東郷和彦の世界の見方第四回 ウクライナ和平の動向(その4)

▼バックナンバー 一覧 2025 年 2 月 9 日 東郷 和彦

東郷版「100日計画」の骨子

筆者なりの「100日計画」を考える前に、プーチン、トランプ、ゼレンスキーの動きを考えるために、もう一回考えておきたい、諸問題がある。
まずプーチンの意見について、2024年2月6日に収録公開された米国タッカー・カールソンとのインタビューがある。このタッカーインタビュー程、プーチンの人となり及び考え方を英語で伝えたものは無いと思う。

ここで述べられていることのほとんどは、ウクライナ戦争について彼が各所で述べたことの再現ではあるが、今回再見して圧倒的な印象をもった(以下)

プーチン曰く「我々は(2022年3月から4月)イスタンブールで交渉し殆ど合意に達した。ウクライナ交渉団長だったアラハミア氏は、我々は合意文書に署名する用意があったが、ジョンソン英国首相が来て『ロシアと戦い続けた方がよい』と言い、戦争で失ったものをすべて供給すると述べ、結局合意に至らなかった。今ウクライナ議会ラーダで政権党の代表をしているアラハミア氏は、「イギリスの介入が無ければ我々は一年半前に戦争を終えることが出来た」と述べた。問題は、彼ら(ウクライナ・米・英)がこの立場にもどれるのか否か、戻りたいと思っているか否かなのである」。(筆者注:クリミアについては現状変更なしの15年の話し合い、ドンバスについてもこれに習った措置が提案されたと報道されてきた)。

更に戦況が一段と激化しロシアに有利な状況が加速した2024年6月14日、プーチンはロシア外務省幹部を集めた講演で、戦争に対する過去の経緯を一層詳細に語り、上記合意文書の標題が「ウクライナの永世中立と安全保障協定」であり、ウクライナはNATOに加盟しないがNATO加盟とあまり変わらない安全保障上の保証を受けることになっていたと述べている。同時にその後の状況の劇的変化により「ドネツク・ルハンスクに加え、ザポロジエ・ヘルソン住民が国民投票によりロシア連邦の一部になった。従って、我々の国家的一体性を損なういかなる話合いの余地も永久に閉ざされた」と発言、この発言が爾後「ロシアの不可逆の交渉条件」ととられ、ロシアが要求することの敷居の高さを印象付けることとなった。

更にこの講演でプーチンが「我々が求めているのは、単なる紛争の凍結ではなく、この紛争の最終的解決である」ことを強調していることも、ロシア側の敷居の高さを印象づけていると思う。

今後トランプが行う仲裁活動では、ロシアとウクライナの死傷者数とこれまでのアメリカからの武器援助の正確な数が問題となりうる。

死傷者数について「ロシア100万、ウクライナ70万」という数字に筆者も問題を感じ、第二回めの投稿で、ロシア及びウクライナ死傷者の数をそれぞれ紹介した。その後米国の研究者内から、鋭い反応が続いた。1月23日、元米国国防省次官のStephen Bryen氏は、ロシアの死傷者について、専門家の間では最も権威がある由のMediazonaというロシア内の反プーチンの統計事務所の数字を引用・紹介した。

筆者が連載第二回に紹介したウクライナ政府発表の数字では、ロシア側死者19万8000名、傷者55万。同時期についてのMediazonaの数字では、ロシア側死者8万8726名、推定傷者27万となっており、大幅縮小である。

ウクライナ政府発表のウクライナ側の死者は4万3000、傷者37万であり、ウクライナ・ロシア間の数値は大きく接近してきている。

もう一つ、今まで紹介してきていないアメリカの対ウクライナ軍事支援の額の問題がある。ネットでアメリカ国防省のホームページを検索すると、2025年1月20日付けで、22年2月24日から25年1月20日迄の軍事支援として、659億ドル($65.9billion)という数字が計上されている。この数字は過去に筆者が扱って来た数値と概ね平仄があっており、これからの事態の変動の一つの目安となると考えられる。

もう一つ議論の焦点として、特別軍事作戦開始後のロシア経済の強さ如何という問題がある。この点については、研究者の間で見解が分かれており、まもなく崩壊の危機にあるとの論調も見られる。筆者はいくつかの経済分析と最近ロシアを旅行した人たちからの情報に基づき、ロシアはむしろ、自給自足的体力をつけ、経済体質を強化しているように認識しているが、この点は他日に稿を改めたい。

さて、ここから、第三回の投稿末尾で、「筆者としての『100日計画』を述べて見たい」と記した点に入りたい。

トランプが、ウクライナ及びロシアへの仲介者として和平を実現するには、次の課題を実現しなければならない。和平実現の暁には、ウクライナ及びロシア双方の安全保障を実現しなければいけないということである。

ウクライナの安全保障とは、二度とロシアから攻められない条件を整えることである。ゼレンスキーが言い続けてきたことを聞けば、彼がそのように要求することは理解できよう。

だがここに、ロシアの安全保障という課題がある。それはロシアが、二度とウクライナから、というよりも、米英NATOの代理戦争を実行するウクライナから、ロシアが自らの存亡の危機と感ずるような挑発を受けない条件を整えるということである。

ロシアがこのウクライナ戦争を、歴史上何回も繰り返されてきた国境の西側からの諸国の連合体による侵略と見ていることは、その見方に賛成するか否かは別として、和平実現のためには、心得ておかねばならないと思う。

そのような二つの課題を実現するためには、何はともあれ入り口論としては現状で停戦し、交渉・話し合いを始め、合意の方向性を見出し、合意ができたらそれを条約化し、和平を不可逆的にする新しい軍事力による平和の保証までつくりあげねばならない。そのようなことができるのか。

筆者は、今の時点で、そのようなことは不可能だと言い切るのは早計だと思う。なぜか。先例があるからである。それは、本稿冒頭で述べた2022年3月から4月にかけて、ロシアとウクライナとの間で殆ど最終合意に達した「イスタンブール合意」に帰ることである。

この合意で殆ど合意された「ウクライナの永世中立と安全保障協定」では、ウクライナはNATO非加盟と中立を約束し、不可逆的平和の保障として、大国による安全保障を求め、しかも、そこでは、ロシアの参加が排除されていなかったのである。

実に不思議な事ではあるが、そのような、大国(ロシアを含む)による軍事力の展開による組織がウクライナの中にできれば、これはウクライナから見ればロシアの行動の抑止に、ロシアから見ればウクライナの行動の抑止となるのではないかと思う。

国境線の画定と右を基礎とする係争地の処理についても、同じくイスタンブール合意で殆ど合意しかかった、クリミア・ドンバス方式、即ち何処かをもって「境界線」とし、実効支配をする側を決め、他方の国が交渉を提起する権利を妨げないという方式で凍結を見ることはできるはずである。

以上のフォーミュラがものすごく薄弱な基礎の上に成り立っていることは言うまでもない。しかしなにはともあれ、その方向で交渉の入り口に立つことこそ、重要なのではないだろうか。