フォーラム神保町第17回「宗教とメディア」

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開催日時:6月18日 (月) 18:30〜

勉強会レポート

★本来なら、自身が向き合わなければならない自分の人生や人格について、守護霊などを持ち出して分かりやすく整理し、説明してくれるスピリチュアルが人気だ。
★小学生が使う書き方練習帳のような「なぞる本」はミリオンセラーに。
★「脳を鍛える」という触れ込みの小学生レベルの計算ドリルも中高年に売れている。
★マイナスイオンなど、根拠が不確かながら科学っぽいモノに対する期待感が高い。
・・・・など、など。

 一見ばらばらに見えるこれらのハヤリモノに共通するのは、「根拠はともかく、白黒がはっきりして、深く考えなくても、分かりやすく結果が出るような気がするもの」と香山さんは分析する。現象の背景には、日本人(の脳)の劣化があると指摘し、「騙されていないか」と物事を疑うことをやめ、思考停止してしまった「劣化した」日本人だからこそ、ワンフレーズで分かりやすい小泉政権に飛びつき、盛り立ててしまったのではないかと警鐘を鳴らす。

 講演のテーマに掲げながら、香山さんは敢えて、メディアの責任に言及しなかったが、報じやすいものをテーマに選びがちなメディアというものが、日本人の”劣化”を助長させた—と言いたかったのかもしれない。
深みのない単純なメッセージを発し、勧善懲悪めいた舞台を仕立てることに長けた小泉政治は極めて報じやすく、メディアはこぞって取り上げた。そして、結果的に小泉政権を盛り立てることに”貢献”してしまったことは否定できない。

 その上、メディアには無理やりテーマを報じやすくしようと、鋳型にはめ込む性質もある。
「ニート」「フリーター」「引きこもり」「勝ち組」「負け組」といったような、個々に事情がある人たちまでをも乱暴にひと括りにして、次々にレッテルを張るやり方がそれだ・・と、自責の念に駆られながら思う。

 香山さんが言うように、人生や社会、科学などというものは、本当は複雑で、深く考えても解き明かすことができないかもしれないものだ。ところが、今、グレーゾーンやあいまいさを排除し、あらゆることを単純化して考えたがる風潮が蔓延しているとするなら、責任の一端はやはり我々にあるだろうか・・・。

(月刊「中央公論」編集部 中西恵子)