情況サブプライムから世界金融恐慌へ

▼バックナンバー 一覧 2009 年 5 月 18 日 伊藤 誠

3 証券化資本主義の問題性

 こうしたアメリカの住宅金融、ことにサブプライムローンは、住宅価格が値上がりを続けている間は、抵当債権としてある程度の安全性がみこめるものであった。しかし、二〇〇六年秋以降、一〇年にわたる住宅価格の上昇が、停滞的な大衆の所得との比較で限度に達し、反転下落し始めたときに、一転してグローバルな金融危機を生ずるにいたる。それは、アメリカの住宅金融が、各種の抵当担保証券(MBS)に組成されて、グローバルに転売され、世界中の金融機関に大量に保有されていたからである。
 すなわち、しかし、一九九六年以降の住宅ブームを促進したアメリカにおける新たな住宅金融は、銀行の子会社として住宅担保貸付をおこなうモーゲージ・カンパニーが、その抵当債権をつぎつぎに親銀行の傘下の特別事業体(SPV)に転売し、SPVが小口の住宅ローンを束ねてMBSを組成し、親銀行がこれを引き受けてグローバルな市場に販売する(originateto-distribute)の類型によっていた。それは、日本の住宅金融が、貸し手の銀行が満期まで保有する(originate-to-hold)型であり、アメリカの住宅金融も貯蓄貸付組合(S&L)においては、その類型による部分が大きかったのと類型を異にしていたのである。
 大手銀行は、このMBSに、自動車ローンその他の債権も組み合わせて、債務担保証券(COD)を組成したり、それらの合成債権を元利払いの優先度の高低差をつけて別々の証券に切り分けて販売するなど、証券の証券化を複雑に積み上げて、グローバルに売買するしくみを構成していった。
 それにともない、アメリカの住宅金融は、グローバルな抵当担保証券の流通により世界的な資金を流入させる二階部分と、その資金をモーゲージ・カンパニーが労働者大衆に貸し込む一階部分との二重の構造によることとなった。アメリカの住宅ブームやそれにもとづく消費者金融は、こうしてグローバルな資金の流入に支えられ、国際的な負債の累積による拡大を特徴としていた。その反面で、貸付資金を繰り返し債権の転売により回収するモーゲージ・カンパニーは、資金の制約や債権の不良化の危険から解放される。それとともに低所得の広範な大衆にも、当初の二―五年の優遇期間における低金利や金利だけの支払いなどの条件による元利払いの軽さを強調し、さらにその期間後には購入した住宅の値上がりにもとづく有利な条件での借り換えも可能であると期待させて、攻撃的に住宅ローンの売り込みを続ける傾向があった。
 そのような住宅金融の第一次市場にもとづく第二次市場では、個別的にはリスクの大きなサブプライムローンも、抵当担保証券に束ねられれば、そのリスクが分散され軽減されるとみなされて、格付け会社も大手銀行の関与するMBSやCODに高い格付けを与え、その流通性を高めていた。それによって住宅金融への資金の供給がグローバルに組織され、効率化され、金融部門が大いに潤ったことはいなめない。
 このような過程が進展するなかでは、またつぎのような見解も広くきかれるようになった。すなわち、金融セクターが成長性を高め、その収益が増大するのは、こうした証券化のしくみによるのであって、アメリカやイギリスの資本主義はそれによって世界の金融サービスの中枢としての発展性を実現している。反対に、日本はこれに立ち後れたために相対的に停滞を脱しえないのではないか、というのである。こうした見方は日本にも強い影響を与え、「貯蓄から証券投資へ」個人金融資産を誘導し、金融立国をめざさなければならないといった主張を誘発していた。
 しかし、多重証券化をつうじ、世界的な規模で各国の金融諸機関、年金基金、保険基金、投資信託基金、ヘッジファンド、さらには政府・自治体の投資運用基金などにまで売り込まれ、累積していたアメリカの各種住宅ローン抵当担保証券や債務担保証券類は、その基礎としていた住宅市場の価格の反転下落とともに、二〇〇七年以降あいついで債務不履行におちいる構成部分を増していった。その結果、金融商品としての価格も格付けも大きく低下させて、アメリカおよび世界の金融界に大打撃を与え続けることとなった。(なお、アメリカの住宅金融の多重証券化の構造とその不安定性については、河宮信郎「サブプライム問題―その構造的分析の試み」、本誌二〇〇八年八月号、をも参照されたい。)
 とりわけ当初二―五年の優遇期間が終わって、その間の優遇分もあらためて元利払いに上乗せされ、期待していた担保住宅の値上がりも所得の上昇も実現しない場合、ローン二〇万ドルへの月々の返済額がたとえば一―二年目の一五三一ドルから五年目には二三七〇ドルへ大きく増大し(内閣府政策統括室編『世界経済の潮流』二〇〇七年秋、日本統計協会、七ページ)、そのリペイメント・ショックによって返済不能となり、期待していた住宅価格の上昇による借り換えもまったく望めなくなり、住居の差し押さえにあって追い立てられる人びとの数が優に一〇〇万人をこえて増大し続け、社会問題となっている。サブプライムローンのピークは二〇〇五―〇六年であったから、リペイメント・ショックにともなうその支払い不能は来年以降も継続するおそれが強い。さらに、二〇〇八年七月には、アメリカの住宅抵当金融のほぼ半分近くを保有ないし保証しているプライム層対象の住宅金融会社、連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付公社(フレディマック)の両社が経営危機に陥り、九月にかけて政府がその支払い保証に責任を持つことにして、両社を事実上国有化して危機を切り抜ける事態が生じている。それはアメリカの住宅金融危機が、いまや発端のサブプライム問題の枠をこえてプライム層まで巻き込み全般化していることを示している。そうしたなかで最大級の大手証券会社で投資銀行でもあったリーマン・ブラザーズも倒産し、世界の株式市場に連鎖的ショックを与え、世界金融危機を一段と深化している。

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