読み物笠間検事総長に申し上げたいこと

▼バックナンバー 一覧 2012 年 5 月 7 日 魚住 昭

 今の検事総長・笠間治雄さんに、私が初めて会ったのは1989年、リクルート事件の摘発が進む最中だった。そのころ笠間さんは、腕利きの特捜検事として頭角を現していた。
 物腰が柔らかく“鬼検事”の怖さが微塵もない。驕らず、淡々と事件の真相に迫っていく。そんな姿勢に好感を持った。
 あれから23年。笠間さんは検察官人生で最大の正念場を迎えている。陸山会事件で嘘の捜査報告書(検察審査会が小沢一郎氏の強制起訴を決める際の重要な根拠になった)を作った田代政弘検事の処分をどうするか。組織の命運がかかる案件の決断を迫られているからだ。
 選択肢は2つ。1つは「記憶の混同で事実に反する内容になった」という田代検事の証言を丸飲みして起訴を見送ること だが、これは最悪の対応策だ。
 なぜなら東京地裁の大善文男裁判長がすでに「報告書が問答体で具体的かつ詳細な記載がされていることに照らすと、あいまいな記憶に基づいて作成されたものとは考え難」(証拠決定書)いと指摘しているからだ。
 石川知裕代議士が隠し録音した田代検事との問答と比較すれば、捜査報告書が検審の結論を小沢氏の強制起訴に導くため偽造されたことは明らかだ。これは検審制度の根幹を揺るがす悪質な行為で、「記憶の混同」でお茶を濁せる話ではない。
 では、もう1つの選択肢は何か。それは言うまでもない。真相を明らかにすることだ。ただしこの場合、田代検事1人に責任を押しつける、トカゲのしっぽ切りは通用しない。
 というのも陸山会事件の応援に 駆けつけた大阪・特捜の前田恒彦元検事(証拠改ざん事件で実刑確定)が法廷で当時の捜査の内幕を暴露しているからだ。
 彼の証言によると、特捜部長や主任検事ら一部の幹部は、小沢氏を水谷建設からの裏献金(5千万円)などで立件しようと積極的だったが、現場の検事たちは「厭戦ムード」だった。
 田代検事も石川知裕代議士を調べた結果「5千万円を受け取った事実はないんじゃないか」と漏らしていたが、上からのプレッシャーがきつく、石川調書の原案を主任検事に上げ“朱入れ”までされていたという。
 この証言は石川代議士の「獄中日記」とも符合する。田代検事は独断で報告書を偽造できる立場ではなかった。「小沢との全面戦争」(前田証言)に拘る上司の指示に、心ならずも従 っていたというのが真相だろう。
 それを裏打ちするように産経新聞は、田代検事が報告書の作成後「上司の指示を受けて書き換えた可能性がある」と報じている。さらに内部調査が進んでいけば、報告書偽造に関与した検察幹部の名が次々と明らかになっていくにちがいない。
 そう思っていたら朝日新聞4月18日朝刊に「検事を不起訴の方向」という見出しの記事が載った。検察当局は田代検事の起訴を見送り、彼に加えて当時の上司ら数人に対し懲戒を含む人事上の処分をする見通しという。
 何ということだろうか。この記事が本当ならば、笠間さんは真実を隠蔽して組織防衛に走った検事総長として歴史にその名をとどめることになる。
 かつて取材した記者として笠間さんに申し上げたい。 この問題は到底「人事上の処分」で済まされるような話ではない。
 だいいち虚偽報告書に騙された形の検察審査会が黙ってはいないだろう。結局、田代検事は小沢氏と同じように強制起訴される確率が極めて高い。
 そのうえ検事総長らの証人喚問を求める動きが国会の法務委員会で出てくるにちがない。
 私の見通しが正しければ、報告書偽造問題は一件落着するどころか、余計にこじれて、検察の命取りになってしまう。
 そんな事態を回避するにはトップの英断が必要だ。まず真実をさらけ出し、検察改革の道筋を開く。それが貴方に課せられた歴史的な使命だということをどうか忘れないでほしい。(了)

(編集者注・これは週刊現代「ジャーナリストの目」の再録です)