松林要樹さんインタビュードキュメンタリー映画『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』監督

▼バックナンバー 一覧 2012 年 5 月 11 日 松林 要樹

「公益性のない」表現者として

 

 映画の中盤、一旦、東京に帰った松林さんが、三畳の自室から原子力安全・保安院に電話をするシーンがある。立ち入りが禁じられた警戒区域内での取材許可を得るためだ。しかし許可は得られない。理由は、松林さんがフリーランスで「公益性がない」からだという。

「公益性というのは、原子力安全・保安院にとって都合のいい情報を流すことを意味するのかなと思います。編集の段階で切ったのですが、保安院のおじさんがここでプレスリリース流しますので集まってくださいってやっているシーンがあります。そのシーンは、保安院の職員がいて、記者がいて、授業の発表みたいな、皆さんメモとって下さいみたいな。これが公益性なのかと思いました」

 松林さんは再び東京から江井地区の人々のもとに戻る。

 警戒区域での撮影ができない松林さんの依頼で、一時帰宅をする田中さんが自宅から持ち出した、夫妻の結婚式の写真。二人を親族や仲人が囲む。京子さんの夫、久治さんが婿養子であること、仲人が、避難所で松林さんに記録として残しておいてもらいたいと語った末永さんだったこと、各家が先祖代々の付き合いだということ、一枚の写真に家族の歴史だけでなく、地域の歴史も集約されていた。

松林さんに警戒区域に入れる機会が訪れた。田中さんが、仲間と立ち上げた農産物直売所の資材搬出を目的に緊急避難地域への立ち入り許可を得た。車で現地に向かうことになり、松林さんも同乗できることになったのだ。直売所の片付けを済ませた後、田中さんは夫の久治さんと共に自宅に立ち寄った。久治さんが、家から次々と収納ケースを運び出し、軽トラックの荷台に積み始める。その様子を見て怒りだす京子さん。京子さんは荷台から家具をどんどん下ろしてゆく。その様子を黙って見つめる久治さん。立ち入りを禁じられた非日常的な場所で始まった夫婦喧嘩だ。

「あの夫婦の機微は、“公益性のない”僕だから撮れたのではないかと思います。テレビ局の人も人間関係ができていれば撮れたと思いますが、“田中さん夫妻が一時帰宅をしました。夫婦喧嘩が始まりました”では、ニュースでの放映はできないでしょう」

固定ページ: 1 2 3 4 5