東郷和彦の世界の見方第一回 ウクライナ和平の動向(その1)

▼バックナンバー 一覧 2025 年 1 月 20 日 東郷 和彦

2024年2月24日にプーチン大統領の指揮下でロシア軍がウクライナに攻め込んで以来、日本のマスコミを通じて広められてきたこの戦争に対する見方は、バイデン民主党大統領・英国他NATOの中心国・Gセブン等の「西側」によってつくられてきた。それは、プーチンの侵略は国際法違反であり、なんら挑発されないのに行った一方的侵略であり、その後の戦争でも数々の非人道的行動を行い、このような行動は許すことができないというものだった。

戦争をいつやめるかについては、攻め込まれたウクライナを代表するゼレンスキー大統領が抵抗戦争を続けるという以上、その抵抗戦争が勝利できるように軍事その他の支援を続け、厳しい制裁と相まってロシアを弱くして戦争に勝つという議論がほぼすべてであった。

それ以上に踏み込んだ停戦が議論されることはほとんどなく、戦争の実際の当事者ともいうべきアメリカとロシアとの間でも、対話・意思疎通が殆ど存在しないままに、三年近くの歳月がながれた。

1968年に外務省に入省しロシア語の研修を命ぜられてから、34年の外務省生活の半分を対ロシア関係の仕事で過し、退官して国際関係の研究生活に入った後も、ロシアの動向に関心を抱き続けてきた私も、プーチン大統領によるウクライナ攻撃により非常な衝撃をうけた。

ただ、外務省現役の最後に日ロ平和条約交渉の正面にでてきたプーチンは、論理的に物事をつめ、ロシアの国益をまじめに追及する交渉相手としてむしろやりがいがある人としての記憶が鮮明にのこっていたので、どうしてこのような「暴挙」に出たかの原因を知りたいと思った。

更に、原因の如何を問わず、始まってしまったこの戦争は一刻も早くやめなければならないと私は強く確信していた。それは、第二次世界大戦終了の年に生まれ、戦後の記憶が鮮明に残っている私の世代の骨身にしみた考えとして、世界の中から戦争の惨禍をなくさねばならないという、いわばDNA化した確信によるものだった。

戦争をやめるには、事態を変える主導権を、軍人の手から外交交渉者がとりもどさねばならない。戦争は、話し合いと交渉によってやめる以外の策がないからである。

外交の最も大事な基礎は、自国の国益を敵国に対して存分に主張し、その過程において、敵国の本音をつかみとり、事態の解決の原点をみいだすことにある。そうであるならば、日本を含む西側の外交官が果たすべき最も大事な責任は、敵国即ちプーチンがなぜこの戦争を始めたかをつかみ取ることではないか。

ウクライナ戦争が始まってから私は、そういう視点で必死になって毎日何が起きているかをフォローしてきた。実にたくさんのことを学んだ。特に、この戦争の事実上の当事者であるアメリカ、ないしはアングロ・サクソンの内在的な論理がまるでわかっていなかったという「現実」に何回も直面することになった。

そういう中で二年の歳月がながれ、西側における戦争指導を事実上おこなってきたバイデン大統領の任期がおわりに近づき、共和党の対抗馬として、なんと、バイデンの前任のトランプが出馬を表明、あれよあれよという間に、共和党の候補としての地保を確立し、2024年11月5日、大統領選でハリス副大統領を抑えて勝利を確保してしまった。

しかも驚くべきことに、「ウクライナ戦争を終わらせる」が、対外関係に関する重要選挙公約として登場したのである。

バイデン時代、戦争終結の途がみえずに悶々としていた私は、本日晴れてアメリカ大統領の職務を開始したトランプが、いま、ウクライナ戦争終結に向かって開いた「機会の窓」の重みに、誠に武者震いがするような感慨をもっている。

もちろん私は、この交渉の当事者ではない。しかし、せめて、この歴史の中にただいま現在大きく開いた「機会の窓」をしっかりみつめ、生起する事実をその時点で記録し、歴史に対する自分の見方として記録できないかと考えた。

いま最も興味あるポイントは、「大統領就任後一日で戦争を終わらせる」と豪語し今はそれが「半年以内」というような形で伸びてきたトランプ側が、どのような和平案を考えているかである。

しかし、トランプ当選が確定した時点から自国にとっての和平のゆずれない一線を明確にマスコミの中に流しているロシアが、どのような心理状況で今日以降の交渉に対応していくかは、それと同じくらい重要である。

ロシアは、11月5日以降の二か月半様々なシグナルを出しているが、一番最近のシグナルとして、ラブロフ外務大臣の長時間の記者会見がある。そこで今日は、その中のウクライナ戦争関連部分を以下に紹介したい。

2025年1月14日:ラブロフ外相記者会見ウクライナ戦争関連重要部分(ロシア外務省ホームページより)

①   これまでの議論は準備的性格をもつが、それでも、国家安全保障担当補佐官就任が目されているマイケル・ヲルツ氏は、この紛争の「根本原因」として、NATO拡大政策を挙げた。私たちがこれまで提起してきたNATOの東方拡大という根本原因が、アメリカ乃至西側指導者の口から提起されたのは初めてのことであり、高く評価される。トランプ氏もすでに、ウクライナはNATOに加盟しないとの前言に反していると述べた。(筆者注:1月7日トランプは、ウクライナのNATO加盟に反対するロシアに共感すると発言した[ロイター])。

②   しかし、ロシア人の言語、文化、教育、最重要宗教がウクライナで法的に禁止されている問題は、今後取り上げられねばならない。

③   我々はいまウクライナと呼ばれている国の安全保障を議論する用意があるが、それは、ユーラシア大陸の文脈で行わなければならない。(ウクライナが存在する)この大陸の西側は、中國・インド・ペルシャ湾・南アジア・バングラデシュ・パキスタンなどのユーラシア大陸の大国に扉をとざすわけにはいかない。我々は、この大陸の問題は、NATOではなく、大陸全体によって処理されなければいけないと考えている。

トランプが今日、大統領職に着いた時点からどのようなウクライナ政策をうちだすのか、非常な興味がもたれるところである。(続)