フォーラム神保町「受刑者の人権について〜徳島刑務所事件にみる現在の刑務所状況」

▼バックナンバー 一覧 Vol.27
開催日時:3月4日 (火) 18:30〜

勉強会レポート

「松岡医務課長が着任してから、処遇が180度変わった。いくら内から訴えてみても無視される。だから、外から訴える必要があった。まだ内にいる仲間のためにも、多くの人に内情を知っていただくには、メディアの皆さんの助けが必要なのです。私にも田舎に家族がいますが、こうして顔を出して訴えることにしました」

昨年10月に13年の刑期を終え、徳島刑務所を出所したYさ んはこう話した。2月19日、徳島刑務所の受刑者(元受刑者、遺族を含む)22名が徳島刑務所の松岡裕人前医務課長、当時の所長、医務課職員らを徳島地検に特別公務員暴行陵虐などの容疑で刑事告訴した。その告発者の代表として、Yさんはメディアを通して刑務所内の実態を世間に訴えている。

昨年11月に週刊現代やテレビ朝日が報じたことで明るみとなった松岡医務課長の「肛門虐待」。受刑者が自殺していたという内容に驚愕した方が多かったことだろう。告発状を見ると、肛門に指を突っ込むのはもちろん、つねる、投薬拒否、絶食させるetc到底、医療行為とは思えない松岡医務課長の所業が書き連ねられている。

こうした事件がなければ、刑務所の実態はなかなか明らかにならない。それは、自分が刑務所に収監されることなどない、罪を犯した人間が不自由して当然、そんな思いが多くの人々にあるからなのか。はたまた、公務員の組織防衛本能、隠蔽体質のために都合の悪い事実は表に出てこないだけなのか。今回の現代深層研究会では、Yさんと川村理弁護士を講師に招き、現在の刑務所・受刑者が抱える問題点を研究した。

まず、川村弁護士から刑務所をめぐる法律についての解説があった。明治41年に制定された「監獄法」。これが長らく日本の刑務所内を規制してきたわけだが、国際的批判を浴びても、この法律はなくなることなかった。名古屋刑務所で起きた革手錠と放水による受刑者死亡事件を契機に、2年前に「受刑者処遇法」にやっと改まった。

「受刑者処遇法が成立した当初、現場の弁護士は喜んだ。しかし、受刑者の状況はあまり良くなっていないというより、むしろ悪くなっている。刑務所内での私物の総量規制は厳しくなっているし、中には拘置所での手紙は1日1通となったところもあると聞いた。そして、厳正独居(24時間1人きりで過ごす)も形を変えて残っている。看守の態度も変わらず、最近も宮城刑務所や川越少年刑務所で暴力事件が起きている」(川村氏)

 この改まらない看守の態度の最たる例が徳島刑務所で起きた松岡医務課長の変態診療行為だろう。Yさんの告白は、実体験をしたものにしか語れない、実に生々しいものだった。

「同房の受刑者が『腹が痛い』と言い出したのですが、松岡はアスピリンを処方するだけで、ろくな診療をしない。あまり弱音を吐かない人間が深夜も『痛い、痛い』というので、私は隠れて彼の腹をさすってあげた。医務室に行くことを勧めても、彼は『肛門に指を入れられたくない』と医務室へは行こうとしませんでした。その後、彼は大阪の医療刑務所に移送され、がんと判明。直後に亡くなりました。こんなことが許されるのでしょうか」(Yさん)

 徳島刑務所はいわゆるLB刑務所。無期懲役を含む刑期8年以上の重刑犯が収容される場所だ。Yさんいわく「ヤクザは全体の収容者の40%」ほどだという。ところが、松岡医務課長の変態医療行為はヤクザにはあまり行われなかった。

「相手を選ぶんです。無期で長く入っている老人や体が弱っている人に対して、松岡は陰湿な行為を行ってきた。私自身は肛門を陵辱されなかったが、松岡に陰部を触れられ、『これ何に使うんや』と侮辱されたことがある。私は健康で年齢も若かったが、もまもなく出所を控えており、成績を落としたくないという一心で我慢しました。松岡はそうした事情を知った上で、やってくるんです」(Yさん)

 受刑者同士が連絡を取り合うことは、刑務所内では難しい。この松岡医務課長の蛮行を外に訴えるために、受刑者たちは手を結び始めていた。ある者は出所する者にこっそりと手紙を渡し、出所したら松岡医務課長の変態行為を外部へ訴える手紙を投函するように依頼した。また、ある者は運動場に手紙を埋めて、他の工場で作業する受刑者と連携を取った。こうした動きがあって、初めてメディアで報じられることとなったのだ。

ところが、徳島刑務所がしたことは反省や改善ではなかった。告訴の取りまとめ役となっていた受刑者を他の刑務所に移送。その移送に怒った受刑者たちが昨年11月に暴動を起こしている。その後も、暴動に関わっていないが、告訴に積極的と思われる受刑者は次々と他の刑務所へ移送されているという。そして、松岡医務課長も今年1月には高松矯正管区へ異動となっている。現在まで、この事件に関する法務省の公式的な見解は聞いたことがない。臭いものには蓋をするということなのだろうか。

名古屋刑務所事件の際もそうだったが、刑務所内で何か事件でも起きなければ、刑務所の実態を知る機会は少ない。元受刑者に接する機会が普通の会社員より多い我々、取材者にとっても同様だ。改めて塀の中で起きている「法の下の不平等」を実感した次第だ。

(週刊アサヒ芸能 箱崎充永)