読み物小沢逮捕はあるのか

▼バックナンバー 一覧 2010 年 2 月 2 日 魚住 昭

権力と権力がぶつかり合う〝疑惑〟の捜査は、小沢一郎・民主党幹事長が東京地検特捜部の任意聴取に応じ、ひとつのヤマ場を迎えた。小沢氏はいよいよ追いつめられるのか。だが元検事の郷原信郎氏とジャーナリストの魚住昭氏は、戦前の日本になぞらえてこう言う。
「これは特捜ではなく、〝特高〟検察だ」
「検察には明確な方針がない。小沢氏を狙い撃ちにしているだけ」
「狙いは小沢氏の議員辞職。これは議会制民主主義の危機だ」

 
郷原 いま東京地検特捜部と小沢一郎・民主党幹事長との戦いは、延長15回、両軍ノーヒット・ノーランといったところでしょうか(笑い)。小沢氏の元秘書で衆院議員の石川知裕氏の逮捕事実である「収支報告書の虚偽記入」は、ゼネコンからの献金を隠したというような実質的な問題がない限り、まったく取るに足ら ない違反です。しかし、報告書に記載されなかった現金4億円の出所について十分な説明をしてこなかった小沢氏のほうも決め手を欠いている。そんな状態がずっと続いていますね。
魚住 いや、僕は小沢氏の分が悪いと見ています。仮に小沢氏が立件されなくとも、逮捕された元秘書ら3人の不記載はこんなに悪質なんだとメディアによって散々喧伝されているから、いずれ小沢氏も幹事長を辞任せざるをえない流れにもっていかれるでしょう。それに、3人も身柄を拘束されると、どうしてもそれぞれの供述に 食い違いが出てしまう。検察がその食い違いを追及していくと、いくらでも供述を作れてしまい、なかったことまであったと言わされる可能性があります。

郷原 今回の検察の捜査の特徴は、検察自身が「これでやるぞ」という明確な方針を持たずに、メディアや世論の様子をうかがいながら捜査を進めていることです。小沢氏側が裏金を受け取っているなどの明らかな証拠は現時点で何もないのですが、メディアのあおり立てに乗った形で検察が動いている。
魚住 東京地検特捜部が狙うのはただ一点。小沢氏の議員辞職です。
 検察、ひいては官僚機構としては、事務次官ポストの廃止や官僚答弁の禁止、はては取り調べの可視化など、「霞が関村」の解体をもくろむ小沢氏は何が何でも排除しなくてはいけない。
 それが逮捕または在宅起訴という手段によって行われるのか、あるいは世論喚起というかたちで辞職に追い込むのか、それはわかりません。ただ、幹事長を辞めさせるだけでは不十分だと特捜部は考えているはずです。それでは結局、小沢氏の息のかかった人物が後釜について、実効支配は続いてしまう。小沢氏を完全につぶすま で、検察はとまらないでしょう。

郷原 そもそも、現職の国会議員である石川氏を通常国会が開会する3日前に逮捕するという今回の検察のやり方は、通常では考えられない。
魚住 今回、特捜部は「検察イリュージョン」とでも呼ぶべき幻影をつくり上げて、いかにも重大な違反であるかのように世論誘導しています。
 たとえば、4億円もの現金を紙袋で運ばせたとか、不動産の売買代金を支払った直後に定期預金を担保に金融機関から借り入れをしたとか、カネの出し入れの経緯を複雑怪奇に見せることで、小沢氏側がいかにも隠蔽しようとしているかのように見せかけている。

郷原 ところが実際の逮捕容疑は、石川議員が小沢氏の秘書時代に行った資金管理団体「陸山会」の会計処理で、収支の総額で4億円が不足していたというだけ。それを、4億円の収入が収支報告書に不記載で、かつそのカネは水谷建設からの裏献金であり、さも悪質な違反であるかのように報じられているのです。
魚住 僕も今回の事件のどこが問題なのか、一生懸命新聞を読みましたが、理解するのにずいぶん時間がかかりました(笑い)。一般の読者が一読しただけでは、おそらく何のことかほとんどわからないでしょう。
郷原 政治資金規正法は確かに重要な法律です。しかし、何のための法律かといえば、政治家や政党の政治活動が、どういう個人や団体、企業からの献金によってまかなわれているのか、そしてそれがどんな政治活動に使われているのかを国民の前に明らかにし、それによって特定の企業や団体などに偏った政治活動をしていないか どうかを国民が監視するためです。
 その観点からいくと、今回のようにトータルの収支総額が違ったというのは、たいした意味を持ちません。政治団体は政治家にとって自分の財布も同然ですから、その財布にお金がなくなれば、その分を別の手持ち資金から立て替えることもあります。
 立て替えもその返済も、形式上は政治資金の収入・支出に当たります。でも、それは財布にお金を入れたり出したりしただけで、政治資金規正法の目的からすると大きな問題ではありません。今回の問題は、立て替えの金額が土地取引の関係で巨額だったというだけの話かもしれない。
魚住 それに、検察の動きを見れば、いかに証拠が足りていないかは明白。検察は、胆沢ダムの工事をJV(共同企業体)で受注した大手ゼネコンの鹿島、その下請けである中堅ゼネコンの山崎建設、宮本組を家宅捜索していますが、これは要するに、どこも検察の思うとおりの供述をしていない証左なんですよ。
 検察の描いたストーリーでは、水谷建設が小沢氏側に渡した献金はもともと鹿島が指示したものだということになっている。しかし、鹿島はそれを裏付ける供述をしてくれない。そこで、家宅捜索に入る。つまり、
「おれたちの言うとおりに供述しないとこういう目に遭うぞ」
 と、他社を含めて暗に脅しているわけです。
郷原 検察が事情聴取に小沢氏の妻を呼ぶという話もありましたが、これが検察から出た話だとすれば、明らかに嫌がらせでしょう。
魚住 いちおう口実はありますよね。今回の4億円の原資の一部が奥さんの名義だったと。
郷原 それにしたって、まずは当事者である小沢氏を呼んで、そこでの説明を受けてからでしょう。
 結局、今回の事件では小沢氏側に1億円の裏献金をしたという話が、脱税事件で受刑中の水谷建設の元会長から出ているだけ。しかし、これはゾンビ証言、死んだ証言です。
 なぜなら、この元会長の贈賄供述で立件された佐藤栄佐久・前福島県知事の汚職事件の控訴審判決では、「わいろ額はゼロ」とする実質的に無罪に近い判断が示されているからです。その供述は、元会長が検事に迎合して偽証したものだったと弁護人に認めたという話も裁判で出てきています。
 刑務所に入っている水谷建設の元会長にとって、検事が調べに来るのはありがたいはずです。まずは、取り調べの間は刑務作業をしなくて済む(笑い)。検事のご機嫌をとれば、仮釈放で早く出所できるかもしれない。検事はどんな話がほしいのか、元会長は一生懸命考えるでしょうね。
 検察も、そんなゾンビ証言で水谷建設から小沢氏側への裏献金を立件できると考えているとは思えません。
魚住 すると、収賄のような悪質事犯があるかのように国民に幻影を見せて、小沢氏を追い込んでいくわけですね。
郷原 それに、仮に裏献金の事実があったとしても、小沢氏があっせん収賄やあっせん利得の罪で問われることはありえません。たとえばあっせん利得なら、議員の権限に基づく影響力を行使して公務員にその職務上の行為をさせる、あるいはさせないようにしたことによって利益を受けるのですが、仮に議員の権限にまったく関係 のないところでお金をもらっても、それはあっせん利得にはなりません。衆院議員の権限に基づいて首長などに働きかけをしていたら該当するのですが、当時野党の議員に何の権限があるんですか。
魚住 しかし、小沢氏側もずいぶん見通しが甘かった。
 今回の報道では、読売新聞がいちばん検察の意思を体現しています。元日の読売新聞は、1面で「小沢氏から現金4億円」と問題の土地取引への小沢氏の関与を報じ、社会面では「特捜部は小沢氏に説明求めるべき」と社会部次長名で書いています。あれはどうみたって、検察が強制捜査に入るという宣言だった。
 それでも小沢サイドは、1月13日に家宅捜索に入られるまで、強制捜査はないと思っていた節がある。
 先ほども言ったように小沢氏が目指しているのは霞が関の解体なんだから、そんなことをしておいて検察を逆なでしていると思わないほうがおかしい。(笑い)
郷原 とはいえ、ここまでむちゃくちゃな展開になるとは考えられなかったのでしょう。私は、石川議員への家宅捜索や逮捕は、現場である特捜部の暴発を検察上層部が統制できなくなったものだと考えています。検察がこんなことを、最初から組織として明確な意図をもってやっていたとは思えない。いや、思いたくないです。
魚住 でも、明らかに意図的にやったことなんです(笑い)。検察は結局、小沢氏を立件できずに失敗に終わった、昨年3月の西松建設の違法献金事件での失地回復をなんとしてもせにゃいかん。計画的な「犯罪」ですよ、この小沢つぶしは。
郷原 う~ん、魚住さんにそう断言されると、確かにそうかなって思っちゃいますね(笑い)。でも、まだ悪い夢を見ているようです。検察はそんな組織ではないはずなんですが……。
魚住 僕は、検察が強制捜査に着手して以降、国民不在のこの騒動にほとほと嫌気が差しています。
 この問題は、検察と小沢氏、どっちが勝てばいいという話じゃない。検察が勝てば、この国で政権交代が起こった意義がほとんどなくなってしまうし、仮に小沢氏が生き残っても、国民の政治不信はいやが応でも高まる。どちらにせよ、議会制民主主義はもうダメだという話になってしまう。
 そうしたらもう選挙なんてまどろっこしいことはせず、テロとかクーデターに走る連中も出てきますよ。まさに戦前と同じようにね。
郷原 ちょっとインターネットで興味深い文章を見つけました。こんな内容です。
「戦前の2・26事件で政府要人を殺害した青年将校について《彼らの行為は自分の生命を犠牲にして、腐敗と悪臭に満ちた重臣たちを征伐した》と大多数の日本国民が評価し、新聞・世論も、それを安易に容認していたのです。
 その結果、あの悲惨な太平洋戦争へ傾斜していった。今回の東京地検特捜部の独走は、自分たちだけが正義である、との誤った判断で日本を破滅に導いた悪夢の再来としか思えない」
 この文章は、戦時中軍国少年だったという、ずいぶんご年配の方が書いているんです。この人は、いま目の前で行われていることがどういう結果を生むか、ご自身の実体験からすべて見えているんですね。
魚住 西松建設事件のときは、政権交代に検察が水を差すような形になって、世論が検察に批判的に動きました。
 ところが今回は、ここまでの世論が小沢氏に厳しいですね(※1月16・17日の朝日新聞の世論調査では小沢氏が幹事長を辞職するべきだとの意見が67%)。
郷原 西松建設のときは政権与党と検察が結託して民主党を追い落とそうとしているのではないかという空気がありました。だけど今回は、強大な権力に対抗して捜査しているのだから検察のあるべき姿だ、みたいに捉えられている。
 違うんです。私は当時からそうじゃないんだと言っていました。西松建設事件だって、ほかにやりようがなかったからあんなむちゃな事件をやっただけで、与党と結託していたわけではないんです。その失敗捜査の遺恨試合として今回の捜査が行われているとすると、与党だろうが野党だろうが関係なく、とにかく「小沢をやる」ということ。同じ政治家を狙い撃ちにしているだけなんです。
魚住 合法、違法はともかく、彼がゼネコンからカネを吸い上げていたのは事実だと思います。小沢氏がクリーンな政治家だとか、小沢を守れ、みたいなことを言うつもりは毛頭ない。
 でも、これは小沢氏個人の問題ではなく、議会制民主主義の危機だから、こんなことが許されていいのかと言っているんです。
郷原 私も、もともと小沢氏を支持する立場ではまったくありません。しかし、今回のようなやり方が許されてしまったら、もう検察はこの武器だけで、誰に対しても、何でもできるということになる。
魚住 そもそも検察は、人のことを悪質だと言う前に、自分たちの裏金の話はどうなったのかと聞きたい。三井環・元大阪高検公安部長が告発しようとした、調査活動費を裏金化していたという問題です。
 小沢氏が汚いというのなら、自らの恥部についても認めるべきだし、マスコミもそのことを書かないといけない。
郷原 検察というのは、本来、たくさんの事柄の中から黒いものを見つけて、それが黒だという証拠を集めて刑事手続きで立証する、それが仕事じゃないですか。でも、今回のようなことが認められたら、そういう努力をする必要もなくなる。
魚住 もう特捜じゃない。戦前の特高のような「特高検察」です。露骨に政治的で”恣意的な捜査をやるようになってしまっている。
郷原 だから私は、小沢氏には政治家としての体面にこだわらないで、政治生命を懸けて国民に十分な説明をし、検察の説明責任を問うことにつなげてほしいと思います。
魚住 弁護士はおそらく公判対策上、小沢氏に説明するなって言っているんじゃないかな。説明したら、検察にその矛盾点を突かれますからね。
 その事情はわかるんですけど、もうそんなこと言っている場合じゃない。検察と相討ちになるくらいの覚悟でやらないと、日本の政党政治がダメになってしまいますよ。
 小沢氏が日本に真の議会制民主主義を根付かせるために働いてきたというのなら、多少向こう傷を負ってでも、その気持ちに殉じてほしい。

(編集者注・これは週刊朝日2月5日号に掲載された対談の再録です)