宇宙論第四回

▼バックナンバー 一覧 2009 年 7 月 6 日 堀江 貴文

民間の宇宙開発会社として昨今、一躍世間の注目を集めたのは、 世界初の無給油・無着陸で世界一周を達成した航空機「ボイジャー」の設計者 であるバート・ルータン氏率いる、スケールドコンポジッツ社でしょう。彼 は、マイクロソフトの共同創設者ポール・アレン氏から資金を得て、アメリカ 軍の実験機X-15以来、約40年ぶりとなるの空中発射+有翼機「スペー スシップワン」での、高度100km達成を成し遂げました。一般的に高度 100km以上が宇宙空間とされるため、彼らは純粋民間会社での初の有人宇宙飛行を成し遂げ たことになるのです。
 
ただ、これはいわゆる弾道飛行と呼ばれるもので、国際宇宙ステーションなどの軌道飛行とは比べ物にならないくらい、難易度は低いものです。実際、軌道飛行を行うための第一宇宙速度、秒速約7.9 kmを出すには約20数倍のエネルギーを必要とします。垂直高度で言えば2000km以上に上げられないと軌道に乗せることは無理なのです。
 
とはいえ、弾道飛行でも民間企業が独自資金で、たとえ一瞬でも宇宙空間に人間を送り込んだということは意義があるといわざるを得ないでしょう。その原動力の一つになったのが、ANSARI X-PRIZEです。
 
ANSARI X-PRIZEは、ピーター・ディアマンデスが設立したX- PRIZE財団(私も、かつてこの財団の理事でしたし、財団に対して寄付もしています)というPRIZEマーケティングを推進するのが目的の財団により運営されています。イラン人のアメリカ移民であり、技術者の派遣事業で大成功を収めたアニューシャ・アンサリとアミール・アンサリ夫妻が巨額の寄付をすることにより、実現された賞なのです。具体的には民間企業で有人飛行により2 回の宇宙空間到達を成し遂げた企業に1000万ドルの賞金を与えるというもので した。そして、見事スケールドコンポジッツ社の宇宙船スペースシップワンが賞を獲得したというわけです。
 
民間宇宙事業をローンチさせることに多大な貢献をした、PRIZEマーケティングについて簡単に説明しておきましょう。宇宙事業のような新規の多大な投資が必要なわりにはリスクの高い、商用化の難しい事業に関して、その立ち上げをベンチャープロジェクトの競合により実現させるため、ある一定の条件を満たした企業に対して賞金を与えるというのが、PRIZEマーケティングの肝です。つまり、新規事業を立ち上げるに必要な技術が完成しない限り、スポンサーは賞金を払う必要がないのです。賞金を払うレベルの技術が完成した場合は、その技術を優先的に使って事業を興すことが可能になるわけです。
 
実際、ANSARI X-PRIZEを獲得したスケールドコンポジッツ 社は、イギリスの著名事業家リチャードブランソン氏率いるヴァージン・ギャラクティック社の運営する宇宙体験旅行の宇宙船であるスペースシップツーの製造を任されています。順調に製作が進行すれば来年か、さ来年の宇宙体験飛行が実現されることになっています。つまり、PRIZEマーケティングによって新たな産業が興されたわけです。
 
PRIZEマーケティングは、このANSARI X-PRIZEが成功したことを受け、多数の企業から新しいオファーを受けることになりました。例えば、X- PRIZE財団に多大な貢献と寄付をしているGoogle創業者によって、Google Lunar X Prizeが立ち上げられました。これは、月面の無人探査をするもので、2014年までに一定の月面無人探査を成功させた純粋民間企業に対して最高2000 万ドルの賞金が与えられるものです。既に世界各国のチームがエントリーして賞金レースを繰り広げられています。いわゆる先進国でこの賞レースに参加していないのは日本の企業くらいのものです。
 
その他、アメリカの著名事業家ロバート・ビゲロー氏が建設中の宇宙ホテルに、有人宇宙飛行で到達することが出来た事業者に賞金を与えるといったX-PRIZEと同様のプロジェクトを推進しています。こういった、新しいマーケティング手法のもとで、世界の民間宇宙開発は推進されつつあるのです。
 
同様に冷戦化の国家的威信を強化するための宇宙開発競争(スペースレース)という意味づけを失ったNASAのような国家宇宙機関も予算の減少、官僚化・硬直化といった弊害を打破するために、民間に宇宙開発のイニシアティブを移す動きが活発化してきています。ロシアの宇宙開発は旧ソビエトの設計局がロシアやウクライナの国営企業化し、ヨーロッパ企業との合弁宇宙開 発会社を設立していますし、日本もJAXAから三菱重工にH-IIロケットの開発・運用業務が移管されています。しかし、一番民間の活用を積極的にやっているのがアメリカです。NASAは死者を多数出したスペースシャトル計画を打ち切り、次世代宇宙船の開発に取り掛かっています。そのバックアッププロジェクトとして国際宇宙ステーションへの物資・人員の輸送手段の確立を目的とした COTS計画を立ち上げました。
 
このCOTS計画では、2社が採用されました。うち、一社は過去にもアメリカ政府の請負実績が豊富なオービタル・サイエンシズ社でしたが、もう一社は IT業界のシリアルアントレプレナーとして、世界最大のネット決済会社ペイパルを立ち上げネットオークション最大手のイーベイ社に売却することに成功し巨万の富を得たイーロン・マスク氏により設立されたスペースX社というベンチャー企業だったのです。
 
そして、昨年遂にファルコンIロケットの打上げに4 度目で初めて成功します。純粋民間企業が開発した液体燃料ロケットとしての衛星軌道投入は初の快挙でした。
 
 

*1:
ローンチ launch 立ち上げ、着手、開始、打ち上げ(ロケットなどの)
*2:
JAXA 独立行政法人 宇宙航空研究開発機構。2003年に、宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団がひとつになって発足した。
*3:
シリアルアントレプレナー 連続起業家。何度も事業を立ち上げ、軌道に乗せる人のこと。