読み物虚偽捜査報告書問題について思うこと

▼バックナンバー 一覧 2012 年 6 月 4 日 魚住 昭

  陸山会事件で石川知裕衆院議員の調べを担当した田代政弘さんは、かなり有能な検事だ。真相を見抜く力があり、相手の身になって考える想像力もある。

 石川議員が水谷建設から5000万円を受け取ったという当初の見立ての誤りに最初に気づいたのも田代検事だった。
 でっち上げ捜査の拡大を防いだという意味で田代検事の功績は大きい。ただ一つ、彼に難点があるとすれば上司の意向に逆らえないことだろう。石川議員が「隠し録音」した再聴取のやりとりを読んでそう思った。
 録音は2年前の5月17日、石川議員が東京地検の908号室に入るところから始まる。
 石川「失礼します」
  田代「どうぞ、どうぞ。石川さんさ、録音機持っていない?」
 石川「大丈夫です」
 田代「大丈夫?この前もさ、そういうこと言っててとった奴がいてさ。それ(携帯)、まあ電源切ってもらって(携帯を閉じる音)。石川さん大丈夫?」
 石川「はい。大丈夫です」
 田代「大丈夫?下着の中とか入ってない?(録音機が)」
 田代検事はそれから本題に入っていく。石川議員が「今日は調書とるんですか」と聞くと、
「そりゃ調書取れって言われてますよ。現在の石川さんのね。あれ(保釈)から暫く時間がたって、外ではさ、うちの幹部からすればさ、威勢のいいことを言ってると映っているわけよ」
 石川議員は逮捕勾留中に「4億円不記載を小沢一郎氏に報告し、了承を得た」との 供述調書に署名した。にもかかわらず、保釈後はそれを覆す話をマスコミにするのはけしからんと幹部が怒っているというのである。
「そこをよく聞いて調書にするのが、一つの今日のミッションなんだけれども」と田代検事。
 続いて田代検事は小沢氏の関与を認めた供述を否定すれば、検察の強硬派が小沢不起訴の既定方針を覆す恐れがあり、検察審査会も小沢氏の圧力だと思うから火に油を注ぐことになると手を替え品を替え力説した。
 だがこの理屈はおかしい。再聴取で小沢氏の関与を認めたら、起訴判断の根拠が増えるだけだ。たぶん田代検事が「石川供述を維持させろ」という上司のミッションを遂行するためにへ理屈を捻り出したのだろう。
 幹部を怒らせると何をするか分からない。素 直に従った方が身のためだよ。田代検事は言外にそうほのめかしながら石川議員を精神的に追いつめていく。
 たまりかねた石川議員が「私にとって今日できる事って何なんですかね」と訊いた。
「そりゃ、一番無難なのは、さ、従前の供述を維持しちゃうことが一番無難だってー」
 石川議員は何度も反論した。「民主党代表選前に土地取得が明るみ出るのを避けるため本登記を翌年にずらしたのが一番の主眼点です。小沢さんからの4億円が明るみに出るのを避けるためというのは違います」
 だが、この言い分は一蹴された。再逮捕を恐れた石川議員は田代検事に従うほかなかった。
 この再聴取直後に田代検事は上司の指示で捜査報告書を作成した。全文5000字余りの報告書の内容の八割 方は嘘だ。
 石川議員の主張は完全に無視されている。石川議員は素直に小沢氏の関与を認め、田代検事は石川議員の意向を最大限に尊重しながら模範的な調べをしたことに作り替えられている。
「記憶の混同」でこんな報告書は作れない。誰が見ても上司の指示による公文書捏造だろう。
 だが、検察当局は今月中に田代検事や上司らを不起訴にして懲戒・訓告処分にするという。
 これは田代検事に温情ある処分に見えるが、実は違う。彼は今後の検察審査会で起訴議決を受ける可能性が大だ。そして彼が真相を暴露しない限り、“黒幕”は「知らなかった」と弁明して逃げ切ってしまうだろう。
 本当に悪い奴は法の網をすり抜け、上司の指示に従った者が処罰を受ける。こんな不条理が許され ていいのだろうか。(了)  
(編集者注・これは週刊現代「ジャーナリストの目」の再録です。)