宇宙論第六回

▼バックナンバー 一覧 2009 年 8 月 12 日 堀江 貴文

スペースシャトルは夢の一段式ロケット、つまり有翼型で離陸し着陸する、まるで飛行機のような外観を当然のように求められましたし、完全再利用型を狙っていました。非常に高い目標です。目標が高いのは悪いことではないのですが、現実も考える必要があります。結論として、当時の材料技術やエレクトロニクスの技術、様々な技術を駆使しても完全再利用型一段式ロケットは無理という報告がなされました。この時点でスペースシャトル計画をやめておけば良かったのですが、走り出した公共事業は例えば日本の有明海諫早湾の干拓事業を見るまでも無く止めるのは非常に厄介なのです。スペースシャトル計画もまた、当初のコンセプトが実現できないにも関わらず、続くことになってしまいました。

エンジンの完全再利用に関しては、SSMEエンジンで実現されました。200気圧を超える燃焼室圧という高性能を出しながら少なくとも数十回は連続で再利用されています。問題は、液体水素タンクでした。ご存知の通り液体水素の沸点(液体から気体になる温度)はマイナス200度を下回る極超低温です。空気(主な成分は窒素と酸素)すら凍ってしまう温度です。実際、SSMEや日本のH2AロケットのエンジンであるLE-7Aの燃料を通すパイプには予めヘリウムガスを充填してあります。これはヘリウムだけが液体水素に触れても沸点・融点がさらに低いために凍らないからです。

液体水素はその極超低温の為にタンクの素材の特性を非常に限定するのです。ロケットエンジンのタンクというのは頑丈そうに見えますが、実は大きなタンクは風船のようなものです。非常に薄い金属で覆ってあります。ペラペラなのです。それでも何トンもの燃料の圧力に耐えるために相応の強度は必要とされますが、タンクに燃料を入れない状態の重量も相当なものになります。なんとか軽量化し、さらにエンジンの性能を上げないと一段式では難しかったのですが、極超低温に耐え、かつ強度のある素材は当時存在しませんでした。今ならもしかしたらカーボンナノチューブを加工した素材であれば、いけるかもしれないと言われていますが。

この段階で燃料タンクを外付けにすることになりました。まさに戦闘機が自前のタンクでは目的地にたどり着いて帰ってこれない場合に使う予備タンクのようなものです。予備タンクに入っている燃料を使い果たすとそれは切り離されます。だから、一段式だと言い張るつもりだったのでしょう。まあ、ここまでは話が分からなくもありません。

しかし、これだけでは問題は解決しませんでした。ツォルコフスキー博士が予言したとおり、液体酸素・液体水素エンジンは大気が濃く空気抵抗があり、しかも重力の影響を受けやすい低空での飛行に向いていませんでした。まあ、言うならばトルクが足りないのです。車のエンジンで言えばローギアに入れなければいけないのに、最初からトップギアで走っているようなものなのです。

その解決策として、2本の補助ブースター(SRB)が付けられました。これは固体燃料ロケットで、低空の部分だけスペースシャトルを運ぶ、いわばローギアの役目を果たすものです。結局スペースシャトルは、戦闘機で言えば予備タンクとカタパルトのようなものを備えた、不完全な一段式完全再利用型ロケットになったわけですが、これが不幸な事故を招くことになってしまったのです。

まず最初の悪夢が、チャレンジャー号の打上げ時の爆発事故です。実はSRBのつなぎ目に使われていたOリングが劣化で壊れてしまったことによる事故だったのです。そして一度だけでなく二度目の悪夢も起こってしまいました。コロンビア号が、発射時に外部燃料タンクの断熱材が剥がれ落ち、スペースシャトルを覆っている耐熱タイルの一部を壊してしまったのです。それで大気圏の再突入時に、そこから高熱のプラズマが入り込み爆発に至ったのでした。つまり、災厄の原因はなんとかして一段式で打ち上げたようにみせるための後付けのSRBや外部燃料タンクの悪さだったということになります。なんという皮肉でしょうか。

さらに、完全再利用型を目指したが故に大気圏再突入時の高熱に耐えるため、セラミックのタイルを使ったことも裏目に出ています。スペースシャトル以前の宇宙船は、いわゆるアポロチョコレートのような円錐形で、大気摩擦を受けて何千度という高い温度になる底部にプラスチックの一種で分厚く覆ったりして、その気化熱(汗が引くときに肌がヒヤッとするのを思い浮かべると良いでしょう。汗の水分が液体から水蒸気になるときに体温を奪っているのだ)を利用して高熱に耐えていたのです。しかし、それでは再利用が難しいというので、高熱に耐えうる素材としてタイルを選んだのでした。余談ですが、ロシアのとある軍需系企業はタイルのような脆い素材ではなく、再利用可能な大気圏再突入カプセル用の素材を開発しています。ロシアの素材技術は未だに世界最高峰の水準にあるようです。

こういった数々の計画スタート時からの紆余曲折があったわけですが、そもそもスペースシャトルは当初の計画から、欠陥を抱えていたという説もあります。次回はその点について解説します。