現代の言葉第4回 TPPと日中韓

▼バックナンバー 一覧 2012 年 7 月 3 日 東郷 和彦

 2011年11月11日、野田総理は、TPP(環太平洋連携協定)参加のため関係国との協議を開始することを決めた。

 世界の貿易・投資・経済協力の流れは、本来的にはグローバルに障壁をとりはらい、パイを大きくすることで各国の利益があがる。GATT(関税貿易一般協定)にしてもWTO(世界貿易機関)にしても、皆そういう目的は同じである。しかし、様々な理由でその実現が直に難しいならば、先ずは、その国が経済的・歴史的・地政学的によって立つ地域を基礎に、協力を進める流れが自然となった。

 では、日本は、まずどこと組むのがよいのか。

 私は久しく、日本の地域主義の基盤は、東アジアにあると考えてきた。欧州は第2次世界大戦終了の直後からヨーロッパ共同体をめざし、1992年に調印されたマーストリヒト条約によって今のEU(欧州連合)をつくった。アメリカは、カナダにメキシコを加えたNAFTA(北米自由貿易協定)を94年に発効させ、アメリカ大陸に地域主義の基盤をつくった。残るアジアが、東アジアを基盤とするのは自然ではないか。

 まさに東アジアにおいても、97年のアジア金融危機に際し、東南アジア諸国連合(ASEAN)が日中韓の3首脳を招待し、「ASEAN+3」が発足した。それから4年間、東アジア諸国は経済面を中核とするこの枠組みによって、着実に協力を進めたのである。

 しかしながら、2001年以降の十年間、東アジアの地域協力は、順調に進まなかった。私の見るところ、貿易や投資の自由化や幅広い経済連携に越えがたい障壁が発生したからではない。政治が経済の足をひっぱったのである。

 小泉元首相の靖国訪問により、5年にわたり各首都における日中首脳会談が行われなかった。順調に進むかと思われた日韓の首脳会談は、竹島問題によって何回となく挫折した。最近に至っては、中国海軍の急速な力の拡大と、自国の海洋権益を守るためにはその使用を辞さないという中国当局の言動は、日本政府と国民に大きな不安を引き起こしている。

 東アジア共同体の牽引車的役割に期待していた者にとっては、残念な事態である。だが、97年以来すでに14年、東アジアの関係国はみずからがリーダーとなる地域協力を先行させる「機会の窓」を開き損ねた。

 かくなる上は、いま日本にとって、米国主導のTPPに入り、この枠組みの中で拡大する世界経済のパイをとりこむ以外の選択肢はない。

 それでは、政治がその前進を阻んできた東アジアにおける貿易と投資の自由化、経済連携は中止してよいのか。とんでもない。むしろ、TPPへの参加を契機として、日本は同時並行的に東アジアにおける経済連携の強化を再考すべきである。

 政府は、2010年11月の「包括的経済連携に関する基本方針」に基づき、各種の東アジア協力の枠組み推進を、真剣に検討すべきである。特に今は、「日中韓FTA」を強力に進めたらどうか。経済が政治を好転させる契機となるかもしれない。

 そして、TPP・日中韓いずれを選んでも、日本は、農業その他いくつかの課題を育成強化しなければならないのである。

 (2011年11月25日 『京都新聞夕刊』掲載)

<現在からの視座>

 上述の記事を書いてから、TPP参加の動きはにぶい。

 2012年7月2日から、TPP交渉9カ国会合が開催されている。アメリカ、ペルー、チリ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、ベトナムの9カ国である。更に、6月18日メキシコが参加を決定。カナダは、交渉への最終調整中という。

 しかしながら、6月18日から19日、メキシコのロスカボスで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議で日本は交渉参加の表明を見送った。報道では、「与党内に根強い反発」「自動車などでアメリカからさらなる譲歩要求」「日本国内の農業団体が反対」などの理由があげられている(6月20日『朝日新聞』)。

 一方、同年3月30日、外務省は、日中韓自由貿易協定(FTA)産官学共同研究報告書全文を公表した。この共同研究は、2010年5月から2011年12月まで7回の会合を重ねて共同研究を行いその成果を発表した由である(外務省HP)。これをうけて、5月12日、北京で開かれた日中韓の経済貿易相会合で、3カ国のFTA交渉の年内交渉開始で一致した。しかし、日中韓は本当に動き出すのだろうか。

 この部分を書いている時、ニュースは、小沢派50名の離党問題一色になっている。政治の動乱が始まるのだろうか。とりあえず、TPPも日中韓も、視界は濃霧につつまれているようである。(2012年7月2日)