時系列で見る「ロシアの対ウクライナ戦争方針の転換」分析メモ 9月21日のプーチン大統領演説をめぐって。西側諸国との宣戦布告なき戦争が始まった。
2022年9月25日作成
9月7日、ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオ演説で、ハリコフ州のロシア軍占領地域に対し、ウクライナ軍が攻勢をかけ、その一部を奪還したと述べた。ロシア軍は後退を余儀なくされ、この後退を契機に、ロシアのウクライナ戦争に対する方針が、この1カ月で大きく変化した。ところが日本のメディアが扱う、情勢分析に役立つロシア側の情報は非常に少ない。
この間の推移を筆者が作成した資料によって時系列で示し、追跡しやすくする。
ロシア側の内在的論理を探るのに不可欠な公開情報に、筆者が旧知のロシア人政治学者と意見交換した内容もあわせて紹介する。
▼重要ポイント
ロシアのプーチン大統領は、ロシアと米国を中心とする西側連合との宣戦布告を伴わない戦争が始まったと認識している。この戦争はウクライナのゼレンスキーがロシアに対して降伏し、米国が二度とロシア国家解体という冒険をしない環境が保証されるまで続く。
▼事実関係
9月21日にロシアのプーチン大統領がテレビを通じて演説を行った。
9月21日にロシアのプーチン大統領がテレビを通じて国民への呼びかけ(演説)を行ったが、この演説はロシアの国家戦略の変更を意味する重要な意味を持っている。
主敵は、長年ロシア解体を進めてきた西側諸国。
まずウクライナ戦争に関して、プーチン氏は、主敵はウクライナではなく、同国を操る米国を中心とする西側連合であるという認識を明確にした。
プーチン大統領演説
ロシアの主権、安全保障、領土保全のために必要かつ緊急な措置について、自分たちの将来を決定する同胞の希望と意志を支持することについて、また、一部の西側エリートたちの攻撃的な政策について話します。西側エリートらはあらゆる手段を使って支配を維持しようとし、そのために、他の国や民族に彼らの意志を押し付け続け、偽りの価値を移植するために、あらゆる主権的独立的発展の拠点を妨害し封じ込めようと試みています。
この西側の目的は、わが国を弱体化させ、分裂させ、最終的には破壊することです。彼らはすでに、1991年にソ連を分割することができたので、今度はロシア自身が致命的に敵対する多数の地域と領域に分解する時が来たと直接的に言っているのです。
そして、彼らは長い間、そのような計画を練っていたのです。彼らはコーカサス地方の国際テロリスト集団を応援し、NATOの攻撃用インフラを国境近くまで押しつけてきました。彼らは完全なロシア恐怖症を武器とし、数十年にわたって意図的にロシアへの憎悪を醸成し、特にウクライナでは反ロシアの橋頭堡となるようにし、ウクライナ人を大砲の餌食に変えてわが国との戦争に追いやったことも含めてです。彼らは2014年にこの戦争を引き起こし、民間人に対して武力を行使し、クーデターの結果ウクライナに誕生した政府を承認しない人々に対して大量虐殺、封鎖、テロを行いました。
そして、現在のキエフ政権が実際にドンバス(佐藤註・ウクライナのドネツク州とルハンスク州)問題の平和的解決を公然と拒否し、さらに核兵器保有について表明した後、ドンバスに対する新たな大規模攻勢が避けられないことは、すでに過去2回起こったように、絶対に明らかでした。そして、それに続いて必然的にロシアのクリミアへの攻撃、つまりロシア(本土)への攻撃が続くことになります。
東西冷戦時代から西側連合はロシア(ソ連)の解体を戦略的に継続しており、1991年のソ連解体後はロシアの解体が標的になったとして、チェチェンの分離独立運動をその文脈で位置付けている。
さらにNATOの東方拡大も、ロシアを複数の民族国家(ネーション・ステイト)に分解する過程と位置付け、ウクライナをロシア解体の橋頭堡にしようとしているという認識を示している。被害妄想的な現状認識と言わざるを得ない。
演説の結語に近い部分ではこう述べる。
攻撃的な反ロシア政策において、西側はあらゆる一線を越えている。私たちは常に、私たちの国、私たちの国民に対する脅威を耳にしています。欧米の一部の無責任な政治家たちは、ウクライナに長距離攻撃兵器、つまりクリミアやロシアの他の地域への攻撃を可能にするシステムの納入を手配する計画について話しているだけではありません。
西側の兵器を使ったものも含め、こうしたテロ攻撃はすでにベルゴロド州クルスク州の国境集落で行われています。NATOは、最新のシステム、航空機、艦船、衛星、戦略的ドローンを使って、ロシア南部全域をリアルタイムで偵察しています。
ワシントン、ロンドン、ブリュッセルは、キエフに軍事行動をわが国の領土に移すよう直接働きかけています。既に彼らは、あらゆる手段を使ってロシアを戦場で敗北させなくてはならず、その後、政治、経済、文化、あらゆる種類の主権を奪い、わが国を完全に荒廃させなくてはならないと考えている事実を隠していない。
プーチン氏は、ロシアと米国を中心とする西側連合との宣戦布告を伴わない戦争が始まったと認識している。
特別軍事作戦、ウクライナ東部4州併合を正当化する理論。
(1)西側によるロシア解体計画が進行しているとの認識に立って、ロシアの先制的な「特別軍事作戦」をウクライナ領域で行ったことを正当化している。
その中で、先制的な軍事作戦を行うという判断は、絶対に必要であり、唯一可能なものでした。ドンバス全域の解放という主要目的は、変わっていません。
ルガンスク人民共和国では、すでにネオナチが実質的に完全に一掃されています。ドネツク人民共和国では戦闘が続いています。キエフの占領政権は8年間で、この地に深く階層化された長期の使用に耐えうる要塞を築き上げました。真正面から襲撃すれば、多くの死傷者が出ます。だから、わが部隊とドンバス共和国の部隊は、計画的かつ賢明に活動し、技術を使い、人員を節約して、ドネツクの土地を一歩ずつ解放し、町や村をネオナチから浄化し、キエフ政権が人質や人間の盾とした人々を助けています。
ドンバス地域におけるロシア軍の進軍が遅い理由について、将来ロシア国民になる住民の保護を優先しているからとの主張を展開している。これはロシアのマスメディアが繰り返し報じている内容でもある。
(2)ロシア軍とウクライナ軍が対峙する前線が1000キロメートルを超えることを明らかにした。
ドンバス防衛の主要任務の間、わが軍は、国防省と参謀本部の一般行動戦略に関する計画と決定に基づいて、ヘルソン州とザパロジエ州の十分大きな領域とその他のいくつかの地域をネオナチから解放しました。その結果、1000キロを超える長大な戦列の前線が形成されました。
ウクライナに投入されたロシア軍の兵員数は20~35万人程度と見られている。この規模の人員で1000キロメートルの前線を維持することは不可能だ。どこかに欠落箇所が生じる。ハリコフではそのような欠落箇所にウクライナが集中的攻撃を仕掛けた。
(3)ウクライナが外交交渉主体しての当事者能力を失ったとの認識を示している。
今日、私が最初に公に述べたいことは何でしょうか。イスタンブールでの交渉を含め、特別軍事作戦の初期にキエフの代表者たちは、われわれの提案に非常に積極的な反応を示しており、これらの提案は主にロシアの安全保障、われわれの利益に関わるものでした。しかし、平和的解決は西側諸国を満足させないことが明らかだったので、一定の妥協が成立した後、キエフに対して実際にすべての合意を破棄せよとの直接的の命令がなされたのです。
ウクライナには、さらに多くの武器が投入されました。キエフ政権は、外国人傭兵と民族主義者の新しい匪賊、NATOの基準で訓練された部隊、西側顧問の事実上の指揮下にある軍隊を配置しました。
プーチン大統領は、自らの実質的な交渉相手をウクライナのゼレンスキー大統領ではなく、NATOを含む西側連合を率いるバイデン米大統領と考えている。
(4)ハリコフ州におけるウクライナ軍の攻勢が、「ルガンスク人民共和国」「ドネツク人民共和国」とウクライナのザパロジエ州とヘルソン州をロシアに併合するきっかけになったとの見方を示している。
ネオナチから解放された地域、とりわけノボロシヤの歴史的領域に住む大多数の人々が、ネオナチ政権のくびきの下に置かれることを望んでいないことを、私たちが知っていることを強調します。ザパロジエ州、ヘルソン州、ルハンスク、ドネツクで、彼らはハリコフ地域の占領地区でネオナチが行った残虐行為を見てきたし、現在も見ています。バンデラ主義者やナチス懲罰隊の末裔らが人を殺し、拷問し、投獄し、決着をつけ、一般市民を虐殺し、拷問しているのです。
親ロシア武装勢力とロシア軍が実効支配している地域の民心を安定させることがロシアがこれら地域の併合を急ぐ理由なのだ。
(5)親ロシア派武装勢力とロシア軍の実効支配にある地域の人数が500万人であることを明らかにした。
敵対行為が始まる前、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国、ザパロジエ州、ヘルソン地方には750万人以上が住んでいました。その多くが難民となり、故郷を離れざるを得なくなりました。そして、残った人々――約500万人になります――は、ネオナチ過激派による絶え間ない大砲とロケット弾の攻撃にさらされています。病院や学校を標的にし、民間人に対するテロ行為を行っているのです。
ウクライナに駐留すると見られるロシア軍将兵の内、軍民政に従事するのは数万人程度と見られる。数万人で500万人の住民を統治できているという事実は、ロシア軍民政府が民心をつかんでいる証左である。
(6)プーチン大統領は、民族自決権に基づきロシアへの併合を正当化するとの姿勢を示している。
人々が意思を表明できるよう、国民投票の安全な実施条件の確保に全力を尽くすことを強調しなければなりません。そして、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国、ザポロジエ州、ヘルソン州の住民の大多数によってなされる彼らの将来についての決定を支持するつもりです。
なぜ部分的動員をせざるを得なくなったのか。
(1)部分的動員が必要となったのは、米国に率いられた西側連合との全面的対峙の故に、であるという認識を表明している。
今日、わが軍隊は、すでに述べたように、1000キロを超える軍事的に接触する前線で活動しており、ネオナチの組織だけでなく、実際には西側連合の全軍事機構と対峙しているのです。
このような状況において、私は次のような決定を下す必要があると考えています。それは、私たちが直面する脅威に十分対応できるものです。すなわち、祖国とその主権および領土の一体性を守り、わが国民と解放地域の人々の安全を確保するために、ロシア連邦で部分的動員を行うという国防省および参謀本部の提案を支持する必要があると考えています。
日本も西側連合の一員であるので、ロシアの対日姿勢は一層厳しくなると想定される。
(2)軍産複合体に資源や資金を傾斜的に投入していく姿勢を示している。
部分的動員に関する大統領令は、国家防衛命令を履行するための追加的な措置も規定していることを付言しておきます。軍産複合体の役員は、兵器や軍備の増産、追加生産能力の配備に直接責任を負います。また、防衛企業に対する物的、資源的、財政的支援に関するすべての問題は、政府によって速やかに解決されるべきです。
ウクライナ戦争が長期になるため「弾切れ」を起こさないようにすることにロシアが重点を置いていることが窺われる。
核兵器使用のレッドラインは?
ロシアの領土保全が脅かされたときには核兵器を使用する可能性があるとの方針を再度明確にした。
核の恫喝も絡んでいる。私は、西側諸国によって推進されている、核の破滅の脅威をもたらすザポロジエ原子力発電所への砲撃についてだけでなく、ロシアに対する大量破壊兵器――核兵器の使用の可能性と容認に関するNATO主要国の一部の高位代表の発言についても述べている。
ロシアについてそのような発言をする人たちに、私は、わが国もさまざまな破壊手段を持っており、その中にはNATO諸国のものよりも現代的なものがあることを想起してほしい。もしわが国の領土保全が脅かされるようなことがあれば、もちろんロシアとわが国民を守るために、あらゆる手段を駆使する。これは脅し(ブラフ)ではない。
ロシア国民は、わが祖国ロシアの領土保全、独立、自由は、あらゆる手段を使って確保されると確信している。そして、核兵器で私たちを脅迫しようとしている人たちは、風が自分たちの方向に吹くかもしれないことを知らなければならない。
この考えはロシアの軍事ドクトリンに明示されており、プーチン氏自身も過去に何度か言及している。プーチン氏が述べる「もしわが国の領土保全が脅かされるようなことがあれば」という条件については、さまざまな解釈が可能だ。この演説でも言及しているようにロシア領のベルゴロ土州やクルスク州にはウクライナ軍による攻撃がなされている。客観的に見ると「わが国の領土保全が脅かされるようなこと」が生じている。
しかし、ロシアが核兵器を使用する兆候はない。日本や欧米では、ロシア軍が劣勢になれば小型戦術核を使用する見方があるが、ロシアにとって核兵器使用のハードルはかなり高い。モスクワやサンクトペテルブルグが攻撃される、もしくは現時点でのロシア国境内にウクライナ軍が進攻し、国家体制が崩壊するような事態になるまでロシアは核兵器を使用しないと見た方がいいであろう。そもそも米国によって「管理された戦争」が続く限り、ウクライナの勝利はあり得ないので、ロシアが核使用について考慮する客観的状況は生じない。
この戦争はいつ終わるのか?
プーチン氏は、ロシアと米国を中心とする西側連合との宣戦布告を伴わない戦争が始まったと認識している。この戦争はウクライナのゼレンスキーがロシアに対して降伏し、米国が二度とロシア国家解体という冒険をしない環境が保証されるまで続く。