読み物「陸山会事件」判決 記者生命をかけても私が言いたいこと
石川知裕著『悪党―小沢一郎に仕えて』(朝日新聞出版刊)が売れている。発売直後で9刷5万部だからベストセラーだ。
誰も知らなかった小沢一郎の実像が絶妙の距離感で描かれているから売れるのも当然だろう。数多の小沢本(大抵はヨイショ本か、暴露本だ)が皆駄作に思えてしまうほど良質な作品だ。
石川さんは陸山会事件で政治資金規正法違反の罪に問われている。この原稿が読者の目に触れるころには東京地裁の判決が言い渡されているだろう。(筆者注・この原稿は判決数日前に書きました)
判決内容がどうあれ、私は陸山会事件の取材者として伝えておきたい事実がある。この事件は「小沢潰し」のため仕組まれたものだ。断罪されるべきは検察の不当で低劣な捜査だ。
私 がそう言い切る理由は以下の通りだ。もともと陸山会事件の本丸は水谷建設のヤミ献金だった。04年10月、岩手・胆沢ダム下請け工事受注の謝礼として水谷建設が小沢側に5千万円を渡したという疑惑である。
特捜部の調べに水谷建設の元社長は「六本木の全日空ホテルのロビーで石川秘書(当時)に5千万円入りの紙袋を渡した」と供述した。これが事実なら悪質犯罪だ。小沢本人も逮捕できると特捜部は色めき立った。
だが、このヤミ献金容疑は証拠が希薄すぎた。まず、元社長の供述を裏付ける現金授受の目撃者がいなかった。当日、元社長を全日空ホテルに運んだという水谷建設の運転手の供述も曖昧だった。さらには石川さんが受け取ったはずの5千万円の行方も特定できなかった。
1 8年前のゼネコン汚職で特捜部は自民党の梶山静六・元幹事長を逮捕しようとしたことがある。ゼネコン幹部が「1千万円を渡した」と供述したからだ。だが強制捜査は直前になって中止された。ゼネコン幹部がそのカネを自分の懐に入れていたことが判明したためだ。この例でわかるように業者の供述を裏付ける証拠もなしに現職代議士の石川さんを逮捕できなかった。
となると残る手段は別件逮捕しかない。そこで浮上したのが不動産購入をめぐる政治資金収支報告書の“虚偽記載”だ。ヤミ献金に比べるとカスみたいな「形式犯」だが、購入時期のズレや、小沢氏個人からの借入金の不記載といった外形的事実の立証は容易だった。これを入り口に石川さんらを逮捕し、ヤミ献金受領を自白させて小沢氏の 逮捕に漕ぎ着ける―それが特捜部の描いたシナリオだった。
しかし石川さんは昨年1月15日に逮捕されてからヤミ献金受け取りを否認し続けた。
彼の獄中日記には「アリバイを証明して断固戦う」(1月20日)「副部長から水谷についても立証できると言われた。本当にとんでもないことだ。検察は事件を作るといわれているが、本当だ」(1月27日)「副部長は小沢事務所が何千万円もゼネコンからもらったと思い込んでいる。何を言っても無理だ」(2月1日)と調べの模様が克明に記されている。
結局石川さんの「自白」を得られず、特捜部は本丸のヤミ献金立件と小沢氏の起訴を断念せざるを得なかった。戦後検察史でも例のない大失態だった。
そのうえ裁判では水谷建設が胆沢ダムの下請けでメリットのあるスポンサー(幹事社)をとるのに失敗していて、小沢事務所に謝礼を払う理由がなかったことが分かった。水谷建設の元会長も「裏金を渡すとき必ず『見届人』を同席させて相手方への現金交付を確認させるのがウチのルールだが、それをしていないのが解せない」と元社長の私的流用を示唆した。
私の記者生命をかけて言うが、石川さんは嘘をついていない。5千万円のヤミ献金は検察が作り上げた幻だ。たとえ判決が有罪でも石川さんには政治家を続けてほしい。泥にまみれても不条理と闘い続ければ、共感の輪は大きく広がっていく。真実より強いものはないということがきっと証明されるはずだ。(了)
(筆者注・これは週刊現代「ジャーナリストの目」の再録です)