもしれない、新しいナショナリズムが、戦争まで発展させなければいいと思う。
 
 この映画で端的に描かれているのは、イルカ漁が残酷であると訴えていることに尽きる。
年に一度と食べられるものではないが、私は鯨の畝や尾の身やおばけが好きだ。鯨料理が好きなのだ。酒の相性がいい。西欧社会から同じような理由で忌み嫌われる犬も食ったことあるし、あらゆる食い物に関して雑食だ。毎日食べるものではないから、鯨も犬も食べなければ、食べずにすませるという選択肢もある。日常的に食べないイルカを、殺生して食べなくてもいいという選択肢もある。
 
 しかし、この映画を見る限り、人間に近しい生き物に階層的な差を作る西欧社会は、価値観の違いを違いだと簡単に受け入れてくれる可能性は極めて低いと感じた。
 
 「反日映画だ」と上映中止をたきつけている「主権回復を目指す会」が、皮肉にもその行動自体が、映画の宣伝に協力してしまっていることにあまり気が付いていないことだ。この手の運動が続けば続くほど、映画の価値はどんどん上がってゆくだろう。
 映画は東京都内の劇場では、6月9日時点では、公開が中止となっていたが、6月24日の時点では全国22ヶ所で上映が決定した。その中でも最も早く上映を決めたのは、大阪の第七藝術劇場だ。第七藝術劇場の支配人の松村厚氏は、映画「靖国 YASUKUNI」の騒動の時も全国に先駆けて、真っ先に上映をすることを決めた人である。松村氏は「映画の賛否はいろいろやと思う。はっきりいえば、リック・オリバーの発言や活動に賛同できなくてもええ、そやけど、映画を観て、そのことを考える機会や場所がないというのはアカンと思う、だからうちでは上映をやるんです」と。他の劇場に比べてはじめから強気である。他は、特に街宣車でおしかけられたわけではなかった。この現象は、映画「靖国 YASUKUNI」と同じ構造で、上映中止を求める動きが上がって、映画館が自粛すると、逆に映画の宣伝の一つになってしまう。
 
 中野ゼロホールでの上映後、映画のシンポジウムが開かれた。この上映中止反対運動に反対するイベントは、月刊誌「創」が主催していた。篠田博之編集長が司会をし、映画監督の森達也氏、映像ジャーナリスト・綿井健陽氏、同じく坂野正人氏、「一水会」顧問の鈴木邦男氏などが壇上に上がって話をした。すると、リック•オバリー氏がサプライズゲストで登場した。堂々と姿を現した彼の勇気を認めると同時に、正直、シラケた気持ちになった。それは、活動家らしく憲法21条の表現の自由についてのフリップをもって得意げに条文を英語で読み上げていたからだ。かつて植民地に啓蒙活動をやるために入植してきた入植者や宣教師はこのような形で解り易さの道化を演じ、目の前にいるすべての人々を無知蒙昧な人々だと見なして、活動していたのかもしれない、と想像したくらいだ。この手の活動家とは、メディアに取り上げられることに専念しているプロなのだ。
 
 リック・オリバーは表現の自由を訴えていたが、日本で公開されるこの映画は、登場人物にモザイクがかけられている。表現の自由を訴えているリック・オリバー氏自身が、言動の矛盾に気が付いていないところに、ますます冷めてしまった。
 
 配給会社の「アンプラグド」の加藤武史氏より、映画の中で出てくる太地の人にモザイクがかかっていることについて説明があった。この日本公開版の映画を見て気分が悪くなるのは、イルカ漁で、かわいいイルカが殺されている場面以上に、配給会社の判断で、警察からイルカ漁をしている漁師まで日本人にモザイクがかけられていることだ。イルカ漁はIWC(International Whaling Commission/国際捕鯨委員会)の規制の対象ではない上、日本政府にも認められている。密漁でもなんでもない。犯罪者でもない漁師にモザイクをかけているのは、笑止千万。公務中の警察官にモザイクをかけているところもチャンチャラおかしい。公務中の警官に、肖像権もへったくれもないし、それ以上に、和歌山県警は、リック・オリバー氏ら活動家ご一行が来れば、きちんと尾行までして、きちんと仕事をやっているじゃないか。会場で加藤武史氏の説明が、焦点がぼけていてわからなかった。
 
 公開する時には、取り除いた方がいいと感じる。配給会社は、弁護士と相談して、肖像権の侵害で個人攻撃にならないようにモザイクをいれたと説明したが、それは人権を侵害していないというスタンスだけになってしまう。繰り返すが、犯罪者でもないし、モザイクの意味がない。もし民事訴訟になり、裁判所から上映中止の仮処分が出れば、上映できないことを恐れているのではないだろうか。こんな風な形での配給会社の自主規制は止めた方がいい。登場人物の優劣から生まれた誤解が、配給会社の判断によるモザイクへと発展し、二重の偏見になってしまうからだ。
 
 モザイクは、あたかも小林よしのりのマンガで、主張や意見を異にする組織や人間には、表情がないのと同じような効果を生んでいた。つまり、分かり易さだ。顔を隠したモザイクという手法が、見る側の想像力を奪うのではないか。この映画を見て、自分で物事を考えることができる人ならば、この画面でモザイクをかけられた人たちが、イルカ漁の漁師や警察が公務員として生計を立て、ごく普通の生活をしている当たり前の人間だと感じられるだろう。暴力的な人々であると映画の中で意図的に編集され、悪役やペテン役としてキャラクター化されてしまった人々が、家族がいて、友人がいて、人として生きる分別をもった方たちであることを、映画を見て逆に想像しなければならないところだと思ったからだ。
 
 私は、和歌山のイルカ漁にかかわる人の微妙な表情をモザイクなしの映像で知りたかった。大前提として、いくら作り手が、強引に答えを導き出そうとしても映画には、答えがないものだ。見た人の中でそれぞれの答えがあってしかるべきだ。私は少なくとも、この映画で悪役と描かれてしまった人たちの今後に思いをはせてしまった。
 

まつばやし・ようじゅ●映画監督。1979年、福岡県生まれ。東南アジアの残留日本兵のその後を追ったドキュメンタリー映画『花と兵隊』で、山路ふみ子映画賞・山路ふみ子福祉賞、田原総一朗ノンフィクション賞・奨励賞を受賞。