東郷和彦の世界の見方第二十五回 ウクライナ和平の動向(その25)

▼バックナンバー 一覧 NEW!2026 年 2 月 9 日 東郷 和彦

激変する国際情勢に大きく揺れるウクライナ和平交渉。

魚の目前号を1月6日に上梓してから、あっという間に一か月が経過した。この間国際情勢はすさまじい変化で動き、それが、本連載のウクライナ和平問題にも影響を与えることとなった。順番を追って何がこの一か月の間に起きたかをフォローしたい。

第一幕 1月6日からの動き

最初の動きは1月6日に起きた。
この日ウクライナ支援有志国はパリで、「安全の保証」に関する会議を開催、会議後に共同声明を発出した。
参考:共同声明

共同声明では、ロシアの再侵略抑止のために欧州などの多国籍部隊を陸海空で展開し、米国もこれを支援するとした。会議には英国やフランス、ドイツなど欧州を中心に30か国以上が参加した。部隊派遣に関しては欧州内温度差が目立つ。ウクライナのゼレンスキー大統領とフランスのマクロン大統領、英国のスターマー首相はこの日、部隊派遣に関する共同文書にも署名。ゼレンスキー氏は「有志国による具体的な文書は重要だ」と進捗を歓迎した(日経電子版)

注目されるのはこの会合に参加したアメリカ代表団の動きである。「米政府を代表して会合に出席したウィトコフ特使は、著しい進展があったと評価し『安全保障プロトコルの大部分は完成した』と述べた。米政府が支持したプロトコルは、将来のウクライナ攻撃を『抑止』し、同国を『防衛』するものになるという。」(Bloomberg)ウイトコフ特使は、2025年プーチン大統領と直接の意見交換ができる唯一のトランプ側近として度々クレムリンを訪れてきた人物であり、その彼が公開報道に「ウクライナの『安全保障プロトコルの大部分が完成した』と述べたことは、筆者を含め本件をフォローしている人々の注目を集めた。

当然のことながら、この合意発表に対してロシアがどう反応するかが次の鍵になる。しかし、ロシア側から伝えられた次の反応は、1月9日ロシア国防省による「8日夜から9日未明にかけて最新式中距離弾道ミサイル「オレシニク」による大規模攻撃をした」という発表だった。ロシア国防省はこの発表で、ウクライナ国内の無人機製造施設やエネルギーインフラを攻撃し、目標をすべて達成したと表明した。「ウクライナによる犯罪的なテロ行為は報復なしに済まされない」と述べ、「昨年12月29日ノヴォロゴドの大統領公邸にドローン91機を使って攻撃(前号参照)してきたことに対する報復である」と主張した(日経電子版)。ウクライナ側はすでに、ノヴォロゴド大統領府攻撃自体がロシア側によるでっち上げだと全面否定しており(第24号参照)、したがって「これに対する対抗措置」というロシア側の理屈を認めるはずもない。武力対立が一歩深まった次第である。

さてこの同じ1月6日、世界の報道は、トランプ政権の、グリーンランド領有に関する発言によって席巻されてしまった。
トランプ政権は元来第一期政権の時からグリーンランドの「購入」について関心を示していたが(経緯省略)、今回は1月6日レビット大統領報道官が、グリーンランドの領有に関し「米軍の活用は選択肢の一つ」と述べたことにより、世界の関心のオクターヴが跳ね上がった。1月3日の米国軍のベネズエラ武力侵攻の直後だけに、「武力行使は選択肢の一つ」という発言が一定の信ぴょう性をもってうけとめられたことは間違いがないと思う。
同日直に欧州七か国(デンマーク・英・独・仏・ポーランド・イタリア・スペイン)が「デンマークとグリーンランドに関する事項を決めるのはデンマークとグリーンランドのみだ」という共同声明を発表した(産経新聞1月7日夕刊)。

1月14日、デンマーク(ラスムセン外相)及びグリーンランド自治政府(マッツフェルト外相)の代表団が、ホワイトハウスで、バンス副大統領及びルビオ国務長官と会談。会談後、ラスムセン外相は、「領土の一体性を尊重しない考えは全く受け入れられず、根本的な見解の相違がある。米国の立場を変えることはできなかった。トランプ氏がグリーンランド征服を望んでいることは明確だ」と発言。マッツフェルト外相も「米国との協力は重要だが、米国に所有されたいわけではない」と述べた(産経新聞1月15日夕刊)。

1月18日、高まる緊張の中でトランプ大統領は追い打ちをかけた。
トランプTruth Social 1月18日 1:19AM グリーンランド問題
 アメリカのグリーンランド領有政策に対して最も敵対的とみなされる八か国(デンマーク・英・独・仏・ノルウェー・スウェーデン・オランダ・フィンランド)に対し、段階的にアップされる関税措置を付加する案を自身のSNSTruth Social に発表したのである。
参考:トランプ大統領SNS投稿

第二幕 1月21日トランプのダボス会議出席からの動き

当然のことながら、トランプ大統領の到着を待つダボス会議は非常な緊張につつまれることとなった。ウクライナ問題についての関心は、グリーンランド問題をめぐる緊張によって背景にかすむこととなった。
1月20日、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長が演説し、デンマークとグリーンランドとの「完全な連帯」を表明した。「彼らの主権や領土との一体性については交渉の余地はない」と強調した(日経電子版)。
まずはトランプ大統領の演説の全文である。
参考:トランプ大統領のダボス演説 1月21日 ホワイトハウスによる(11分ごろから)
参考:トランプ大統領のダボス演説 1月21日 CNBCによる(英語字幕あり)

この演説に関する注目点として諸報道が一致するのは以下の点である。
① 最大の眼目は、「武力を行使しない(I won’t use force)であり、欧州に限らず多くの国に強い安心感を与えた。
② しかしグリーンランドの所有自体については「グリーンランドの完全な領有以外は受け入れない」「この巨大な島は北アメリカの一部である。我々の領土である」「あなた方は拒否するかもしれないが、そのことを我々は覚えておく」「アメリカ以外のいかなる国もグリーンランドの安全を保障できない」(筆者演説より直訳)と述べた。
③ 他方、21日の演説の後、NATOのルッテ事務総長と会談し、グリーンランドの扱いに関する「将来的枠組みに」について合意できたので、追加関税を中止することで一致した(産経新聞1月22日夕刊)。

ここでようやくウクライナ問題に入ることができる。
▼まずダボス演説自体でのウクライナ問題についてのトランプの発言であるが、演説の一番最後の方で司会者から質問をうけて、以下をのべた。
・「この戦争はやめねばならない。数多くの若い人が殺されている。しかし簡単ではない」「ロシアとウクライナの間のすさまじい憎悪がある。これは正常ではない。」
・「ロシアもディールを求めている。ウクライナもディールを求めている。相当にディールに近ずいている。しかし、ロシアが合意できるというとウクライナができないという。ウクライナが合意できるというとロシアができないという。」
・「しかしドローン戦がありものすごい死傷者がでている。私は今日ゼレンスキー氏にあうが、ディールを成功させねばならない。双方ともやめたがっている。やめないなら愚かである。しかし双方とも愚かではない。この戦いはやめねばならない。」(筆者による意訳)。
▼ 1月22日、トランプ大統領とゼレンスキー大統領との会談がおこなわれた。議論の詳細は明らかになっていないが、トランプ氏は和平実現に「かなり近付いている」と話した。米国とウクライナの代表団もダボスで接触している。22日米国のウイットコフ特使は「大きな前進があった」「ウクライナ国内に関税が免除される自由貿易地域を設立し、経済復興につなげる考えを(ウクライナ側に)示した」と述べた(日経電子版)。
▼同じく1月22日、ゼレンスキー大統領は、ダヴォスで演説をした。

岩上安身氏は自身の非会員用ニュースレター2026年1月30日号で以下のように、ゼレンスキー演説における欧州批判の激しさを紹介している。演説についての筆者の読後感と一致する感想である。
『ゼレンスキー氏は最後の残った支援の砦である欧州諸国に対してブチ切れ!「欧州は自らを守る方法をまったくわかっていない。政治的意思が欠けている。内輪もめばかりで、美しくも断片化された小国の集まりであり、中国の万華鏡のままである。真の政治的勢力でも、大国でもない」と欧州を侮辱』

▼ ウクライナとアメリカとの対話が進む一方、ダヴォスでは、ロシアとアメリカの対話も進み始めた。
1月20日、アメリカ側よりウイットコフ特使・クッシュナー・トランプ大統領の娘婿対ロシア側よりドミトリエフ・ロシア大統領特別代表(ロシア直接投資基金総裁)間の会談が行われた。ロシア紙イズベスチヤによると、ドミトリエフ氏はウイットコフ氏との会談を評価し「ロシアの立場の正当性を理解する人が一段と増えている」と述べた。ウイトコフ氏も会談は有益だったとロシアメディアに語った。ロイター通信は会談が2時間にわたって行われたと報じた(日経電子版)。

▼ 1月23日ウイトコフ特使・クッシュナー氏は、クレムリンでプーチン大統領と会談。ロシア側からは、ウシャコフ大統領補佐官、ドミトリエフ特別代表が参加。会談は約4時間続いた(日経電子版)。会談内容については、ウシャコフ・大統領補佐官のクレムリンHPにおけるブリーフを紹介しておきたい。
参考:ウシャコフ大統領補佐官の会談ブリーフ
主要点は以下の通り(筆者の取捨選択による)
・会合は、ダヴォスにおけるトランプ・ゼレンスキー会談を含め昨年12月のフロリダにおける会合以降の諸会合の意味合いについて、露米間で正確に理解を共有し、これからの交渉のパラメーターを定めることを目的とした。
・その結果本日1月23日アブダビで安全保障問題に関する米・ロ・ウクライナの三カ国会合が開催されることになった。ロシアの代表団は参謀本部の情報総局長コスチコフ提督が団長となる。代表団はちょうど大統領からの訓令をうけたところであり、アンカレッジで合意されたフォーミュラに従って領土問題が解決されない限り長期的な解決は望めないことが明示された。
・アブダビでは米露二国間で経済問題協議を、ウイトコフ特別代表(アメリカ側)及びドミトリエフ特別代表(ロシア側)の間で行うことになった。

ダボス会議を離れる前に、1月22日、トランプ大統領主催で「平和評議会(Board of Peace)の設立式典が開催されたことに言及しないわけにはいかない。
▼本評議会は昨年11月には国連安全保障理事会決議で、米国が主導したガザ和平計画の一環として承認されていたものである。しかし、イスラエル・メディアが入手した憲章案によると、評議会の目的はガザへの言及がなく「より迅速で効果的な平和構築機関」として安保理に並ぶ紛争解決機関となることが目的とされているようである(産経1月22日及び23日)。
▼招待国は58か国との報道があり、筆者が別途検索したところでは、22日に創立国として参加したのは米国を除いて20か国(旧ソ連4・欧州4・中東6・アジア3・中米3)となっている。

▼ ロシア側の反応については、1月21日国家安全保障会議におけるプーチン大統領の発言がある。
参考:プーチン大統領発言
主要点は以下の通り(筆者選択)。アメリカの顔を立てつつ一定の距離をたもっているようである。
① 本件評議会に招待された。招待に感謝。
② ガザの処理については国連で行われている計画は重要であり、まずはそことの関係を外務省で検討させている。
③ ロシアの参加決定前に、2022年のウクライナ侵攻後にバイデン政権が凍結したロシア資産から10億ドルを拠出できる。
▼1月21日 ラブロフ・タス・インタビュー
参考:タス通信によるラブロフ氏インタビュー
なお、この時点におけるロシア外交の全般につきラブロフ外相がタスにインタビューを行った。ロシア外交の全貌を把握するのに有益である。以下のような興味深い指摘がある(筆者選択)。
・アメリカの安全保障にとってグリーンランドが重要であると同じくらいに、クリミアはロシアの安全保障にとって重要である。
・ロシアは、グリーンランドとアイスランドが相互支援条約を結ぶ理由がわからない。ロシアはグリーンランド問題に介入しない。観察者である。
・西側においてさえ、ロシア及び中国がグリーンランドに脅威を与えているとの見方は否定されている。アメリカはそのことをよくわかっている。

第三幕 米・露・ウクライナ三カ国高官会合

結局、交渉の次なる舞台は、1月23日クレムリンでのウイトコフ・プーチン会談の後に発表された米・露・ウクライナ三カ国高官会合に移ることとなった。
開催場所は、アラブ首長国連合(UAE)の首都アブダビ。参加者は、アメリカは、ドリスコル陸軍長官、ウイトコフ特使、大統領の娘婿クシュナー氏。ウクライナ側からは、ブダノフ大統領府長官、ウメロフ国家安全保障・国防会議書記。ロシアからは、参謀本部の情報総局長コスチコフ提督。
第一回会合は、6月23日から24日まで行われた。

▼ゼレンスキー氏は25日に「米国との合意文書の準備は100%完了している」と発言し、署名の場所と日付けを決める段階だと強調した。
▼しかし会議に参加した米高官は「合意の前に議論が必要な事項も残っている。具体的には領土問題だ」と述べた。
28日ルビオ国務長官も、上院外交委員会の公聴会で「我々の立場からすれば合意したと言えるだろう」と表明しつつも、「隔たりはあるが少なくとも、一つの中核的な問題にしぼりこむことができた」と述べた。難航するウクライナ東部ドンバス地方の領土問題を念頭に「依然として越えなければならない橋だ。非常に難しい問題になる。」と述べた(日経電子版)。
▼他方1月29日 ラブロフ外相は記者会見を開催し、以下を述べた。
参考:ラブロフ氏記者会見
「すでにペスコフ大統領報道官が述べたように、ロシア側は、交渉団内部で情報を秘匿して行っている交渉について、リークはしない。交渉内容につきそれがどういう意味を持つかということを一方的にリークするのは、交渉に対していい加減な態度をとり、品位を欠くというべきである。プーチン大統領は、交渉のロシアにとっての政治的枠組みを定めており、彼が言ったことは尊重されるべきである。安全の保証についていうならば、それはロシアとウクライナの双方について与えられねばならないということである。」と述べた。ラブロフらしい原則論の提示と受け止められる。
▼なお、1月26日、ゼレンスキー氏の1月25日付けの「米国との合意文書の準備は100%完了している」との発言に最も強い疑いを提起した一人として、Ben Aris 氏(ベルリン駐在のIntellinewsの記者)がいる。特に「安全保障のディールは、ロシア自身も求めている」という点を明確に述べている等参考になるコメントである。
参考:Ben Aris 氏コメント
▼ 第一回めの三カ国会議に関する記者の分析としては、更に、アンドリュー・コルイブコ氏(モスクワ駐在の米国人記者)分析が概ね的を得ているようである。時間のある方は参考にしていただきたい。
参考:アンドリュー・コルイブコ氏分析 1月30日

▼さて、三カ国は、二回目の協議を開催するために、それぞれの努力を傾けたようである。まず、1月31日、米国のウイットコフ特使は南部フロリダ州で、ロシアのドミトリエフ・大統領特別代表と会談し、ウクライナ和平について協議した。ウイットコフ氏はXに「生産的で建設的な会合だった」と述べた。米側からは、クシュナー氏のほかベセント財務長官らが参加した。
▼他方2月1日ゼレンスキー大統領は米国とロシアとの三カ国による高官協議を4~5日にアブダビで開催することで合意したと発表した。ゼレンスキー氏は「ウクライナは実質的な議論の準備ができている」と投稿した(以上日経電子版)。

▼さて英紙ファイナンシャル・タイムス(FT)は3日、ウクライナが求める「安全の保証」について、ウクライナと米欧の高官の間で合意が成立したと報じた。
・ロシアの停戦合意違反後、第一段階では24時間以内に外交的な警告を行い、ウクライナ軍が違反行為の停止措置をとる。
・戦闘が続く場合、第二段階として、欧州連合(EU)の有志国と英国、ノルウェー、アイスランド、トルコの部隊が介入する。
・72時間後、ロシアの武力攻撃がさらに拡大すれば、第三段階として米軍の支援を受けた欧州の部隊が軍事的対応を行う(産経新聞2月4日配信)。
▼しかしながら、仮にそのような合意が成立したとしても、これに対するロシアの同意がなければ「ウクライナ和平合意」は明らかに成立しない。2月2日にラブロフ外相は、47項目のロシア側の基本的立場を発表しており、とりわけ、「ウクライナに動員される外国軍隊及びその施設は受け入れられず、ロシアの安全保障を直接的に脅かす外国からの干渉とみなされる」(第1項)は、ウクライナに展開しうる外国軍に対する強い拒否感を示していて、明快である。
他方トランプ政権のウクライナ紛争に対するアプローチについては「最初から問題を解決するために多大な努力をしていることを高く評価する」「トランプ大統領は、モスクワとの交渉をするにあたり、無意味で破壊的な前提条件を付けることなく、かつ、公にその根本原因について発言する例外的な政権である」と高く評価している(第13項)。
参考:ラブロフ外相記者声明 2月2日

▼ 2月4日からの会合については、2月3日Ben Aris氏が再び筆を執って(ラジオ・モスクワのレポーターとして)記事を上梓。
① ドンバス帰属についての見通しが立たない以上全体合意は難しい。
② ウイトコフ特使は、ロシアのドミトリエフ特別代表とも話し合い、そこにはベッセン財務長官も出席する。財務省は米国が付加する制裁の主管官庁であり、ロシアに対する制裁解除について相談している可能性があるかもしれない。
③ トランプの要請によって大寒に襲われているウクライナ国民の窮状を救うためにロシアは、1月29日以降発電施設への攻撃を停止してきたが、4日間しか続かず、2月2日からは猛攻撃が始まってしまった等のコメントを書いている。
2月3日ベン・アリス「ロシアはエネルギー施設に対する停戦は4日しか続かず、ウクライナの発電施設に大攻撃が再開された」
参考:Ben Aris氏分析

▼アブダビ三カ国協議は、2月4日及び5日と開催された。参加者は、第一回協議と同じく、アメリカは、ドリスコル陸軍長官、ウイトコフ特使、大統領の娘婿クシュナー氏。ウクライナ側からは、ブダノフ大統領府長官、ウメロフ国家安全保障・国防会議書記。ロシアからは、参謀本部の情報総局長コスチコフ提督が参加した。
・5日ウイトコフ特使は、X(旧ツイッカー)に314人の捕虜交換で合意した旨を発表。「まだ多くの問題が残されているが、戦闘終結に向けて前進している。協議を継続し、今後数週間さらなる進展が期待できる」とした。
・ウクライナメディアによると、4日はおよそ5時間議論した。ウメロフ書記は、4日の協議終了後「(和平に向けた)具体的な措置と解決策に焦点を当て、有意義だった」と述べた。
・最大の焦点の領土の取り扱いや「安全の保証」では実質的な進展はなかったとみられる(以上末尾の評価を含めて「日経電子版」)。

▼2月4日プーチン大統領と習近平主席は、この時期に恒例となっているビデオ会議を行い、会議後、クレムリンホームページにウシャコフ大統領補佐官による会談内容に関するブリーフが掲載された。
参考:ウシャコフ大統領補佐官ブリーフ

ウクライナ問題及び対米関係にかかわる点を二点あげておきたい。
・もちろん両首脳は対米関係について意見を交換した。米国大統領が創設しようとしている「平和評議会」に対するアプローチに象徴されるように、中国とロシアの対米政策は実際上一致している。ロシアと中国は、国際法及び国連憲章の原則に基ずく平等で相互に裨益する協力を求めている。
・習近平主席は安全保障問題に関してアブダビで行われている三カ国会合を支持する。ロシア大統領は、ウクライナ紛争を平和的に解決するための最新の努力について習主席に説明した。

▼2月5日ラブロフ外務大臣は、RTテレビインタビューに出演。ロシア外交の全貌について話した。アメリカ人新聞記者Rick Sanchezに対する英語生出演で、録画および文書記録双方で聴取・講読できる。珍しい企画であり、時間に余裕あればごらんいただきたい。
参考:2月5日ラブロフ英語インタビュー録画及び文書記録

▼2月5日ウクライナ代表団を率いるウメロフ国家安全保障会議書記は5日の協議終了後に概要を公表した。次回の会合を数週間以内に再開することで合意した。ウクライナのゼレンスキー大統領は5日、次回の三カ国協議は、米国で開かれるとの見通しを示した。和平協議で焦点となるドンバス地方の扱いや、和平合意後の「安全の保証」についてウクライナ、ロシアの溝は埋まっていない(2月7日日経朝刊)

最終幕 現状及び展望

現状:先ず現状からみてみたい。
トランプ大統領のダヴォス会議出席から流れ出した二回のアブダビ米・露・ウクライナ高官会議は、この三カ国が常に一堂に会するというフォーマットの新鮮さから、かなりの注目を集めた。しかし、発表されてくる諸文書から判断する限り、ウクライナ戦争を終結に導くための合意が形成されているとは到底思えない。問題の根源には二つの要因、ロシア側の表現を使うなら「根本原因」がある。それぞれにおいて到底合意形成の事態が生まれてきたとは思えない。

第一の要因は、安全保障の問題である。ウクライナにとっての「安全が保証」されたとして2月3日のファイナンシャル・タイムズが大々的に報道した案がある。確かにもっともらしいことが列挙されている。しかしどうにも致命的なのは、ロシアの立場を少しでも考慮したロシアの「安全の保証」という視点がゼロだということである。ロシア側が常に原点として主張するアンカレッジ合意の記者会見でプーチンが自信をもって述べたのは「ロシアの安全の保証」という視点をトランプが明示的にみとめたということではなかったのか。ラブロフが直にガードを張るまでもなく、これでは、安全の保障の問題がほとんど進捗していないに等しいではないか。

第二の要因は、三カ国協議の中で、「ここだけは残っていて突破することは極めて難しい」とされている領土の問題である。とくに、この特別軍事作戦の開始の原因となったドネツク・ルハンスクに対する主張をロシアが簡単に譲歩するとは思えず、仮にそれに対する何らかの案があるにしても、それは全く表に出ていない。逆説的な言い方をすれば、関係者が抽象的な言い方で「極めて困難だが希望を捨てないで話し合っている」と言っていることの中に、何らかの展望が含まれているのかもしれない。

展望:そこで今後の展望を考えたい。今言いうることがあるとすれば、1月6日付けの前号で述べた基本趣旨「これだけ鳴り物入りで米・露・ウクライナの三者協議について報じている以上、交渉が壊れない方向で進んでいることを期待させる。しかし、トランプ政権成立以降の和平への努力が前進と後退を繰り返していることにかんがみれば、『和平に向かっての不可逆転を超えた』とまでの判断はできない」を繰り返すことである。
しかしその後の一か月間で最も劇的に変わったのはトランプ大統領の戦争と平和に対する対応ではないかと思う。昨年中まがりなりにも「ノーベル平和賞を希求する大統領」としてのイメージを追求し、年末の「国家安全保障戦略(NSS)」設定まではその立場に立っているかの印象を与えていたと思う。
ところが2026年が明けるとともに発生したのが、ベネズエラに対する強力な武力行使と、欧州に対し武力の行使を伴ってもグリーンランドの領有を主張するかもしれない恫喝である。トランプの本性が「ノーベル平和賞希求」なのかアメリカの利益のためには「武力を使う暴君」なのか、ここがわからなくなってしまった。それはウクライナ和平に対する彼のリーダーシップを弱めたと思う。
以上の脆弱化した全体展望への懸念を表明しつつ、今後の交渉の展望を考えるために参考になると考える点を、三点挙げて結びに変えたい。

第一に、1月23日 Philip Pilkington氏が American Conservative という雑誌に書いた
「グリーンランドはウクライナ戦争をやめない欧州に対するむち」という論考である。
参考:Philip Pilkington氏寄稿文
要するに、トランプが「グリーンランドを武力を行使してでもアメリカが領有する」という爆弾政策をうちだしたのは、過去一年の間何回となく話し合いの機会をつくってきたにもかかわらず、最終的にそれに応じず「ウクライナの安全保障とウクライナの正義」を振りかざすゼレンスキーを後生大事に守ってきたヨーロッパ指導部に対し「いい加減にしろ」という怒りをぶつけたがゆえではないかという分析である。
筆者にとっては非常に説得力のある分析であった。

第二に、興味深くもこれを真に受けてかあるいは別途の要因があってか、それなりに動いたのが、なんとマクロン大統領らしいのである。
2月3日、マクロン大統領の外交顧問エマニュエル・ボンヌ(Emmanuel Bonne)(2019年以来)がモスクワを訪れ、ウシャコフ大統領補佐官と会談した。マクロンは同日記者団に対し「この訪問は準備されたものであり、技術的なレベルでの話し合いがあった。これはウクライナとも協議されたものである。ヨーロッパが協議の独自のチャネルを持つことは重要である」と述べた(2月5日3;59AM GMT+9ロイター電)。

第三にトランプはトランプで、逆にプーチンに対する圧力をかけており、当面彼が使おうとしたのはインドだということである。
トランプ政権成立以来、インドとトランプ政権の間は相当にぎくしゃくした関係が続いていた。根本的には、2014年以来の長期政権を堅持するモディ政権に対し、対インド貿易赤字の是正を迫る激しいやり方にモディ政権が不快感を抱いたことがある。
ところが年も改まった2月2日トランプ大統領は、インドのモディ首相と電話会談を行い、インドがロシア産原油の購入を停止することで合意したとSNSや記者団に対して表明した。見返りとして米国はインド製品にかけていた50%の関税を18%に引き下げると発表されたのである。本当であれば、ロシアにとっての痛手になるはずである。
しかし事態はそう単純ではないようである。筆者が入手した情報では、モディ首相は、SNS(X)で関税の引き下げについて「14億人のインド国民を代表して感謝する」と述べたが、ロシア産原油の購入停止については一切触れていないようである。
アンドリュー・コルイブコ氏は「基本的には石油の取引は市場原理にもとずき、インドにおけるロシア産石油輸入の減少は、おそらくゆっくりしたペースでしか起きないだろう」と述べている。
参考:アンドリュー・コルイブコ氏コメント
とりあえずは、即効性のある措置というよりは、トランプのプーチンに対する警告として理解しておいた方がよさそうである。