宇宙論第五回

▼バックナンバー 一覧 2009 年 7 月 22 日 堀江 貴文

ファルコン1の成功は民間宇宙開発がまた新しい一歩を踏み出したことを世の中に示しました。そして2009年7月14日、マレーシアの人工衛星を載せたファルコン1の5号機が打上げ成功し、2回連続で打上げに成功したのでした。2009年の年末には、ファルコン1のエンジンを9機束ねたファルコン9の打上げが予定されています。このファルコン9は、スペースX社の有人宇宙カプセルであるドラゴンカプセルをつけて打ち上げることが可能で、NASAのCOTS計画における国際宇宙ステーションへの人員輸送の役割を果たすことができるようになる可能性は高いでしょう。

なぜなら、アメリカ合衆国はスペースシャトルの運用停止を来年に控えているにもかかわらず、その代替手段である新型オライオン宇宙船及び打上げロケットであるアレスIの開発にはあと最低でも数年掛かるとみられ、国際宇宙ステーションへの人員輸送を唯一の利用可能な有人宇宙船であるロシアのソユーズ宇宙船に頼らざるを得ないからです。重要な国際宇宙ステーションへの人員輸送をライバル国に数年は頼らざるを得ない現実が、アメリカの民間宇宙開発を推進する一つの原動力になるかもしれないのは皮肉なことですが、民間宇宙開発の発展にとっては非常に良いことなのかもしれません。

ただ、このアメリカのソユーズ依存のせいで民間の宇宙旅行産業は大きなダメージを受けています。世界唯一の地球周回宇宙旅行を提供するアメリカのスペースアドベンチャーズ社はロシアのソユーズ宇宙船の3人シートのうちのリザーブシート1席を使って民間人を国際宇宙ステーションに送り出していました。しかし、アメリカが宇宙飛行士の打上げにソユーズ宇宙船を使うために、リザーブシートが埋まってしまったのです。それだけではありません。国際宇宙ステーションは今年から6人体制で運用されるため、脱出用のソユーズ宇宙船は常時2台ドッキングしているのですが、その乗員交代のためには年に数回打ち上げる必要があります。しかし、ソユーズ宇宙船の製造工場の余力はその製造で精一杯であり、宇宙旅行者用のソユーズの手配は難しいものとなっています。また、打上げロケットであるソユーズ・ローンチビークルも過去は軍事衛星を含む年間数十個の打上げを行っていたものの、ロシア経済危機などの影響で工場が2つ閉鎖され過去3つあった工場が一つになっているという話もあります。また、価格も高騰しています。ソユーズ宇宙船しか事実上有人打上げの手段が無いことがそれに追い討ちをかけている格好です。現在スペースアドベンチャーズ社はシートの確保に関して、ロシアの宇宙開発会社と交渉をしているようですが、今後どのようになるのかは未知数のようです。

そもそも、こういった問題が発生したのは、全てスペースシャトル計画の失敗によるものだと言えるでしょう。アポロ計画で人類を月に送り込むことに成功し、旧ソ連とのスペースレースに勝利しました。それと同時にアメリカ国民の宇宙に対する興味は急速に冷えて行き、映画「アポロ13」に描かれているように、テレビ中継の時間を減らされるような有様で、実際いくつかの月着陸計画は中止に追い込まれました。さらにベトナム戦争の長期化など、国家予算の逼迫などの理由もありアポロ計画は終了することになります。しかしこれは大規模な国家プロジェクトであり、公共事業なのです。中止しても一気に全員を解雇、あるいは下請会社への発注を一斉に切る事は出来ません。そのため、NASAは後継の計画を作ることになります。しかし、国家プロジェクトな故に国民の少なくとも過半数の同意を得られるようなプロジェクトである必要があります。そこで、登場したのが1段式完全再利用型の夢の宇宙船です。まるで飛行機のように滑走路から離陸し、宇宙空間に到達しそのまま地球に戻ります。帰りも当然滑走路に着陸です。そんな夢の宇宙船を開発するということで、NASAは巨大公共事業の継続予算の獲得に成功しました。しかし、それはまだ人類にとっては「夢」の宇宙船のままだったのです。

宇宙航行学の基礎ともいえる公式があります。ツォルコフスキーの公式と言います。言うまでもなくロケットは地上から発射され(一部航空機から発射される空中発射もあります)、宇宙空間に到達するのですが打上げ当初は垂直に打ち上げられるために重力の影響と、濃い大気の影響を受けます。しかし高空に達すると空気抵抗も無視できるほどに小さくなるので、ロケットは徐々に水平方向に向かうよう軌道修正されます。用は地上に落下しない速度で飛べるように加速できればいいのです。

初期の重力・大気の影響の為に打上げの初期はパワーが必要です。燃料も満載しています。が、高空に達すればパワーよりも加速のほうが大事になってきます。そのために多段式のロケットが作られるようになりました。ツォルコフスキーの公式はそれを予言していたわけです。もちろん1段式で地球周回軌道を回れるようなロケットも不可能ではないことも彼は予言していました。ただ、そのためには燃料に液体水素・酸化剤に液体酸素を使うロケットエンジンが不可欠であることも公式では示されていました。

ツォルコフスキーの公式はあくまでも理論的なものです。1段式宇宙ロケット実現するための条件はとてつもなく厳しいものでした。スペースシャトル計画は、迷走することになるのです。