大学生、大学院生の優れたレポートの紹介ゲノム情報を扱う時代を生きる

▼バックナンバー 一覧 2020 年 5 月 26 日 佐藤 優

同志社大学大学院生命医科学研究科1回生の渥美友里さんからゲノム編集の技法が新型コロナウイルスの分析でどのように使われているかについて解説するレポートが送られてきたので、皆さんと共有したいと思います。 佐藤優

ゲノム情報を扱う時代を生きる

同志社大学大学院 生命医科学研究科
医生命システム専攻 博士課程(前期課程)
渥美 友里

 チャールズ・ダーウィンは今から約160年前の1859年、進化論のルーツとなる『種の起源』を出版した。ダーウィンは調査船ビーグル号に乗り、細かく膨大な観察を積み重ねた後、20年あまりもかけて『種の起源』を完成させた。当時まだ遺伝の仕組みを担う遺伝子の正体が不明だったため、ダーウィンは目で見て分かる形質の比較により持論を展開している1)。一方で現在では、遺伝子を含めた生命の基本情報;ゲノムの解析が盛んに行われるようになった。解析機器の開発も同時に進み、研究のスピード感も一変した。例えば、新型コロナウイルスのクラスターが中国で初めて報告されたのは2019年12月31日だが、翌年1月12日にはウイルスのゲノム情報が公表されており、驚くべきスピードといえる2)。これ以降も世界中で新型コロナウイルスのゲノム解析が行われているが、こうした迅速かつ大規模なゲノム解析は、私達に何をもたらすのだろうか?

ゲノム解析の光と影

 新型コロナウイルスはゲノム解析により、コウモリのコロナウイルスと類似していることが明らかになった。この知見から新型コロナウイルスはコウモリを介してヒトに感染した可能性が高いと考えられている3)。ゲノム情報はウイルスの起源を示す動かぬ証拠となるが、各国と中国の関係を不安定にさせる原因ともなっている。
 一方、東京大学や京都大学など7つの大学や研究機関からなるグループは、ゲノム解析により新型コロナウイルス感染症が重症化するメカニズムを明らかにするプロジェクトを開始した。研究チームは、欧米に比べ日本の人口当たりの死者数が少ないのは、人種間で遺伝的な差があることが原因の一つであると考えた。そこで着目したのが免疫に関係するHLAと呼ばれるタンパク質で、この遺伝子の塩基配列に多型が存在するため免疫応答性や病気のなりやすさに違いがでると考えられている。研究チームは新型コロナウイルス感染症患者の血液検体を利用してHLA遺伝子や全ゲノムの解析を行い、重症化に関わる遺伝子の同定を目指している。この研究は治療薬やワクチンの開発につながるほか、遺伝子の同定により重症化リスクのある人を特定することも可能になる4)

究極の個人情報

 遺伝子の配列は、それだけでは文字の羅列に過ぎない。実際、ヒトの全DNA配列は2003年に決定されている5)が、個々の遺伝子が生体内でどのように機能するかについては明らかにされたことの方が少ない。つまり、配列を読むことが最終目的ではなく、遺伝情報を利用し、病気のメカニズム解明や個人に応じた創薬を目指すことが求められるのだ。私達は、究極の個人情報となり得るゲノム情報がさらに身近に利用される時代で生きていくことを想定しなければならない。

【参考文献】

  1. Darwin, Charles 種の起源 (On The Origin of Species). 渡辺政隆訳. 株式会社光文社, 2009.
  2. 厚生労働省. “新型コロナウイルス-中国 Disease Outbreak News”. 2020-1-12. https://www.forth.go.jp/topics/202001201520.html (参照 2020-5-22).
  3. Andersen, K.G., Rambaut, A., Lipkin, W.I. et al. The proximal origin of SARS-CoV-2. Nat Med 26, 450–452 (2020).
  4. 東京大学医科学研究所. “共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」発足”. 2020-5-21. https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00005.html#kaisetsu (参照 2020-5-22).
  5. Human Genome Center. “ヒトゲノム解析計画とは”. http://hgc.jp/japanese/humangenome-j.html (参照 2020-5-22)