エチオピアジャーナル(12)水戦争
「マブラット・ヤラム」
夜中の3時に目が覚める。それもそのはず。その日は一日中停電で、子供達を寝かせた後、8時半に寝床についたからだ。
発電のほとんどを水力に頼っているエチオピアでは、乾期に入ると停電はほぼ毎日ある。たいがい2,3時間なのだが、今回のように昼夜にかけての停電もある。エチオピアで暮らしはじめて、いち早く覚えたアマハラ語フレーズの一つが「マブラット・ヤラム」。「電気がない」、「停電だ」というもの。「ぼーっと暗い天井を見つめながら、さてあと数時間をどう過ごそうか」と考える。
「ルネサンス」
突然「どかーん!!!!」という、肌に感じる爆音に仰天し、立っていた崖淵から後ずさりをする。岩盤に仕掛けられた爆発物が、予告なしに発破されたのだった。見下ろす青ナイルの川辺は巨大な工事現場。ミニカーのように見える超大型ダンプトラックやブルードーザーが行き来している。スーダン国境近くにある、全長1.7キロに及ぶグランド・エチオピアン・ルネッサンス・ダム(The Grand Ethiopian Renaissance Dam )を訪れたのは昨年6月末。総工費47億ドルをかけ、3年後の2017年に完成が予定されている。エチオピアにとって革新的なものという願いを込められて名付けられた。ルネサンスの発祥の地のイタリアとは全く関係無いだろうが、このダムの建設はイタリアの建設会社によって行われていた。そのために、空冷がよく聞いた社員食堂で食べたアルデンテのパスタの歯ごたえと、谷間に響き渡る爆発音と共に、記憶に刻み込まれている。
6,000メガワットの発電力が見込まれているこのダムは、アフリカで最大の水力発電所となる。ちなみに同ナイル川に1970年に建設されたエジプトのアスワン・ハイ・ダムの発電力は2,100メガワット、新豊根発電所(愛知県)は1,250メガワットだ。だがこのメガ・ダムの建設は、ナイル川流域に大きな波紋を立てている。
水戦争?
農業国であるエジプトにとって、世界最長の河川のナイル川は生き血にも等しい。1929年、イギリス統治下にあったエジプトとスーダンとの間だけで、ナイル川の水資源利用に関する協定(ナイル水協定)が結ばれた。その内訳は、ナイル川の総水量の65パーセントがエジプト、22パーセントがスーダン、そして残りの13パーセントは7カ国によって分割されるというもの。エジプトは、エチオピアによる一方的なダム建設は、この協定に違反し、我々の歴史的権利を侵害していると主張。一方エチオピアは、上流国を無視し強引に結ばれた協定は不公平なもの。さらに建設中のダムは技術的に優れたモダンなもので、ナイル川下流のエジプトとスーダンがダムを懸念する必要はないと主張している。
今まで、アフリカの軍事・経済大国としての影響力を行使し、貧しい上流の国々によるダム建設計画を阻止してきたエジプト。「ナイル川から失われる一滴の水は、我々の血の一滴と同じだ」と、されたエジプト前大統領ムハンマド・モルシ氏は、昨年7月にクーデターによって解任される1ヶ月前に、そう発言した。さらに、エチオピアの反政府民兵の支援やダムの空爆は可能だと語り物議を醸した 。それに対し、ナイル川の水量の85パーセントを有するエチオピアは、次のように反論する。深さ200メートルのダムの貯水湖は、アスワン・ハイ・ダムの貯水湖であるナセル湖に比べて蒸発率が低く、調節放水によって、エジプトへの放水量が逆に5パーセント増加する、と。「アラブの春」以降、エジプトの国力に見切りを付けたエチオピアは、迅速にダムの建設を開始する。さらに、これまでエジプトと共にダム建設に反対してきたスーダンだったが、エチオピアからダム完成後に安価な電力供給を約束され、反エチオピア感情を煽り、事態を悪化させているとエジプトを非難し、ダム建設を支持する姿勢を見せている。
暗闇の中に見えるもの
「次に行く国には停電が多いかな? 魚が食べられるかな?」と、真っ暗な天井を見つめながら考える。妻の仕事の関係で、海岸線のないエチオピアを数ヶ月後に発つことになっているが、まだ行き先が決まっていなかった。首都アジスアベバでは、ダム建設後に国の電力発電量が倍になることが想定され、電車の線路建設が進んでいる。石油や地下資源ではなく、水が戦争の原因になるだろうと唱えられている近未来。戦争が起こらずにダムが完成し、電車が走るアジスアベバに訪れることができればいいなと、真っ暗闇では何も見えないので、しかたなく目をつぶり黙考する。