読み物指揮権発動について小川前法相に聞いてみた
法相を更迭された小川敏夫参院議員に会いに行った。小川さんは裁判官を3年、検察官を5年勤めて弁護士に転じ、政界入りした異色の経歴の持ち主だ。
彼は6月4日の退任会見で虚偽捜査報告書問題を巡って指揮権発動を決意していたことを打ち明け、世間を驚かせた。
新聞各紙は小川発言を「見識を欠く」と批判したが、私はそうは思わない。彼は法相としての職務に忠実だっただけだ。問題はなぜ指揮権を発動できなかったのか、その理由にある。
参院議員会館で私は訊ねた。
「ずっと不思議に思ってたんですよ。新聞報道では5月中に田代政弘検事を不起訴にし、懲戒処分で幕引き―のはずでしたね。だけど6月に入っても処分の発表がない。なぜだろうって」
すると小川さん は言った。
「僕が止めていたからです。法務官僚は田代検事の不起訴と人事処分をセットで行おうと考えていた。不起訴は検察が決めるけど、人事処分は法相がOKしなければできませんからね」
小川さんは今年1月に法相就任以来、虚偽報告書問題に「重大な関心を持っている。国民の納得が得られる対応を」と法務官僚に再三伝えてきたという。
「はい、わかりました」と官僚は言った。だが、最終的に上がってきたのは「『記憶の混同で事実と違う報告書を書いた』という田代検事の弁明をどうしても打ち破れません。他に証拠がないので、虚偽有印公文書作成・同行使罪で起訴するのは無理です」という報告だった。
「結局、やる気がないということでしょう。だって報告書の主要部の大半が事 実と違うんですよ。記憶の混同では到底説明できない。理を尽くして田代検事を説得し、上司も責任をとる姿勢を見せれば、そんな結論にはならないはず」と小川さん。
法務官僚が用意した処分案は田代検事を停職にして退官させ、上司たちを注意処分に止める。これなら田代検事は弁護士に転進でき、上司らも辞めないで済む。組織のダメージも最小限に抑えられるというわけだ。
やがて新聞が懲戒処分のリーク情報を流し始めた。これに対し小川さんは5月11日に官邸を訪ね、指揮権発動の意向を首相に伝える。ちょうどそのころから不可解なことが起きた。
「私が土地取引の不祥事に絡んで6月にも告発されるという事実無根の噂が広がった。あまりにあちこち情報が流れるから民主党の方でも 心配して『大丈夫か』と私に聞いてきたほど。こんな大がかりな情報操作は個人ではできないと思いますよ」
小川さんは腹を括った。6月5日に野田首相と面会する約束を取り付け、そこで指揮権発動の了解を得る。仮に首相が拒んでも法相の権限で虚偽報告書問題の徹底糾明を指示する―。
だが、首相との面会前日に小川さんは突然更迭された。私が漏れ聞いた話では、法務官僚の官邸工作があったらしい。
「推測になるからそれについては何とも言えないが、私は更迭されるようなことをした覚えはない。検察は国家の背骨。真っ直ぐでないと日本はおかしくなるという思いで指揮権発動を決意したんですが、官僚に完全にコケにされてしまいましたね」
小川さんはインタビューの最後に「実は 私の前任の平岡秀夫さんも…」と言い出した。死刑廃止論者の平岡法相更迭の裏にも法務官僚の仕掛けがあった疑いが強いというのである。
平岡さんは死刑制度の存廃を問う審議会を設け、委員の人選を自ら行おうとした。そこで死刑廃止の答申が出れば、法案化へと進む。それを阻止するため官僚が画策し、1月の内閣改造で平岡さんを辞めさせた。「確証はないが、私の場合と同じだと思う」と小川さんは言った。
それが事実なら野田内閣の法相は二代連続で官僚の手玉にとられたことになる。3代目の滝実さんは虚偽報告書問題で官僚と手を握るのか。それとも闘うのか。私は祈るような気持ちで彼の去就を見守っている。(了)
(編集者注。この原稿は先週発売の週刊現代「ジャーナリストの目 」の再録です)