東郷和彦の世界の見方第二十二回 ウクライナ和平の動向(その22)
トランプの中立調停に変化はあるのか? そして高市新政権の姿勢は?
「魚の目」前号第21号(10月21日付け)は、ロシアとアメリカがブダペストで二回目の対面首脳会談を実現する合意ができた時点(10月17日)で実際上校了した。この首脳会談は両国の高官によって準備されると発表され、キーマンとしてロシアはラブロフ外相、アメリカ側はルビオ国務長官兼安全保障補佐官が明示された。筆者は、前号の「最終幕 とりあえずの現状分析」で、「会談の成否はある程度この高官会議の進捗にかかっている」と書き、ロシアから強い警告がでている「トマホーク」の供与がかかっているだけに、ブダペスト首脳会談が失敗に終わったなら、きわめて危険な事態が起きるかもしれないと書いた。
さて、残念ながら、高官協議が見事に失敗し、10月22日、ブダペスト米露首脳会談は宙にうき、更にアメリカが、ロシアの二つの銀行に直接の制裁をかけるというトランプ政権始まってから初の事態が発生してしまった。
トランプ2・0が成立してから繰り返される「ロシア寄り」と「ウクライナ寄り」の間のシーソー外交に、「調停の本質がわからなくなった」と思われる方も多いと思う。
筆者も「いい加減にしてほしい」と思わないではない。
ともあれ、その後2週間の間に発生した諸状況をひとまず整理しておきたい。
時間のないかたは、「最終幕 とりあえずの現状分析」なりともご覧いただければ、誠に幸甚である。
第一幕 10月22日トランプ大統領の方針変更
まず、トランプ大統領側から何時どのような情報が発出されたかである。
10月17日のゼレンスキーとの会談では、トランプ大統領が「和平合意を成立させるには、ウクライナがドンバス全体をロシアに譲渡する必要がある」と激しく迫ったという報道がワシントンポストで行われた。ファイナンシャルタイムズは「両首脳の会談が何度も怒鳴りあいとなり、トランプ氏が怒声をあげた」と報道した。(いずれも典拠は明らかではない)(日経電子版)。
10月20日の時点では、トランプは、「ウクライナがロシアに勝利するとは思わないが、勝利する可能性はまだある」「(以前ウクライナが勝つと言ったことについて問われて)勝つとは決して言っておらず、その可能性があるといっただけだ」「何が起こるかわからない。戦争とはとても不思議だ」と発言、総じてロシアに対して好意的な「ブタペスト会談含み」の発言がくりかえされていた(日経電子版)。
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ところが10月21日、米ホワイトハウス当局者は突然、トランプ大統領はプーチン大統領に「近い将来会う予定はない」と明らかにした。また「20日ルビオ国務長官はラブロフ外相と生産的な電話協議をしたので、追加の対面会談の必要はない」とも発言した。同日、トランプ大統領自身記者団に対し、「無駄な会談をしたくない。だから様子をみる。まだ結論を出していない」と話した(日経電子版)。
この時点では「まだ結論を出していない」といいつつも、アメリカの方針は明らかに変わったように思われる。何がきっかけになったのか。この点については、アメリカの国内報道が「ロシアの姿勢に変更ないとルビオ氏が判断した結果、トランプ氏は首脳会談を撤回した」「ルビオ氏は永年の対ロシア強硬派で、かつてプーチンを悪党と呼んでおり、同氏のアプローチはウイトコフ特使とは大違いだ」と述べていることが注目される(ブルームベルグ10月25日1:49JST)。
かくて10月22日、トランプ大統領は記者団に対し、「必要な進展が見込めないと判断した」と語った(日経電子版)。
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さて、10月22日にトランプ大統領は、ロシアに対する圧力をもう一歩強める措置にふみきった。米財務省は同日、ロシアの石油最大大手ロスネフチ、同国2位のルクオイルを経済制裁の対象に加えたと発表した。2社が株式の50%以上を所有する事業体もすべて対象になる。米国内の資産が凍結され、取引できなくなる。ベッセント財務長官は「今こそ殺戮をやめ、即時停戦を行うべき時が来た」と声明をだした。(日経電子版)。
ベッセント財務長官は、就任に際しての上院公聴会でのヒアリングの際「プーチンは犯罪者だと思うか」という質問に対し「そう思う」と答え、「その人と交渉するのか」と更に問われ「そういう相手でも交渉しなければいけないときはある」と答えたと記憶する。期せずしてルビオ及びベッセントという対ロシア強硬派(あるいは「ネオコン派」)の大物閣僚が対ロシアの二大重要案件(和平条件および制裁)の責任者となっていることが、現下のトランプの政策になんらかの影響を与えているのかもしれない。
第二幕 ロシア側の受け止め
第一部 ラブロフの反応
最も素早い反応を示したのはラブロフ外務大臣である。10月21日ラブロフは、モスクワでエチオピア外務大臣との会談の後の記者会見で、記者からウクライナ紛争に関するトランプの政策変更についての質問をうけ、滔々とロシアの基本的考え方を述べた。ロシア外務省のホームページに掲載されたリンク(英語)は以下のとおりであるが、全文熟読に値すると思う。
参考:ラブロフ外相記者会見
最重要点は次のとおりである。
▼昨日ルビオ国務長官と詳細な話し合いを行った。場所と時期はともかくとして、次回の米露首脳会談をどのように準備すべきかについて詳細な話し合いを行った。
▼しかるに本日CNN報道を見て驚いた。ブダペスト会合が延期されるかもしれず、その原因は昨日の私とルビオ長官との話し合いの結果、ロシア側は当初の最大限要求の立場をまったく崩していないことが解ったからだというのである。
▼ロシアはアラスカでトランプと合意したラインを全く動かしていないことを公式に明確化したい。それは昨日ルビオ長官にも言ったことであるが、戦争を終わらせることが必要でありそのための話し合いが必須だということである。
▼ しかし、今ワシントンから流れてきているのは、我々は即刻停戦し、そこで話し合いをやめ、あとは歴史にゆだねるということのようである。しかしそこで抗争をやめるということは、戦争の根本原因を解決しないということである。ウクライナの中立問題も、ロシア系ウクライナ人のアイデンティティと人権保護の問題も、何も解決せず様々な問題を後に残してしまう。
▼ アラスカ合意をしたにも関わらず、アメリカはそういう立場の転換乃至後退を言い出したようである。
▼(21日ペスコフ大統領報道官は「具体的な日程は決まっていない」と発言:日経電子版)
第二部 プーチンの反応
その次に10月23日にプーチン自身がクレムリンで記者団を集め、大変重要な発信をおこなった。
英語への同時翻訳がついた会見全文は以下のとおりである。
参考:プーチン記者会見
また、同じものを、英語への同時通訳をつけてユーチューブでアップしたものは以下のとおり。
参考:プーチン記者会見YouTube版
最重要点は以下のとおりである。
▼ブダペストでの交渉がアメリカ側から提案されたにもかかわらず、その延期が提案された。何を言えばよいのか。対話は衝突よりも好ましい。特に戦争よりも好ましい。私たちは常にそう主張してきた。
▼制裁については新しいことはなにもない。これは厳しいものではあるが、我々の経済状況を決定的に損なうものではない。これはロシアに圧力をかけるものであるが、自尊心がある国は圧力に屈して決めることはない。
▼政治的側面を言えば、これはロシアに対する非友好的措置であり、回復され始めたばかりの露米関係の助けにはならない。
▼ エネルギー的側面を言えば、最近になって国際エネルギー機関(IEA)は初めて、化石燃料への投資を勧奨した。今の時点では代替エネルギーの促進だけでは世界的需要においつかない。したがってロシア産の原油や石油製品の大幅な減少がおきれば、価格は上昇することになる。アメリカでもそれは例外ではない。肝心なことは、一定の損失がでても、ロシアのエネルギーシステムは安定していることに自信を持つことである。
▼ (最近ワシントンポスト及びウォールストリートジャーナルは、米国が長距離ミサイル供与への制限を緩和すると報道、ゼレンスキーは射程3000キロの長距離ミサイルの供与を受けると言ったと報ぜられたことに対し)これは戦争の拡大を企図するものである。もしもそのようなミサイルがロシアの領土に向けて使われれば、反応は深刻なものになる。彼らはそのことを考えてほしい。
第三幕 その後のロシア側反応四点
更に10月26日プーチン大統領は、統合作戦司令部を訪問し、「超長射程の原子力推進式巡航ミサイル『ブレべスニク』の発射実験を完了したと発表し、ゲラシモフ参謀総長に対し、配備に向けたインフラ整備を進めるように指示した(日経電子版)。
参考:ロシア大統領府ホームページ(英語同時翻訳あり)
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10月26日ドミトリエフ特使(投資・経済協力担当)は米国で以下の諸点を述べた(ロイター日本語版)。
▼ 自分はトランプ政権の代表者と協議を継続している。訪米中に米政権の代表者と3日めの交渉を行っている。
▼ ロシアに圧力をかけようとするいかなる試みも無意味だ。一部の勢力がロシアと米国の対話を妨害しようとしている。
▼ 米国側はすでに、「ブレベスニク」発射実験の成功に関する情報通達を受けた。
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また10月26日ラブロフ外相は、ハンガリーの「Ultrahangユーチューブ」に出演し英語で最近の諸問題に関する質問に答えた。
参考:Ultrahang YouTube ラブロフ外相質疑応答
10月27日その内容は、RTに掲載された。
参考:ラブロフ外相講演 RT掲載
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ついで10月29日、プーチンは、マンドリュック名称軍事傷病医院を訪問し、傷病兵と会食し「核兵器型の原子力魚雷ポセイドン」の開発に成功した旨を述べた。
参考:ロシア大統領府HP(英語翻訳あり)
クレムリン大統領ホーム・ページ。
参考:ロイター動画版(英文)
最終幕 とりあえずの現状分析
第一:トランプは、ロシアとウクライナの間でシーソーを繰り返しているが、その大きな流れは何だろうか? 私は以下の三点から、トランプの本音は依然として、この戦争を一刻も早く終わらせ、そのために自分は「価値」の立場を離れ「中立」の立場から調停をしようとしている点にあるのではないかと推察している。
▼ウクライナ和平の実現は、トランプにとっては簡単に放棄できない選挙公約であり、「ほかの紛争も終わらせる」と言っていることとも整合すること。
▼ 戦争を終わらせ、多面的米露協力を作り上げることはアメリカの国益に合うこと。
▼現下の「わけのわからないブレ」は、自分の個人的パワーを最大限にプレーアップしたいこと、周辺の補佐官からのアドバイスが、MAGA派(ウイトコフ特使、バンス副大統領)とネオコン派(ルビオ国務長官、ベッセント財務長官)で分かれているかもしれないこと等さまざまな要因があること。
第二:そうであっても、戦争終結のためにプーチンとゼレンスキーが何を要求しているかが様々に主張され、それが交渉でどう反映されてきたかについての理解が著しく困難な状況が起きてしまった。しかし、筆者から見ていると、ロシア側の主張は概ね一貫しておりぶれていない。
▼ 「根本原因の解決」:ウクライナの中立化(それを基礎とする制度の構築)及び在ウクライナのロシア系ウクライナ人のアイデンティティの保護
▼ それが最も明確にトランプによって認められたのはアラスカ会談であり、この会談の合意が交渉の出発点となる。これについてのトランプ提案の基礎は、その前に行われたプーチン・ウイトコフ会談である。
▼ この点を最近最もストレートに言ったのはロンドン在住のユーチューバーAlexander Mercouris氏であり、例えば、11月1日の発言では、「アラスカ会談ではトランプがプーチンに対し『イスタンブール・プラス』を提案し、プーチンはそれを了承した。ところがトランプは、ゼレンスキー及びその庇護者である欧州勢に対し、それとは違った説明乃至可能性をその後に発言している(筆者注:『イスタンブール・プラス』とは「2022年3月から4月にかけてイスタンブール交渉でほぼ同意されたことに、領土の所を戦争が長引いただけ若干変える」ということである)。
参考:メルクーリの発言(冒頭から)
第三:最後に、日本外交、新任間もない高市外交がこの問題に対してどうむきあったらよいかについての問題提起である。「中立調停」というトランプの基本政策は、少なくともバイデン時代の四年間作り上げてきた「プーチンは絶対悪・ウクライナ及びこれを支持する欧米は絶対善」という考え方とは明白に異なる。ただいま現在、トランプのプーチンに対する目つきには厳しいものがあるが、「中立調停」という政策が本当に変わったのか、慎重検討の要がある。少なくとも筆者は変えるべきではないと考えてきた。また、この戦争を一刻も早く終わらせるにはどうしたらよいかは、関係者が皆考えるべき重要課題ではないか。
10月24日英・仏両国が主催する『ウクライナに関する有志連合オンライン首脳会合』が行われ、高市総理もオンライン出席、発言もされた。外務省HPに掲載された発言の第一項には「ロシアによるウクライナ侵略は、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙であり、『ウクライナとともにある』との我が国の立場は不変である」とあった。
私はわが目を疑った。バイデン時代の四年間と全く同じであり、日本政府にとっては、トランプが登場してからの九か月間の努力は、全く何の意味ももっていなかったようである。
戦争の状況、ウクライナの内政等まだよく考えなくてはいけない問題がある。しかし、今回はここで筆を止めたい。







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