東郷和彦の世界の見方第七回 ウクライナ和平の動向(その7)
トランプ イニシアティブ
過去一週間、問題をフォローしている者にとっては、たくさんの情報が乱舞しており、この間の動きの本質が見えにくくなっているのかもしれない。今回は、筆者の目に映ずる本質的な動きを整理してみたい。
まず最も重要な出来事は、2月18日、サウジアラビアの首都リヤドで行われた米露交渉である。ロシア側からは、ラブロフ外相、ウシャコフ大統領補佐官、アメリカ側からは、ルビオ国務長官、ウオルツ大統領補佐官、ウイットコフ中東担当特使が参加した。
(1)会談終了後ロシア外務省は以下の通り公式なプレスリリースを発表した。主要点以下のとおり(筆者訳)
両国関係の正常化のために双方が大使を任命し、次官レベルで、外交活動への拘束を除去するための協議を始める。
エネルギーを含む経済、宇宙等の協力を再開するための対話を開始する。
双方は、ウクライナ問題を解決するための約束(commitment)を再確認した。ロシア側は、根本原因(root causes)を除去することの重要性を強調し、永続的で堅固な平和を確保し、地域のすべての国の正当な利益が尊重されることを強調した。近く任命される特別代表によって共同作業が行われる。
双方は、その他の国際問題(省略)を議論するための討議を続ける。
第三項が我々の関心を最も引く合意であるが、ロシア側が内容面で譲歩したことを示唆することは何も書いていない。
(2)むしろラブロフ外相は、会談終了後記者会見をし、NATO諸国からのウクライナ防衛軍派遣の問題についての質問を受け、極めて明確にロシアが繰り返してきた立場を確認した(筆者訳)。
「プーチン大統領はNATOの拡大とウクライナのNATOへの吸引は、ロシアに対する直接の脅威であると述べてきた。NATO諸国からウクライナに、EUにせよ、別の国の名前にせよ、外国の旗の下で兵力が派遣されることは何も(実質を)変更しない。それは受け入れられない。」
最後にラブロフ外相は、「米ロ関係を打ち壊さないためには、まずは米ロ関係自体をつくりあげなければならない。私たちが今やっているのは正にそのことである」と述べた。
(3)プーチン大統領も、19日、サンクトペテルスブルグで記者団の質問に答え、「アメリカ側は、過去に起きたことについて如何なる偏見も非難もせずに交渉に臨んだ。このようなことは、これまでになかった。」「ウクライナ問題を含め、極めて難しい問題を解決するには、ロ米間の信頼の水準をあげねばならない。会談の目的はまさにそのことにあった」と述べている(筆者訳)。
出典:ロシア大統領府HP
(4) ルビオ国務長官、ウオルツ大統領補佐官もリヤドで会談後記者会見を開き、概ねロシア側が発表したことと軌を一にする発表を行った。筆者にとって印象的だったのは、「紛争が終わるためには、全員にとってその解決案が受諾可能でなければならないが、3年半以上にわたって米露間に話合いがなく、また、ロシアと紛争当事者の間でも話し合いがなかったので、今日の会合の目的は、この欠けていた(米露間の)意思疎通のラインを設定することにあった(ルビオ長官)」「これは常識である。双方を納得させるには、双方と話さねばならない。我々は絶対的に双方と話をしていく(ウオルツ補佐官)」等の発言である(筆者訳)。
出典:米国務省HP
*
ここで今週の最も大切な部分は終わる。しかし、その後にトランプ大統領がゼレンスキー大統領に真底激怒したという二幕目が起きた。
(1)筆者が先ず変調を感じたのは、米露会合がリヤドで終わったとほぼ同じころに、トランプ大統領が、フロリダ州のマール・ア・ラーゴの私邸で行った記者会見であり、この時、ゼレンスキー大統領を口を極めて批判した時である。この40分足らずの記者会見の最大のポイントは、ゼレンスキーが「自分が参加しない交渉を一切認めない」と言っていることに激しい怒りを爆発させたということのようだ。
「ゼレンスキーはこれまでウクライナ大統領職にいる間にこの戦争を早期に収束させ、何百万の人を死なせないで済んだ。その大きな機会を自ら活用できないでおいて、今、自分(トランプ)が、この恐ろしい殺戮を止めようとして交渉を始めているのに、今更自分(ゼレンスキー)を対ロシア交渉に入れてもらえないからと言って自分(トランプ)に対し怒りをぶつけるとは一体何事だ」というのがその論旨である。是非直接聞いていただきたい。
出典:トランプ大統領会見1 トランプ大統領会見2
(2)トランプ大統領はこれでは後世に自分の怒りが正確に残らないと思ってか、2月19日のSNSトゥルース・ソーシャルで、激しい表現を用いてゼレンスキー大統領を罵倒した(筆者訳)。
曰く「ゼレンスキーは中途半端な成功を収めた喜劇役者であり、勝つみこみが無く、始める必要のなかった戦争に突入しながら、アメリカと『トランプ』なしには決して戦争を終結できない。」
「ゼレンスキー自身我々が送った資金の半分が『なくなった』ことを認め、彼は、選挙を行うことを拒否し、選挙無しの独裁者であり、迅速に動かなければ国を失う。私はウクライナが好きだが、ゼレンスキーはひどい仕事をし、国は滅茶苦茶になり、何百万人が不必要に死んだ。」
(3)ゼレンスキー大統領は直に反撃した。19日に行われた記者会見で「トランプ大統領は、ロシアの偽情報にとらわれている」(日経電子版)と発言、両者の亀裂の深さは、当面修復の見通しの無い状況に入っている。
*
結論を述べる前に、三幕目について一言だけ言及しておきたい。
(1)欧州諸国は、右往左往して欧州とトランプとの距離が悪化しないように動いている。2月17日、マクロン大統領主催の主要国首脳会議。2月19日、北欧、東欧、カナダ等の首脳会議。2月19日EU27カ国の大使級会議が開催されている。近く、マクロン仏大統領(24日)、スターマー英首相(28日)がワシントン訪問予定(BBC22日)。しかし、これらの話し合いを通じて、欧州側が何を確保しようとしているか、また、できるかについては筆者の見る限り確たる情報はない。
(2)2月20日、ゼレンスキー大統領はキーウを訪問したケロッグ特使と懇談。会談後予定されていた共同記者会見は米側の要請でとりやめられた。ゼレンスキー大統領は、Xに「強力で効果的な投資・安全保障協定を結ぶ用意がある」と記したが、ウクライナのレア・アースなどの鉱物資源をアメリカに譲渡する案については、様々な報道が錯綜している儘である(日経電子版2月21日)。いずれも情報の確度においても、何よりも和平交渉の根本問題である、ウクライナとロシアの安全保障との関係について不明確な点が多すぎるので、今回これ以上フォローすることはしない。
*
さて結論に行く前に大変興味深いネット記事を発見した。Ben Arisというジャーナリスト(93年から2003年までモスクワ在住、その後ベルリンでBusiness New Europe(BNU)の創始者)が2月21日付けで発表し「モスクワラジオ」で流された『平和維持部隊と鉱物の取引』という記事である。是非お読みいただければと思う。
彼はまず、「鉱物取引」も「平和維持部隊」もウクライナとロシア双方の合意をとることは難しいことを論証する。
ついで20日にルビオ国務長官が行った長文のインタビューを引用しつつ、交渉が実質に到達する所にいたれば、ブラッセル(EU)及びキーウが参加する、その際に検討されるべき最も練られた案として、以下が提案されている。
①NATOに関する冷戦思考をやめ、新しい「汎ヨーロッパ安全保障」構造を創設する。(筆者注:汎ユーラシア安全保障に発展するかもしれない)
②ロシアが要求している「鉄壁の安全保障」と同じものをウクライナ及びヨーロッパも受け取る。
③これがウクライナを半壊の崩壊国家以上のものとして残す唯一の案である。
この案自体よくわからないところも残る。しかし、筆者が2月9日の第四回『東郷版「100日計画」の骨子』で述べようとした発想に、これほど近い案は、見たことがない。
*
さて本日の結論である。再説になる点が多いが、未だに跋扈している多くの固定観念を前にして、今日の段階でもう一回確認しておきたい。
- トランプが、ウクライナ戦争を終わらせるという選挙公約をもってでてきたことは、ウクライナ戦争の帰趨にとって決定的な構造変化をもたらした。
- 戦争の終結は、トランプ調停という形で行われる。そのためには、調停の対象となるロシアとウクライナは、平等の立場に立つ。
- バイデンの時代四年間、西側世界でコンセンサスとなっていた「ウクライナとその支持者は善」「攻め込んだプーチンは悪」という発想はもはや通用しない。このような固定観念は捨てねばならない。
- それがこの調停を成功させる唯一の方策である。この調停が成功しなければ、有為のウクライナ・ロシアの人命がこれからどのくらい失われるかわからない。
それぞれの方に、これまで信じていた価値を再検討し、日本人に共通に分かち合っているはずの人命の尊さに思いをはせ、トランプのイニシアティヴにどのように適応したらよいかをお考えいただければと祈念する。