フォーラム神保町「裁判とヤクザ〜ヤクザに対する判決から見えるこの国の司法の状況」
勉強会レポート
今回は、六代目山口組後藤組の後藤忠政組長の裁判、五代目共政会の守屋輯会長の裁判を題材に、ヤクザと裁判のテーマで行われる予定だったが、前日に 第1回の講師であった安田好弘弁護士が弁護団長を務めた「光市母子殺害事件」の差し戻し控訴審判決、さらに当日、安田弁護士を被告とする「強制執行妨 害事件」の2審判決があったため、これを含め裁判全般にわたって広く問題 点を取り上げることとなった。
講師は宮崎学氏、後藤裁判、安田裁判で弁護人を務めた前田裕司弁護士、そして守屋裁判の弁護人・中道武美弁護士が都合のため出席できなくなったため 斉藤となった。
●「光市母子殺害事件」
99年に当時18歳1カ月の少年が、本村洋さんの妻子を殺害したとして、殺人や強姦致死の罪に問われた。1審山口地裁、2審広島高裁はいずれも年齢などを配慮し、無期懲役としたが、最高裁は「死刑回避の十分な理由ではない」として差し戻し、4月22日、広島高裁は1審求刑通り死刑判決を言い渡した。
この事件では被害者遺族の本村さんがしばしばテレビに登場し、死刑判決を出すようアピール。テレビをはじめとするメディアが弁護団に対するバッシングを展開し、のちに大阪府知事となった橋本氏のテレビでの発言をきっかけに、弁護人に対する懲戒請求が多数提出された。
判決直前には「放送倫理・番組向上機構」が 「番組の多くが極めて感情的に製作された印象をぬぐえない。冷静さを欠き、感情の赴くままに制作される番組は、公正性・正確性・公平性の原則に逸脱し、民主主義の根幹を成す公正な裁判の実現に害を与えるだけでなく、視聴者・市民の知る権利を大きく阻害する」 と指摘。さらに、 「検察官は被害者やその家族・遺族の代弁者ではなく、国家的利益を図る立場に立って、被告の犯罪を特定し、裁判所に裁くべき内容を提示し、これを証明する役割を担っている。
対して弁護人の役割は、被告との信頼関係のもとに、被告の利益を守る立場から訴因について反論し、合理的な裏外の存在について主張と立証を尽くすことにある」 と刑事裁判の原則をあらためて指摘していた。
講師からは、裁判官がこうして捏造された世論(新供述は「命懸けのシナリオ」というワンフレーズ効果など)によって判決を下したとの見方が示され、 「法律によってではなく放送によって決められた」との発言もあった。今年11月から、被害者が裁判に参加する制度が導入されるが、この判決が制度の問題 点を如実に示したといえる。
また、今回の判決は「永山判決」以来の死刑判決の基準が実質的に下げ、被害者感情を重視した厳罰化を加速するであろうことも指摘された。
●「安田弁護士強制執行妨害事件」
安田弁護士がオウム真理教・麻原被告の主任弁護人を務めていた98年、法律顧問を務めていた不動産会社が、差し押さえを免れようとダミー会社を使って テナントの賃料隠しを指示したとして逮捕された。前田弁護士を含む2000人以上の大弁護団が組まれ、公判では「賃料隠し」とほぼ同額を従業員が横領していたことが明らかにされた。1審では安田弁護士側の主張が全面的に認められ無罪となったが、4月23日、東京高裁はこれを破棄し、罰金50万円の判 決を言い渡した。未決拘留期間(約10カ月)1日を1万円と換算して引かれるので、実際に罰金を支払うことはないという、珍しい判決である。
講師からは、別の法廷で行われた裁判で、この会社社長に最高裁で有罪判決が出ているため、高裁が違う結論を出すわけにいかないという配慮、さらに 「共謀共同正犯」とされたのが「幇助」とされたのは、弁護士業務を罪に問うことに対する批判に配慮した可能性が指摘された。
また、とりわけ東京高裁で1審無罪が有罪に覆されるケースが多く、東京高裁検事が権力中枢にいるという意識の強さ、ヒラメのように上(国家権力)しか見えない体質であるとの指摘もあった。元従業員の供述をどう評価するかという裁判官の主観によって、無罪から有罪に転じたわけだ。
光市の事件の判決翌日ということで、マスコミは「光市の事件の主任弁護人」を強調していたが、「犯罪を犯した弁護士なんだから、光市の事件の弁護もデタラメ」という悪意を感じたのは私だけだろうか…。
●「後藤組長ビル虚偽登記事件」
新宿駅近くにある「真珠宮ビル」の所有権が「株式会社真珠宮」にあるのを知りながら、名義を「株式会社菱和」を挟んで「株式会社フェニックス」から 「株式会社赤富士」に虚偽登記したとして、赤富士の実質的オーナーの後藤組長ら5人が起訴され、フェニックスの会長が執行猶予付の実刑判決を受けた
が、菱和の会長と菱和側の不動産仲介業者が無罪(検察が控訴せずに確定し、菱和の社長は国賠訴訟を起こしている)に。そして3月7日、東京地裁は後藤 組長と赤富士側の不動産仲介業者に対し無罪(仲介業者は別の事件で執行猶予付実刑判決)を受け、検察側が控訴している。
5人が起訴され、そのうち4人が無罪ということで分かるように、この事件はせいぜい民事の問題であって、刑事で逮捕、起訴すべきでないもので、でっち上げである。講師からは、なぜ起訴になった背景として、ビルの管理会社から莫大な金を違法にむしり取っていた顧問と、後藤組長逮捕で成果を挙げようとしていた警部補の利害が一致し、さらにこの顧問が殺害される事件があったことを指摘。いわば司法取引が行われ、さらに警察内部の出世争いが絡んでいるという構図だ。
当初、菱和の社長と後藤組長は共犯とされていた。だが証拠はなく、菱和社長は無罪となり、検察も控訴できなかった。事件の構図は完全に崩れたが、今度は菱和が赤富士を告訴しようとしたため、これを回避しようとして虚偽登記したと変えてきた。だが、後藤組長側が金を用意したのはこれより以前のことであり、さらに権利がないことを知りながら13億円もの金を出すはずがない。
無罪判決は当然の帰結だが、検察は控訴した。逆転有罪を得意とする“ヒラメ”の東京高裁に対する期待感、さらには「ヤクザは法の下の平等から除外される」という頭があるのだろう。今の司法の現状からすると、予断を許さない状況だ。
●「共政会・守屋会長恐喝事件」
解体業者から工事費の1割を「挨拶料」名目で上納させたとして、守屋会長が恐喝容疑に問われ、2月29日、広島地裁は懲役7年(求刑12年)の実刑判決を言い渡した。この解体業者はかつて別の組織に属していた元ヤクザで、自身が談合組織をつくり、恐喝などで逮捕、再逮捕され、守屋会長から恐喝されていたことを供述するよう強制され、実子が逮捕された直後に、シナリオどおりの供述に転じた。しかも自身の事件は執行猶予付判決で、ここでも司法取引が行われた可能性が指摘された。
また、守屋会長が共政会トップとなってすぐの逮捕であり、その後、何度も再逮捕が繰り返され長期社会不在を余儀なくされていることからも、これが共政会に対する弾圧であるとの指摘があった。取り調べを行った刑事は、接見禁止中の解体業者に電話を掛けさせたり、拳銃のヤラセ摘発、テレクラ放火殺人事件の主犯とされる人物と親密な関係にあったことも明らかになっている。
この事件に関しては、示談交渉をした弁護士が恐喝容疑で逮捕されるという事態も発生。安田弁護士の事件と同様、弁護活動に権力が土足で介入し、萎縮させようとしているのである。
また、裁判長は先に死刑を求刑されている事件で、「疑わしきは被告人の利益に」という原則に則って無罪判決を言い渡した人物で、「ヤクザは息をしているだけで有罪」という“司法の常識”を覆すのではないかとの期待もあった。ところが、判決を前にして裁判所におかしな動きがあった。広島高裁の所長が依願退職して県公安委員会に天下り。その後任となったのは、安田弁護士事件の裁判に関わった裁判官で、東京高裁部長からの栄転。しかもこの広島高裁では光市の事件の差し戻し控訴審が行われているのである。「裁判官も検察も法務官僚。国家意思を反映させるためには首のすげ替えもする」との指摘には頷かざるを得ない。そして、法務官僚、国家意思に反し、法律と良心に従って戦う弁護士には弾圧が加えられているのだ。
こうした司法の現状を見るとき、裁判員制度をはじめとする「司法改革」なるものが、小泉「改革」同様に、空恐ろしく思えてならない。
(ジャーナリスト 斉藤三雄)