宇宙論第十回

▼バックナンバー 一覧 2009 年 12 月 21 日 堀江 貴文

アブレーション冷却についてもっと詳しく解説していきましょう。そもそも3000度を越える高温に溶けずに耐えられる天然物質は黒鉛とかダイヤモンドく らいのものです。ダイヤモンドはともかくとして黒鉛は脆くとてもロケットエ ンジンの燃焼室に使える素材ではありません。そのために通常は熱伝導性の高 い金属、たとえば銅などで燃焼室の内部を覆い、その周りに燃料を循環させて燃焼室の表面温度を下げているのです。沸騰するくらいのお湯でも注いだ容器の温度は100℃以上に上がらないのと同じ理屈です。実際に噴射する燃料をつかって冷却するので再生冷却といわれています。フォンブラウンが指揮して作られた最初の宇宙空間に達したロケットが再生冷却を使っていたため、それを模倣したロシアやアメリカのロケットはその設計を踏襲したわけです。
 
また、このアブレーション冷却は宇宙船が地球に再突入する際にも使われている方法です。唯一の例外はスペースシャトルですが、これは耐熱タイルを機体に使っています。セラミックのタイルですから、当然脆く割れやすいという欠点があります。ほとんどのカプセル型宇宙船は機体の底部にアブレーション材を塗ってあり、その気化熱で機体の温度上昇を防いでいるのです。再生冷却を使わず燃焼室内部にアブレーション材を使うというのは、コスト的にも非常に期待が持てる手法です。
 
何しろプラスチックの一種ですから、溶剤を型に入れて固めるだけです。それだけでは強度上問題があるのでガラス繊維などで強化した繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics = FRP)を使います。FRPは軽量にもかかわらず強度が大変強い素材です。たとえば炭素繊維で強化したCFRPなどは、アルミニウム合金の後継と目されており、たとえばF1カーのボディ素材としても使われています。ちなみにFRPというとなんだか最先端素材のように感じられますが、 日本でも古くから似たような素材があります。それは張子です。和紙は繊維が強くそれに膠や糊を塗って何枚も貼り付けることで強度を持たせてあります。また第二次世界大戦中は風船爆弾の風船用の素材として使われたこともあります。温故知新ではないですが、繊維でプラスチック素材を強化するという考え方は意外に古くからあるのです。
 
強度をCFRPなどで維持しながら、アブレーション材としても使うということで 非常に軽量でしかもシンプルな構造の燃焼室が作れます。またこれは大量生産も可能な素材なのです。再生冷却の燃焼室構造だとこうはいきません。冷却パ イプに氷や金属のバリなどが詰まって冷却不足を引き起こし燃焼室が崩壊することもありません。こういう手法がロケットエンジンの低価格化には必要なのです。
もうひとつロケットエンジンを高価にしている部品があります。それはターボポンプです。ロケットの性能を上げるには燃焼室に燃料と酸化剤を流し込む圧力を高めることが必要です。ターボポンプにより燃焼室圧は100気圧を超える高圧になりより少ない燃料と酸化剤でロケットの性能を上げられるため、結果としてロケット自体の重さを小さくすることが可能です。そのため世界初のV2ロケットからターボポンプは搭載されています。最初はターボポンプを駆動させるためのシステムが別途用意されており、たとえばV2のエンジンは過酸化水素を用いた一液式のターボポンプが使われています。これは触媒で過酸化水素を活性化させターボポンプを駆動するものです。構造が単純になるものの、別途 過酸化水素を搭載せねばならずこれが余計な重量になってしまうのが欠点です。この構造上の欠点を克服したのが第二世代のロケットエンジンで、二段燃焼サイクルというものが開発されました。日本のH-IIロケットに使われているLE-7エンジンや、スペースシャトルのメインエンジンであるSSMEなどをはじめ世界中のロケットの定番となっています。これはプリバーナーと呼ばれるミニロケットエンジンに推進剤を流しまずターボポンプを起動させ、メインのロケットエンジンに推進剤を送り込むというエンジンです。同じ燃料を使いまわせるためにロケット全体の効率が良くなるのです。
 
このように世界中のロケットで使われ定番になっているターボポンプですが欠点も多いのです。ターボポンプとは羽根車で加圧する仕組みです。しかもそれはマイナス100℃を下回る極超低温の世界であり、たとえばパイプ内に水蒸気が残っていると氷になり、キャビテーションノイズを引き起こします。LE-7やSSMEのように燃料に液体水素を使っている場合にはさらに、空気(酸素+窒素)も凍ってしまいます。そのために燃料注入前には水素よりも沸点の低いヘリウムをつかってパイプ内を満たすことにより空気の進入を防ぐくらいの念の入れようです。実際にターボポンプの不具合でLE-7エンジンは打ち上げに失敗したことがあります。それくらい難しいし扱いづらいシステムでしかも高価なのです。
 
だったら、ガスタンクにヘリウムガスでもつめてその圧力で推進剤を供給すればいいのではないかというのが私の提言です。100気圧は難しいかもしれませんが、数十気圧ならば十分ガス押しで可能な範疇です。以前は重いガスタンクしか作れませんでしたが、現在はFRPで軽量なタンクが製造可能です。さらに燃料や酸化剤も多めに必要ですが、こちらもタンク重量が問題になってきます。燃料はFRPタンクで必要十分ですが、酸化剤は極超低温なのでそうはいきません。
 
次回はそのあたりを解説していきます。