読み物ヒラメ裁判官を生む人事統制のカラクリ

▼バックナンバー 一覧 2010 年 5 月 17 日 魚住 昭

先日、拙宅に分厚い資料が届いた。元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士(香川県弁護士会所属)から送られてきたもので、こんな手紙が添えられていた。
「最高裁の人事統制がおかしな裁判、不当判決の原因で、怨嗟の的になっています。最高裁はこの統制で浮いた金をウラ金にしています。この不正義を正していただきたく、失礼を省みず、書面をお送りする次第です」
 裁判と縁のない読者には何のことだかさっぱり分からない話かもしれない。だが、司法を取材してきた私にとってこんなに嬉しい便りはない。同じ問題を追及する元裁判官がいたんだと躍り上がりたい気分になった。
 経歴を調べると、生田さんは一九七〇年に裁判官になり、九二年に退官。各地の教科書裁判などに関わりながら、最高裁の人事統制のカラクリを解き明かそうと孤軍奮闘してきたのだという。
 なぜ最高裁の人事統制に生田さんがこだわるかというと、そこに日本の司法を歪める根本原因があるからだ。例えば刑事裁判の有罪率99・9パーセントという数字を見ていただきたい。これは検察庁に起訴されたら、奇跡でも起きない限り有罪になることを意味している。
 裁判所は被告に有罪の烙印を押すベルトコンベア装置に成り下がっている。足利事件の菅家利和さんのように冤罪で人生を台無しにされた人や、死刑になった人は数知れないだろう。
 それも裁判官が真実を見ようとせず検察や最高裁の鼻息ばかりうかがっているからだ。
 裁判官は良心に基づいて行動できるよう憲法で手厚く身分を保証されている。その彼らがなぜヒラメ(上ばかり見る)裁判官になってしまうのか。
 生田さんは自らの経験をもとに、その原因は「月給(報酬)」と「転勤」をエサにした人事統制にあると断言する。
「裁判官の報酬は、ある時期から急上昇する者と、停滞したままの者に分かれ、65歳の定年までに『億』単位の差ができます。また『陽の当たる場所』にばかり転勤する者と『ドサ回り』の者とに分かれます。この二つの操作によって正義とは無縁の裁判がまかり通るのです」
 もう少し詳しく言うと、判事の報酬には1~8号の区分がある。8号から4号までは誰もがほぼ平等に昇給する。問題はその先だ。任官後20年を経たころに3号以上に上がっていく者と、4号のまま据え置かれる者とがふるい分けられる。
 4号で地方都市勤務者の年収は1382万円。1号で大都市勤務者は2164万円。その差は800万円近くで、これが10年以上続くと1億円の開きになり、退職時の報酬をもとに算定される退職金や恩給も加えたら莫大な差ができる。
 裁判官にとっては転勤も重大事だ。東京勤務のまま最高裁事務総局・最高裁調査官・司法研修所教官を歴任(三冠王と言われる)して1号に駆け上る者があるかと思えば、地方支部を転々として、子供の進学等のため単身赴任を余儀なくされる者もある。それもすべて最高裁の胸三寸で決まるから、ゴマスリ判決が横行するようになる。
 問題は、こうした裁判官の昇給や転勤を誰がどのような基準で決めるのか、一切明らかにされていないことだ。そのため疑心暗鬼が生まれ、裁判官は余計に保身に走ることになる。
 そのうえで生田さんはさらに重大な指摘をする。
「裁判官を4号から3号に昇給させるための予算配布を受けながら、一部の昇給を遅らせると予算が余る。たぶんそれは年間数億円の裏金になり、学者連中が最高裁批判をしないようにするための工作費になっている」
 この推測は的を射ていると思う。最高裁は日本の伏魔殿である。生田さんの情報開示請求の成果で、その扉が少しずつ開かれようとしている。
 私も微力ながら生田さんのお手伝いがしたい。情報をお持ちの読者がおられたら、是非ご連絡を!(了)
(これは週刊現代5月22日号『ジャーナリストの目』の再録です。一部修正してあります)