現代政治の深層を読む総選挙で論じるべきこと
東京都議会選挙では、予想通り自民党は大敗し、麻生政権、自民党は最後の窮地に立たされている。この間の自民党における麻生下ろしの動きは、この党が民主政治を担うまともな政党ではなくなったことを物語っている。
そもそも、小泉退陣後、1年しか持たない首相を二人続けて選んだところで、自民党の政権担当能力は終わっていたのである。麻生首相は昨年秋に解散総選挙を実行すべきであった。しかし、折柄の世界同時不況を口実に、選挙を先送りし、政権にしがみついた。麻生政権支持率が決定的に低下するに及んで、麻生首相の下で選挙は戦えないと大騒ぎするのを見ていると、自分たちがリーダーを選ぶ能力がなかったことによって国政の空白を生んだことを、真剣に反省しろと言いたくなる。
7月13日、野党は内閣不信任案を衆議院に提出したが、翌14日、与党はこれに反対し、否決した。内閣不信任案に反対するということは、麻生内閣を信任するということである。憲法69条は、内閣信任案の否決と不信任案の可決を同義として扱っている。したがって、論理的に、不信任案の否決は内閣信任案の可決と同義である。不信任案に反対した自民党の議員は、麻生政権を支持する責務を負う。不信任案に反対しながら、麻生下ろしを図るなどというのは、国会議員にあるまじき反憲法的所業である。不信任案を否決した以上、自民党はぶつぶつ文句を言っていないで、麻生首相の下で総選挙を戦う体制を作るしかない。
自民党は、麻生というリーダーの好き嫌いをめぐって分裂しているのみならず、もっと重要な基本政策の理念をめぐっても分裂状態である。一方で、中川秀直、武部勤およびその系列の若手が、「改革」の継続を叫んでいる。他方で、与謝野馨財務相を旗頭に、「安心社会」の実現をスローガンに構造改革路線への一定の修正を図る人々がいる。自民党政権の合理的な持続を志向するという点で、これを一応秩序派と呼んでおこう。
改革派と言われる人々はマニフェストの作成を口実に選挙の先送りを画策し、さらに麻生下ろしを図っていた。しかし、衆議院議員の任期満了直前になっても基本的な政策路線がまとまっていないこと自体が異常である。若手グループがマニフェストを作るために時間が必要だと主張するのは、夏休みの宿題を仕上げられない子どもが提出期限の先送りを要求するのと同じである。
この点は、今度の総選挙の争点と密接に関連する。有識者と言われる人々は、総選挙に向けて各党にマニフェストを示し、政権構想についてかみ合った論争をせよと主張している。実際に、民間のシンクタンクでは自民、民主両党の政治家を招いて政策討論会を実施している。もちろん、ある程度具体的な政策構想を示して各党が論争することは、有意義な選挙のために不可欠である。
しかし、与野党を同列に並べて、これから何をするか議論することが選挙戦の中心だといわれると、ちょっと待てと言いたくなる。総選挙の論争において、与野党は同列ではありえない。与党は権力を持ち、様々な政策を実行してきた。現在の国の姿に責任を負うのは与党である。国の現状に国民が満足すれば、与党の続投を許すし、逆に不満であれば与党を更迭する。総選挙というのは、そういうものである。弁論大会の勝者を決めるコンテストではない。
そもそも2005年の総選挙は、マニフェストもへったくれもない、単一争点選挙であった。郵政民営化が日本の難問をすべて解決する魔法の杖のように打ち出され、国民はそれを指示するか、反対するかという二者択一を迫られた。郵政民営化が日本社会の問題を解決する万能薬ではなかったことは、この4年間の現実に照らして明らかである。さらに、郵政民営化という呪文によって勝ち取った巨大な議席を使って、与党は障害者自立支援法の制定、後期高齢者医療制度の創設、教育基本法改正など、あの選挙で予告しなかった政策を次々と実現した。まさに、2005年総選挙とその後の自公連立政権の運営は、マニフェストを否定したものにほかならない。北川正恭氏や21世紀臨調の面々など、マニフェスト運動に熱心な学者、ジャーナリストは、なぜそのことに怒らないのだろう。彼らが本当にマニフェストに基づく政党政治を進めたいなら、まずこの4年間の自公連立政権を断罪することから始めなければならないはずである。
この4年間の政権の実績に対する総括と検証を抜きにして、新たにヨーイドンの政策論争をするということは、過去4年間の与党の責任を免除する議論でしかない。一見もっともらしい政策論争を求める議論が、実は与党の側に荷担しているのである。
これから自民党がどこに向かうか、予想するのは難しい。大雑把な言い方をすれば、自民党内には、先に触れた改革派、秩序派に加えて、麻生首相をともかく支える思考停止派の3つのグループがあるように思える。反麻生という点では、秩序派も改革派も共通ではあるが、両者は政策面で、構造改革の継続か修正かをめぐって正反対である。したがって、反麻生大連合という構図は考えにくいし、仮にそのような提携ができても、政策的な方向性を明確にできないので、インパクトはないであろう。
自民党の今後を占う場合、民主党が政権を取ることはほぼ確実であり、野党としての自民党が誰をリーダーにし、どのような政策路線を取るかが問題となる。民主党が十分深められた政権構想を持たないまま政権交代を起こすとなれば、野党自民党にも復活の可能性はある。この点については、また機会を改めて論じたい。