日本伝統音楽論行脚魚の目版「笑う親鸞」 

▼バックナンバー 一覧 2009 年 4 月 16 日 伊東 乾

「正信偈さま」による礼拝に続いて、講師による説教が始まる。正覚寺は本願寺派、お西の寺院だが、講師の佐々木伸麿さんはお東の坊さんだ。どうしてこうなるかというと、正覚寺の「ぼんもりさん」つまり奥さんと佐々木さんとがいとこ同士に当たるからなのだ。もう45年来、正覚寺の報恩講に出続けている。
 初めて見る佐々木さんは、髪の毛こそ真っ白だが、背筋のすっくと伸びた若々しいお坊さんと思った。身振り手振りもてきぱきとして、立っただけで、すがすがしい感じがする。
ホワイトボードが運び込まれてくる。どうやら文字を書きながら進める「黒板説教」の形らしい。戦後になって一般化した方法だ。「ししゅのねんぶつ」などといっても文字が分からないとピンと来ない。「四趣」と書いたほうが話が早い。明治以前は識字率も低く、お説教もむしろ落語や講談に近い因縁話をしたようだが、戦後は仏教学的にきちんと裏の取れた話をするように、方針が変化してきたという。
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 お説教は親鸞聖人29歳での法然上人との出会いから話が始まった。続いて35歳での流罪、いわゆる「承元の法難」のくだりになる。

「で、ご開山さまは越後の国の国府に流される、いまで言う直江津ですわな、ここで僧侶でもない、俗人でもない、『非僧非俗』の生活を始められたわけだわね」

 名手の説教の特徴は、突然はなしが飛ぶところにある。聞き手に実感の沸きやすい具体例が出てくるところだ。

「・・・で、その坊さんが聞き分けのない孫を連れてタクシーに乗っ取った。するとタクシーの運転手さんが『お務めですか?』と聞いてきたというんだが、こういうところで『いや、お寺の坊さんで』なんて言うと、話が面倒になるので(場内笑)、だいたい世の中はお寺とか坊さんというとエラく儲けとると誤解しておるからね(笑)・・・ああとかうんとか適当に答えたら、今度は『景気はどうですか』と聞いてきたっちゅうんだね・・・まあ、おれら坊さんには景気の良い悪いはあんまり関係はないわな、景気が良くなってもお布施がわっと増える、なんてこともないし(笑)、少しばかり景気が悪くなっても、いきなりお布施が減る、ちゅうこともないし(笑)。で、その場はむにゃむにゃ言って誤魔化したら、タクシーを降りるなり、孫が真っ赤な顔して泣いて怒ってる。どうした、と聞いたら
『お爺ちゃん、ケーキはどうですか、って聞かれたのに答えなかったから、ケーキ貰えなかったじゃないかって』(大笑)・・・」

「同聴異聞」という話をするのに、「景気」という言葉を孫がお菓子の「ケーキ」と聞き間違えた、という例を出して説明したものだ。

 こうして文字にしてしまうと、その場の空気は伝わらないが、満堂の聴き手は実によく笑った・・・いや、笑わされた。緩急自在の佐々木さんの説教の底力を見るようだった。

 実際に話しているのは、こんな内容なのだ。晩年の親鸞聖人が京都に戻ったあと、関東で教えに混乱が生じた。宗門内での意見対立、日蓮宗などからの攻撃、同じ教えを聞いている筈なのに解釈が分かれる。

 ここから、涙なくしては聞けない「長男・善鸞の義絶」そして「親鸞は弟子一人持たず候」といった、よく知られた話題につながってゆくのが、オーソドックスな「同聴異聞」の筋立てだ。
 だが、身近な喩えや笑いで座が沸き立つほうが、聴き手も食いついてくるし、話もテンポ良く進む。学生時代、先生の講義はちっとも面白くなかったけれど、脱線して話してくれた余談だけは良く覚えていたりする、あれと同じことだろう。笑いながら聞いたことほど、良く覚えているのだ。
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 仮に詰まらない話でも、ニコニコと楽しそうに話されると、つい聞き手は引き込まれて耳を傾けるようになる。佐々木さんは「ケーキ」みたいな具合で、多くが漢字四文字で書かれるような仏法の話をおもしろ可笑しく喩えてゆく。
「・・・と、ではここらでちょっと休憩を」といったん庫裏に下がったとき、時計を見るとお説教は1時間半以上も続いていた。あっと言う間のように思えた。

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