大学生、大学院生の優れたレポートの紹介科学的に正しく恐れる新型コロナウイルス

▼バックナンバー 一覧 2020 年 5 月 5 日 佐藤 優

私は同志社大学の神学部だけでなく、生命医科学部でも教壇に立っています。学生が書いた優れたレポートを随時、この連載で紹介したいと思います。

今回は、同志社大学大学院生命医科学研究科1回生の渥美友里さんの書いた新型コロナウイルス問題に関するレポートを紹介します。

科学的に正しく恐れる新型コロナウイルス

同志社大学大学院 生命医科学研究科
医生命システム専攻 博士課程(前期課程)
渥美 友里

「サイエンスコミュニケーション」という言葉をご存じだろうか。狭義では、科学者が一般市民に科学的知識を与えることを指す。さらに意味を広げると、「科学者や政治家と一般市民が、科学的知識を前提とした対話を経て政策決定をすること」ともいえる。現在に至るまで、社会はサイエンスコミュニケーションに関して失敗を繰り返してきた。
たとえば遺伝子組換え食品の是非、東京電力福島第一原子力発電所の事故、STAP細胞論文問題などがすぐに思い浮かぶ。そのような状況下で、現在新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるっている。私達はこれまでの失敗を活かし、どのようにサイエンスコミュニケーションを行っていけばよいのだろうか?

全容不明なものへの態度

福島の原発事故ではさまざまな情報が錯綜し、大きな混乱をもたらした。サイエンスコミュニケーションでは、まず正しい科学的知識を得ることが鍵を握る。しかし、新型コロナウイルスに関してはまだ研究途上であり、情報は日々更新される。例を挙げると、新型コロナウイルスの種類に関して、中国のTangらはS型とそれが変異したL型が存在するという論文を発表した1)。しかしこの論文は、データに誤解や拡大解釈があると指摘を受けていた2)。一方、ドイツのForsterらは、新型コロナウイルスにはA型とそれが変異したB型、C型が存在するという論文を発表している3)。
新型コロナウイルスはRNAウイルスであるため変異が入りやすく、変異が入りやすいことは治療薬やワクチンの開発を難しくする一因となる。感染は世界中で拡大しているため、さらに変異が入ることが予想される。また、新型コロナウイルスに効果があると期待されているアビガンやレムデシビルといった治療薬は現在治験が行われている最中である。レムデシビルに関して開発したギリアド・サイエンシズ社は、安全であり効果が見られたと発表したが4)、副作用の心配も完全には否定できない。
このように、最新の科学をもってしても、まだはっきりと結論がでないことが多数あるということを市民は理解したうえで、情報を吟味する必要がある。

専門家の「それっぽい」話にご用心

現在、NatureやScience、Cellといった著名な科学雑誌は、ホームページに新型コロナウイルスの特設ページを設けており、最新の論文を一部無料で読むことができる。しかし、英語で書かれ、難しそうな図やグラフがたくさん載った論文から情報を得る人は少ないだろう。多くがテレビや新聞、SNSで情報発信する「専門家」から情報を得ている。メディアと科学者の関係について、早稲田大学の田中幹人准教授は、リップサービス精神旺盛な科学者が、専門外のことをそれっぽく話し、科学的には正確さに欠けてしまうことに警鐘を鳴らしている5)。現在の科学は細分化され、科学者でも一歩分野外に出れば全くの素人となり得る。発信者の肩書きだけで情報を鵜呑みにしないことが重要だ。
新型コロナウイルスによってもたらされる多くの問題にサイエンスコミュニケーションで立ち向かうには、自ら情報を吟味し、科学的知識を得ていく必要がある。新型コロナウイルス感染症のなるべく早い終息を願ってやまないが、この現状がサイエンスコミュニケーションについて多くの人が考えるきっかけになれば、未来は少し明るくなると期待したい。

【参考文献】

1) Xiaou, Tang. et al. On the origin and continuing evolution of SARS-Cov-2. National Science Review. 2020, https://doi.org/10.1093/nsr/nwaa036
2) Oscar A. Maclean. et al. Response to “On the origin and continuing evolution of SARS-Cov-2” Virological. http://virological.org/t/response-to-on-the-origin-and-continuing-evolution-of-sars-cov-2/418 (参照 2020-4-29).
3) Peter, Forster. et al. Phylogenetic network analysis of SARS-CoV-2 genomes. PNAS. 2020, vol. 117, no. 17, p. 9241-9243
4) Gilead Sciences. Remdesivir Clinical Trials. https://www.gilead.com/purpose/advancing-global-health/covid-19/remdesivir-clinical-trials. (参照 2020-4-29).
5) 文部科学省科学技術政策研究所第2調査グループ. 「科学技術コミュニケーション」再考~メディアを介した科学技術の議題構築に向けて~講演録. 2012

*この論考は「新型コロナウイルスにサイエンスコミュニケーションで立ち向かう」を改題し、読みやすいように改行、見出しをつけました。