読み物最高検の検証結果を検証する

▼バックナンバー 一覧 2011 年 1 月 18 日 魚住 昭

 最高検が村木厚子・厚労省元局長の無罪事件についての内部検証報告書を昨年末に公表した。最高検の総力を挙げた検証結果だというから、特捜検察の病理に迫る内容を期待したのだが、読んでアホらしくなった。
 
 最高検の言い分はこうだ。大阪地検の大坪弘道・前特捜部長が前田恒彦・元主任検事に「これ(元局長逮捕)が君に与えられたミッションだからな」と強いプレッシャーをかけた。このため元主任検事は上司の意向に沿う成果を挙げなければならないと感じ、元局長逮捕を「最低限の使命」と考えてしまった。
 
 また大坪前部長は日ごろから部下が消極的な意見を言うのを好まず、自分の意向に沿わない検事に「特捜部から出て行ってもらう」などと理不尽な叱責を加えることがあったため、大阪特捜では前部長の方針に異を唱えるのが困難になっていた…。
 
 要するに最高検はただ「大坪が悪い」と言いたいのである。
 大坪元凶説は最高検が犯人隠避容疑で彼の取り調べを始めた昨年9月末に作った筋書きと何ら変わりない。大坪氏の言い分を無視して、ひたすら最高検を初めとする検察上層部の責任を免れようとしているだけだ。
 
 自分たちに都合のいいストーリーに沿った供述を集めて特定の人物を悪者に仕立て上げる。これは言わずと知れた特捜のお家芸だが、最高検も同じ手口で報告書をまとめたにすぎない。
 
 もしも彼らが真剣に内部検証していたら、大坪前部長の言動よりはるかに深刻な組織の病理に突き当っていたはずだ。
 
 村木事件で検察が組み立てた構図は、政治家の働きかけを受けた村木企画課長(当時)が部下の係長にニセの公的証明書を作らせたというものだった。
 しかし村木課長は証明書の最終決裁権者だったから、形式さえ整えればいくらでも本物の証明書を発行することができた。
 
 カネをくれると言っている人の家にわざわざ盗みに入る人間はいない。それと同様に本物を出せる条件がそろっているのに、わざわざ法を犯してニセの証明書を出す役人もいない。
 
 つまり事件の構図自体に矛盾があったのだ。村木氏逮捕の前に大阪特捜から上がってきた報告を精査していれば、大阪地検・高検や最高検の幹部らは当然それに気づいていただろう。
 
 村木事件で明白になったのは、一線検事から上層部に至るまで検察全体の思考能力が極端に劣化したことだ。
 
 ではなぜそんなことになったのか。理由はもう言うまでもない。デタラメな検事調書を作文し、脅しや利益誘導で署名押印させれば一丁上がりという特捜方式の捜査が常態化し、まともな思考力や想像力を持つ検事がいなくなったからである。
 
 私は先日、増井清彦・元大阪高検検事長(77歳)に会う機会に恵まれた。増井さんは23年前、東京地検次席検事だったころから「検察は目立たないところでコツコツと仕事をすべきで、特捜検事をヒーロー視するような風潮は危ない」と言っていた。当時の私は彼の真意を理解できなかったが、その後の事態は彼の予言通りになった。
 
 その増井さんに証拠改竄事件の感想を聞いたら「偶々起きたのではなく、問題の根はもっと深い」と言い、検事の能力低下について次のように語った。
「若い検事に相手の立場になってみる想像力がない。彼らは携帯なら話せるが、面と向かって人と話せないから本当の調べができない。決裁官(上司)もチェックせず、大物ぶって捜査を任せっぱなしにする。彼らも部下の叱り方が分からないんですよ。実際、調べは密室で行われるから決裁官の目が届かないという事情もありますけどね」
 
 ならば取り調べの全過程を可視化すればい。一部可視化では脅しや誘導による調書のでっち上げは防げない。国会で全面可視化法案を通すことが、幼稚化した検察の建て直しに不可欠と私は思うが、読者の皆さんはどうお考えだろうか。(了)

(編集者注・これは週刊現代「ジャーナリストの目」の再録です)