特集「小沢一郎」その1

▼バックナンバー 一覧 2009 年 12 月 21 日 魚住 昭

 小沢一郎幹事長の「知恵袋」といわれる平野貞夫氏と話をしていたら、彼が「政権交代に最も貢献したのは検察ですよ」と言い出したので驚いた。
「(今年3月の)大久保隆紀秘書逮捕がなかったら二四〇議席を巡る戦いになっていたはずです。大久保逮捕で自民党と検察のやり方に強い不信感が生まれたからこそ、三〇八なんて異常な議席がとれたんです」
 と平野氏は解説してくれた。なるほど、言われてみればその通りだ。国民は検察の強引なやり方に民主主義を崩壊させる危うさを感じとった。その危機感が民主党圧勝のバネになったのは間違いないだろう。
 検察もとんだ計算違いをしたものだ。だが一度失敗したからといって、そのまま引き下がるほど検察は甘くない。私は共同通信の記者時代に検察担当だったから、特捜検事たちのプライドの高さをよく知っている。
 彼らは自分たちほど頭が良くて公正で、国家に有益な人材はいないと思っている。政治家は腐敗していて国を誤らせる。だから自分たちが正義のメスを振るって、政界を浄化しなければならぬ。それに楯突く奴はどんな手段を使ってもぶっ潰す!
 そんな特捜検事の心理からすると、政権与党の中枢に居座る小沢氏は許せない存在だ。となると、やるべきことは一つしかない。小沢氏の悪事を暴き、彼を失脚させることである。
 実際、特捜はこの数カ月、水谷建設(三重県のサブコン)から小沢周辺への金の流れを執拗に追跡していた。その動きを最初に報じたのは共同通信だ。十一月十八日、こんな内容の特ダネ記事を配信した。
「水谷建設の関係者が小沢幹事長側に『2004~05年、計1億円の現金を渡した』と特捜部の調べに供述していることが分かった。小沢氏関連政治団体の04、05年の政治資金収支報告書には、該当する寄付などの記載は見当たらず、供述通りなら裏献金の疑いもある」
 西松建設事件で問題になったのは政治資金収支報告書に記載した「表」の献金で、しかも額は3500万円だった。だが今度は「裏」献金で1億円だ。もしこれが事実なら、小沢幹事長の政治生命は危うくなる。
 私は講談社の雑誌『g2』に掲載される「小沢一郎論」を書き終えた直後だったこともあって、『共同』情報が事実かどうかの検証作業を始めることにした。結論はまだ出ていないが、現段階での私の感触を言うなら、この話はクサい。謀略の臭いがする。
 小沢という政治家は、田中角栄元首相や金丸信元副総裁の末路を側で見てきたから、金の扱いには極めて神経質だ。筋ワルの企業から1億円の裏金をもらったらどうなるか。それは彼自身が一番よく知っている。
 彼に内緒で秘書たちが受け取った可能性も、小沢事務所の厳重な資金管理システムを考えると、まずあり得ない。
 おそらく脱税で服役中の水谷建設元会長のホラ話に検事が飛びついたのだろう。それだけ小沢憎しの感情が特捜部内に充満しているということだ。
 ロッキード事件(一九七六年)以来、田中―竹下派は検察の最大の標的だった。リクルート事件で竹下内閣を倒したのも、金丸元副総裁を逮捕して経世会を分裂させたのも、鈴木宗男・元官房副長官の逮捕で小泉政権の基盤強化に貢献したのも検察である。検察は旧田中派に手を突っ込むことで日本の政治の流れをコントロールし てきた。
 その田中派出身で、脱官僚(つまり検察を頂点とする霞が関ムラの解体)を目指す小沢氏が検察捜査のターゲットになるのは歴史的な必然と言っていい。
 検察VS小沢戦争の第2ラウンドがこれから本格化する。私の見立では検察が勝てば、民主党政権は重石を欠いて空中分解する。逆に小沢氏が勝てば、検察は実質的な国家の主導権を失う。いずれにせよ、日本の針路の分岐点になることだけは間違いないだろう。(了)
 
(以上は週刊現代連載『ジャーナリストの目』第1回を再録したものです)