フォーラム神保町第32回「テロリズム、そしてクーデター」

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開催日時:12月9日 (火) 18:30〜

勉強会レポート

恐るべき年から不安の年へ—恐怖より恐ろしいもの
 
二〇〇八年を振り返える形での共同討議で話題もロシア・グルジア紛争からリーマン破綻、オバマ次期米大統領のポピュリズム、田母神論文、対抗革命、内に向かう暴力と親子殺し、メディアの危機、陪審員制度、限定戦争の危険と議論は多岐にわたった。いずれも大変刺激的な論点だったが、特に印象に残っている点について記すことにしたい。

「テロ」という言葉がやや安易に消費される一方、過剰な反応も生まれている。さる大手出版社で井上日照『一人一殺—井上日召自伝』を復刊するという企画を出したところ、もしも影響を受けてテロに走る人間が出てきたらどうするのかという反応があったという話を受けて、テロはダメだ、クーデターは良くないという批判をしてもテロやクーデターは多分とまらない。むしろ、テロはなぜ起きるか、テロリストはどういう考え方をするかということを知ることによって免疫を持つべきだという議論はとてもよく納得できた。その意味では、ある編集者の方が言っていたように『一人一殺』は右翼版『三太郎の日記』であり、「右翼」の内面、精神世界をみるのに格好の書物といえるだろう。是非、復刊して大勢の方に手に取っていただけるようにしていただきたいと思う。
 
田母神論文について、昭和恐慌後の軍部の比較でアジアへの目線や貧困層への意識がまったくといって良いほどみられないこと。反米感情の吐露ではあるが背後にあるのは、イラク派遣で自分たちが命をかけて国のために働いているにもかかわらず国民から正当に評価されていないという不満の鬱積があるのではないかという分析はとても示唆的で納得できた。
 
『月刊現代』の休刊から米トリビューン誌の倒産まで大手メディアの危機について経営状況の逼迫と広告収入モデルの破綻が内容の劣化と結びついていて、かつてのような書き手と出版社の幸福な関係を担保する機能を担えなくなったというお話で、このことはこの日話された全ての話題に共通する問題点であると思われる。出版業界の周縁にいるものとして大変耳が痛かった。フォーラム神保町では近くメールマガジンを出される予定とのことで(「叛民伝」「新聞記者匿名座談会」「今週の極道」「資本論講義」etc)大変楽しみである。
 
冒頭で、今年一年は恐るべき年として記憶されるかもしれないが、来年はより不安がキーワードになるかもしれないという話が出た。一見すると、不安の後に恐怖が来るのではないか、順序が逆ではないかと思われるかもしれない。だが、恐怖の底が抜けて、何かが起こりそうで起こらない宙吊りにされたもの、恐怖より恐ろしいものが「不安」だとするなら、来年は今年以上に「恐ろしい年」になるのかもしれない。

(河村信編集業者・河村書店)

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