東郷和彦の世界の見方第三回 ウクライナ和平の動向(その3)
ゼレンスキー外し
トランプ大統領による強いロシア批判のメッセージが世界をかけめぐると、これに対して即刻対応したのは、まずロシアだった。1月24日クレムリン報道で、プーチンは、パーヴェル・ザルービンというロシアテレビ界で著名なコメンテーターからモスクワ大学構内で取材を受け、短いがよくねられた発表を行った。
プーチン曰く「ロシアはアメリカ行政府とのコンタクトを断ったことはない。トランプ大統領とは常に実利的・実務的で信頼を基礎とする関係をつくってきた」「もしも彼が2020年の選挙の勝利を盗まれていなかったら、2022年のウクライナ危機はなかったかもしれない」「焦ることなく米露双方の関心事について今日の現実を基礎にして話し合う用意がある」最大限、トランプ政権との親和性を強調したものであり、「2020年の選挙の勝利を盗まれた」という表現などは、ギョッとするくらいトランプに親和的である。
一方、ゼレンスキー政権についての問題点が強調されている。プーチン曰く「キーエフ政権は交渉を禁止した(筆者注:22年10月4日ゼレンスキー、プーチンとの交渉を禁止)」「キーエフ政権には合法的な基礎が無く、従ってその政権とのいかなる合意も合法的基礎を欠くことになる(筆者注:戒厳令を理由に3月の大統領選を延期し任期5年をすぎても在任していることを問題視)」。 いわばこの「ゼレンスキー外し」ともいうべきプーチンからの批判の対象となったゼレンスキー政権は、現時点でどのような基本的対応を表明しているのか。
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第二回の投稿で私は、プーチンが大統領選直後の11月7日のバルダイ会議で万端の準備を整えた発信をし「ロシアの安全保障の確保は、交渉する余地のない絶対条件」と述べたことを記した。ゼレンスキーの方はこれより遅れて11月29日、イギリスのスカイニュースで「現在キーエフが統治している地域がNATOの傘下におかれることと引き換えに、22年の住民投票によってロシアに併合された地域は直に取り返さなくてよい、ただし、西側は、ウクライナがその領有権を主張することを認めるべし」という見解を述べた。
「戦争を終わらせる」ということを公約したアメリカの大統領が出てきた以上、それまでの基本主張であった「1991年の国境線までロシアを撃退するまで戦う」という立場ではだめだということを自認する現実的な立場表明だと思う。 しかし、ゼレンスキーは爾後、効果的な発信を続けていると言えるだろうか。
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1月5日ゼレンスキーはLex Fridmanというコメンテーターとの約1時間半のインタビューを行った。それまでニュース報道や国際会議での断片的な発言しか聞いたことのなかった私にとってこのインタビューは衝撃的だった。Fridmanというウクライナとロシア双方の血筋を持つ若きコメンテーターから、「プーチンはロシアの愛国者で、国益のために話し合おうとしている」と問われると「彼は全く愛国者ではない『抑圧者』だ」等の激烈な言葉で罵倒、Fridmanから「交渉相手を完全に狂っていると思うなら、合意は難しい」とやんわりと言われても、その批判の意味も理解できない風情であった。こちらのリンクから、是非皆様も、これから世界が更に直面することになるゼレンスキーという人間を御自分の目と耳で見て頂けたらと思う。
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トランプの大統領就任直後の1月21日、ゼレンスキーはダボス会議で講演を行い、その後記者団に、自国の安全保障を担保する策として、「最低限20万の欧州平和維持軍」を必要とすると語った(1月23日日経朝刊)。トランプに対してはプーチン絶対悪という彼の信条を語り、それでも彼を説得できないのであれば、ウクライナ防衛の負荷は欧州有志国(英仏ポーランド等)に求めることでトランプとの距離を離さずにおこうという、解りやすい要求に見える。しかし、プーチンを絶対悪としか見れないゼレンスキーは、「トランプ和平」についていけるのだろうか。
そういうゼレンスキーの限界を、最近もっとも鋭く見破り警報を発したのがクリーロ・ブダノフ国防省情報局長(2020年8月より)である。1月27日付けの「ウクラインスカ・プラウダ」紙は、ブダノフがウクライナ最高議会(ラーダ)の秘密会議で「戦況の実状」について質問され「夏までに真剣な交渉が始まらなければウクライナの存亡を危くするような深刻な事態がおきうる」と述べたと報じたのである。筆者は、ブダノフの立場が機微な情報に触れうるだけに、このリークには看過できない重要なシグナルがあると感じている。
更に、ゼレンスキーの戦争指導力について直截な疑問を提起したのが、1月29日のヴィタリー・クリチコ・キーエフ市長の発言である(1月31日付けニューヨーク・タイムズ)。キーエフ市長は、ゼレンスキーが、戒厳令下で大統領権力を濫用し、2022年以降ウクライナ全土にわたって、戒厳令施行に名を借りた権力の濫用を行ってきたという手厳しい批判を行ったのである。
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このような事態を背景に、2月1日付けのロイターは、トランプ政権のウクライナ担当のキース・ケロッグが「ウクライナ大統領選挙は近く行われるべきだ」と述べたという興味深い記事を報じた。ケロッグ曰く「大部分の民主主義国は戦時中も選挙をやっている。私はそうするのが良いと思う。これは民主主義のためによいことである。選挙のために1人の人以上の人間が立候補するのが堅実な民主主義の美しさである」。
これは興味深い報道である。本稿冒頭であたかもゼレンスキー外しのような対応をプーチンがしたということを述べた。それをやめさせるには、ゼレンスキーが「やることはやってもらわねばならぬ」というトランプ側の意向をこのロイター電は伝えているように見える。
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更にこのロイター電には、トランプもケロッグも今後数か月で戦争を終わらせるための策をねっているという興味深い報道がある。これこそ、1月26日ウクライナのSTRANA.UAに掲載された「トランプ政権の100日計画」という報道と完全に軌を一にしている。
STRANA.UAを源点とする報道は、少なくとも英語メディアの中でこの数日間渦を巻いていた。共通するのは、①トランプ周辺からでており、②日程・接触等のロードマップがあり、③5月の冒頭には戦争を一つの終結点に持ち込むが、④達成するものが正確に何かまでは示されてはいないことである。
にもかかわらず、「メドゥーザ」「トルコ系のHurriet紙(Abdulkadir Selvi寄稿)」「米国におけるAntiwar.com(Dave Decamp寄稿)」などがしのぎを削って報道している。その中で、例えば「メドゥーザ」が、ゼレンスキーの最側近のイエルマーク氏による「100日計画は現実には存在しない」と言った慎重コメントも報じていることが興味深い。
次回は、余裕があれば、筆者なりの「100日計画」について述べてみたい。