東郷和彦の世界の見方第五回 ウクライナ和平の動向(その5)

▼バックナンバー 一覧 2025 年 2 月 15 日 東郷 和彦

和平交渉人の条件

2025年2月12日、トランプ大統領は、ウクライナ問題について、ロシアとウクライナとの交渉を開始することを、自身のSNSであるTruth Social に発表した。少し長いが、歴史を画す発表なので全文を以下に紹介する。

「私はさきほどロシアのプーチン大統領と長時間にわたる非常に生産的な電話協議を終えたところだ。ウクライナや中東、エネルギー、人工知能(AI)、ドルの力、その他さまざまなテーマについて話し合った。

私たちは両国の偉大な歴史や、第二次世界大戦で共に成功裏に戦った事実を振り返った。戦争でロシアが数百万人を失い、同様に米国も非常に多くの人々を失ったことにも思いをはせた。私たちはそれぞれの国の強みについて語り、いつか共に協力することで得られる大きな利益について話し合った。

まず、私たちはロシアとウクライナの戦争で発生している数百万人の死者を食い止めたいとの認識で一致した。プーチン大統領は私の選挙キャンペーンの非常に力強いモットーである「コモンセンス(良識)」という言葉さえ使った。私たちはこの言葉を強く信じている。互いの国を訪問することを含め、緊密に協力していくことで合意した。

両国のチームが直に交渉を開始することでも合意した。まずはウクライナのゼレンスキー大統領に電話し、この会話内容について伝えることから始める。私はルビオ国務長官、ラトクリフ米中央情報局(CIA)長官、ウオルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)、ウイットコフ中東担当特使に交渉を主導するよう指示した。交渉は成功すると強く確信している。

私が大統領であれば起こらなかった戦争で数百万人が命を落とした。戦争が起こってしまったため、終わらせなければならない。これ以上命が失われるべきでない!プーチン大統領が電話協議に時間を割き、尽力してくれたことに感謝したい。(ロシア当局が拘束していた米国人)マーク・フォーゲル氏を昨日、解放してくれたことにも感謝したい。同氏は素晴らしい人であり、昨夜ホワイトハウスで個人的に彼と挨拶を交わした。

この努力が願わくば早期に、成功裏の結論につながると信じている。」(2月13日・日本経済新聞電子版)

 大変よくできたSNSだと筆者は思う。違和感を感じるものは何もないし、加えてゼレンスキー大統領とのやりとりについても、以下の発信がある。

「私は先ほどウクライナのゼレンスキー大統領と話をしたところだ。協議は非常にうまくいった。彼はプーチン大統領と同様に平和を望んでいる。私たちは戦争に関わるさまざまな事柄について話し合った。14日にミュンヘンで予定されている会合(安全保障会議)に関わるさまざま事柄について話し合った。この会合にはバンス副大統領とルビオ国務長官が代表団を率いる予定だ。ポジティヴな結果を期待している。大量かつ全くもって不必要な死と破壊をもたらしているこの馬鹿げた戦争を終わらせる時が来た。ロシアとウクライナの人々に神のご加護を!」(同上)

ロシア大統領府も直に反応した。これも極めて重要である。2月12日のモスクワ放送は、ペスコフ大統領補佐官が記者団に対し、以下の通り述べたことを報道した。

「会談はかなり長時間にわたりほぼ1時間半続いた。プーチン大統領は、紛争の根本的原因を除去する必要性に言及し、問題の長期的解決は平和的な交渉のみによって達成できることで、トランプ氏と意見が一致した。ロシア大統領はまた、両国が共同で活動する時期がやってきたという、米国国家元首のテーゼの一つを支持した。」(RP=東京)

さて、筆者は1月25日の連載の第二回で、予想に反してトランプ大統領が、「すぐに取引しないなら、高水準の関税、制裁を科す以外に選択肢はない」という恫喝的言辞を発信したことを述べた。2月12日の立場の変更は突然起きたのか。そうではない。いわば前座があったのである。

イギリス在住の分析家でユーチューバーの、Alexander Mercourisという人がいる。ウクライナ戦争では「悪なるプーチンによる許しがたい侵略」というテーマで西側世論をしきろうとした欧州勢の筆頭は、イギリスの政府・マスコミ・世論である。

しかし、Mercouris氏は、戦争の現場に関する知識と、ロシアの内在論理について聞くに値する認識を持つと観取され、ほぼ欠かさずに毎日1時間半のYouTube発信を行っている。
2月8日彼は、以下のような発信を行った。

「トランプ大統領は、2月7日(金)エアーフォース・ワンの機内から、米紙『ニューヨーク・ポスト』のインタビューに応じて『プーチンと会談した』と述べた。でも、何時、何処で会談し、何を話したかは明らかにしなかった。」

2月9日の本連載第4回が終わったばかりであり、筆者としては、ちょっとホッとしたところだったので、この発言を大変興味深く読んだ。

それでも、なぜこの時期に方針を転換したのか。米露ウクライナの間の地道な接触が効を奏したのかもしれない。しかし、私は、それに加えて、何かトランプの交渉リズムのようなものがあったのではないかと、いわば直感的に思った。そして複数の友人からとても興味深い話を聞いた。

「最近世界中で評判になっている映画がある。『Appendice』というトランプ生成の記録映画である。若きトランプが、ロイ・コーンという人から指導者三条件について教えられ、強い影響を受けたというのである。

 第一に、攻撃し、攻撃し、攻撃し続けること。
 第二に、絶対に、自らの非を認めないこと。
 第三に、どんなに劣勢に立っても、勝利を主張し、決して諦めないこと。

確かに、第二回に書いた、突然トランプがプーチンを罵倒し始めたことにピッタリ当てはまるではないか!拙宅のそばの映画館に行って見たいと思ったが、ウクライナ情勢の動きが早すぎるので、他日のネットフリックスに譲ることにして、今回は、お預けにした。

しかし、現実のトランプを見ると、攻撃から始まって最後まで勝を追求するのはその通りだとしても、どこかで、妥協の手をうつことはないのか。確証はないが、そういう思いでウクライナ交渉を見ている人はいないのか。

丁度その時、2月9日のMercouris氏のユーチューブで、実に興味深い指摘を聞いた。

「どうもトランプの交渉官ケロッグ氏の動きが芳しくないという見方がある。自分の案を強力に誰に対しても主張するのは当然なのであるが、その先に進めていない。

今必要なのは、自分の案をのませるための「交渉者negotiator」ではない。相手の言うことをよく聞いて全体をまとめるような「外交diplomacy」である。

それには「一見の客」ではだめである。双方が気心を知り、信頼感を持つような人、たとえば、元イスラエルのベネット首相のような人である。

これからのトランプ・チームにそのような柔軟性が生まれていくかが課題ではないか」

誠に我が意を得たような分析だった。しかも、ベネット氏は、すでに2022年のイスタンブール合意の際、ドイツのシュレーダー首相とともに、ゼレンスキー大統領に乞われてプーチンとの中継者として裏部隊を演じた人という記憶がある。

交渉はこれからが本番である。次号では、ウクライナ、その断固たる支持者の役割を主張し始めた欧州勢の動きをまとめてみたい。