フォーラム神保町香山リカの「ハッピー孤独死マニュアル」第4弾〜ひとりだって自分らしく世を去りたい!
勉強会レポート
日本尊厳死協会(以下協会)とは、1)不治の傷病である場合、死期を延ばすためだけの医療は拒否する。2)たとえ、死期が早まるとしても苦痛を取り去る医療は最大限に。3)植物状態が長引く場合は、一切の生命維持装置を外す。などが明記されたリビング・ウイル(生前遺書)に自分の意思で署名捺印した会員の集まりだ。
「死に方」は自分の意思で決めたい。「尊厳を保ち」、「安楽に死ぬ」権利を守りたいと考えている会員数が全国で12万3千人。協会副理事長である松根氏が、会の目的、歴史や自身の入会のいきさつなど話し、それに対して香山氏が、質問や意見を投げかけていった。
香山氏の、どうやって自分の意思と判断するのかという指摘は、協会の成り立ちの根本に関わる本質的なものであった。しかし、松根氏による、入会審査はない、退会は自由という返答から、入会者それぞれの背景には踏み込まないスタンスが明らかにされたので、香山氏の「援助交際をしている若い女の子たちも、自分の意思だと言うが」という問いかけにも、答える立場ではないということのようだった。また、究極の自分の意思で死ぬ死に方である自殺に関しての質問にも松根氏はノーコメントだった。踏み込めないとしても、入会時には、やはりある程度のガイドラインは必要なのではないかという思いは残った。
また、協会では、医師の免責が目的である尊厳死法制定への運動も行っている。たとえば生と死の壮絶な現場に向き合った場合、一体どういう思いにいたるのか、それが自分自身だったら、家族だったら、医療従事者だったら…今は想像の域を出ない。「その時」にぐちゃぐちゃに悩みながら判断するのだろうと漠然とは思っている。尊厳死にしても、延命治療にしてもそのひとつひとつのケースで全く事情も何も違ってくるはずだ。この問題をまとめてひとくくりにして考えるのは難しい。慎重な議論を尽くしてほしい。
協会のパンフに記載されている推薦者の「植物状態や脳死状態になっても生存するのは生きている事とは違う」という言葉も議論が分かれるところであるし、それは尊厳とは何かという問いにも繋がり、答えを求めるには自らの魂の深淵に降りていかなければならないだろう。
しかし、松根氏は明るい。「死に方」をはっきりとさせたことで人生が明るくなったと笑顔が輝いている。(その印象に思わず「生き生きと死に方語り五月闇」と1句ひねってしまった)。自分は救われた。だからこそ、悩みを持っている方々がいれば救いたい、つまりはその一心でのみで活動をされているんだということは伝わってきた。救われている方も多いのだろうと思う。
そして、最後には映画「おくりびと」のヒットや、教育の現場での棺おけ学習などから、死の話がオープンになってきていいことだという話になった。「いいこと」とばかりも言っていられないだろう。背景には時代が抱える不安がある。今後どんどん不安が時代を虜にしていくのではないか。備えあれば憂いなしだが、我々は結局「死」から逃れることはできない。原宿の喧騒も一歩裏に入れば漆黒の闇。どんなに明るい照明をつけても闇を駆逐できはしないのだ。
(新教出版社 上野直子)