宇宙論第九回

▼バックナンバー 一覧 2009 年 10 月 20 日 堀江 貴文

来年早々にも打ち上げられる予定のスペースX社のファルコン9ロケットの最初のペイロード(搭載物)がドラゴン宇宙船制限ユニットに決まったそうです。ドラゴン宇宙船はスペースX社の有人宇宙船であり、ドラゴン宇宙船制限ユニットは有人飛行に必要ないくつかの機能を取り除いたものですが、有人打上げ能力に関するテストと考えればこの打上げは価値のあるものになりそうです。どうやらアメリカ政府は宇宙産業を完全に民間のものにしてしまう一歩を踏み出したように見えます。

さて、有人打上げを今までで累計たったの500人しか出来なかった理由は、ずばりお金がかかるからであったことを前回までに明らかにしました。宇宙船やロケットは工業製品であることは間違いないですから大量生産して、それが消費されるマーケットがありさえすれば価格は逓減していくのは当然です。これからは民間企業が営利目的で宇宙旅行者を沢山宇宙に連れて行くべきなのです。

宇宙旅行のパイオニア的代理店にスペースアドベンチャーズ社があります。彼らは無重力飛行のZero-Gから月旅行まで幅広いラインナップをそろえています。元々彼らがロシアのソユーズを使って宇宙旅行をしようと考えた元のアイディアはTBSの宇宙特派員だった秋山さんにさかのぼります。彼は厳しい宇宙飛行士選抜試験に勝ち残ったのではなく、TBSが払ったお金で宇宙へ行ったわけです。

勿論最低限の訓練はしますし、宇宙飛行士の資格はとりますがジェットコースターに乗れるくらいの体力があれば取れる資格なのだそうです。そこに目をつけて彼らは3人乗りのソユーズ宇宙船のシートを一つだけ買い取ります。そして何人もの宇宙旅行者を宇宙へ連れて行きました。もともとソユーズ宇宙船は、アメリカとロシアのスペースレースの賜物であり、月への宇宙船として開発れたものの、着陸船の開発までは様々な理由で実現できず、地球周回軌道への宇宙船として転用されていたのですが、月と地球を回る軌道に乗ることはでき、月の裏側もそこから遠く満ち欠けのある地球を眺めることすらできます。

アメリカのスペースシャトル計画の終了に伴いソユーズのシートが埋まってしまっていた件ですが、つい最近スペースアドベンチャーズ社はグーグル創業者のセルゲイ・ブリン氏などの資金協力も受け、新たにソユーズの製造ラインを増強することでエネルギア社と合意に至ったようです。しかも、チャールズ・シモニー氏のような複数回宇宙飛行を行っている旅行者にフライトエンジニアの資格を取らせ、パイロットと2名の宇宙旅行者を同時に送り込むことを計画しているようです。なんとも商魂たくましいですが、こうやって宇宙旅行ビジネスは切り開かれていくのでしょう。

しかし今や、エレクトロニクス技術の進化でアビオニクス系の部品の値段は大幅に下がりました。アポロの軌道計算用コンピュータは今や携帯電話に入るサイズになっています。ロケットの部品の中で一番高コストなものは、燃料とロケットエンジンなのです。特にロケットエンジンはノウハウを蓄積するために爆発の危険を伴うほどの多くの試験が必要であり、開発コストが多額に上ります。燃料もまた液体水素などを使うと高コストになってきます。どうやってこれらの価格を抑えるかが民間宇宙飛行、ひいては有人宇宙飛行が成功する鍵を握ってくるのです。

実は2つ方向性があります。それはエンジンをできるだけシンプルに性能を低く作り、価格を抑えること。当然丈夫に作れないし回収にもコストがかかるので、使い捨てのエンジンになります。もう一つはハードルが高いのですが、今よりも高性能なロケットエンジンを作ることです。まずは低コスト低性能エンジンの開発について解説していきたいと思います。

ナチスドイツのフォンブラウン博士がV2ロケットを作った際の液体ロケットエンジンに於いて現在まで共通する仕組みがあります。それは再生冷却とターボポンプです。エンジンの燃焼室の温度は2000〜3000度にもおよび、それに耐えられる金属はありません。燃焼速度を上げるために噴流を絞るためのスロート部分では4000度に達します。そうなると金属が溶けてしまうために、燃料を燃焼室の外側に流すことで冷却をすることになります。これが再生冷却です。自動車のエンジンのラジエーターのようなものですが、ロケットエンジンの場合、無駄なものは極力積めないので、燃料を循環させているので再生冷却と言われます。当然満遍なく外側に燃料が回らないといけないので複雑な配管になってしまいます。したがって製作が職人技の世界になるのです。エンジン燃焼室そのものに溝を入れたり、パイプをロウ付けしたりと複雑な工作はミスの元になってしまいますし、工程管理が難しいので、高コストになり失敗の確率も上がってしまうのです。

では低コストにするにはどうしたらよいのでしょうか? その疑問を解く鍵はプラスチックのような低温度で解けエネルギーを持っている素材にあります。これを燃焼室内に塗ると燃焼時は当然燃えるのですが、燃える際に熱を奪って気化します。丁度運動をして汗をかいた後にしっかり拭いておかないと表面の体温が奪われて風邪をひいたりするのに似ています。物質は気化する際に熱を奪ってくれるのです。これをアブレーション冷却と言います。実はアポロ宇宙船などの大気圏再突入時にも摩擦熱を防御するためにアブレーション冷却を使っています。気化熱を使うのは実は古いアイディアなのです。