東郷和彦の世界の見方第八回 ウクライナ和平の動向(その8)

▼バックナンバー 一覧 2025 年 3 月 3 日 東郷 和彦

それでも戦争は終結に向かう

過密情報の一週間であったが、公開情報の渦の中からまず主な動きを検討したい。

前回(その7)で述べたように、欧州勢にとって何とか達成したかったのはトランプとゼレンスキーとの関係修復だった。トランプとゼレンスキーとの和解の最初の鍵は、レアアース(希土類)の権益問題だった。22日トランプ大統領は、保守政治活動会議(CPAC)で演説、「協定案はかなり合意に近づいている」と述べた。協定案は12日ベッセント財務長官のミュンヘン訪問時にゼレンスキーに提示され、ゼレンスキー氏は見返りになる安保条項がないとして署名を控えていたものである(日本経済新聞電子版)。

たぶん、これを軸に、マクロン、スターマー、ゼレンスキーの間で綿密なシナリオが作成されたのだと思う。まず、2月24日マクロンの訪米が行われた。この会談自体には若干の未調整問題が残るが(本稿末尾参照)、レアアース協定についてトランプは「協定署名は『大変間近』であり」「ゼレンスキーが今週か来週協定署名のために来るので、そうなったらうれしい」とはっきり述べた(ガーディアン2月25日)。
次にスターマー首相が予定通り現れ、2月27日のトランプ大統領と会談した。冒頭記者団から「ゼレンスキーのことを今も独裁者と認識しているか」と問われ「そんなことを言ったか。それを言ったとは信じられない」と切り返した(日本経済新聞電子版)。日本のテレビ報道では「はぐらかした」と報ぜられたが、この「はぐらかし」は当然18日から19日にかけて発生した激怒に対して手打ちをしようという、政治家ならではのシグナルと聞こえた。

26日に公表された「ウクライナ・米国鉱物協定」の全文はこちらで読める

筆者は、基本は、枠組み協定であり、これからの両国の事務的な調整によってつめられるべきことがたくさんあること、両国間協力の一部であること、「安全を保障する」という表現はないが、両国協力が始まる方向性は確固としているとの印象をうけた。ゼレンスキーがこの案文で合意できるなら、「手打ち」の可能性はあるかなと言う印象をもった。日本経済新聞電子版は、「新設する共同投資ファンドを通じ、鉱物、石油、ガスを含むウクライナの天然資源の50%の権益や、港湾など重要なインフラの権益を米側に与える」と報じた。

そうやって周到な準備をへて、2月28日ホワイトハウスのバイデン大統領執務室で行われた会談が、たぶん誰も予想しなかった大激突に発展し、その衝突場面や、それに至る会談の全貌が、ニュースやユーチューブで世界中をかけめぐった。

▼私の印象は、冒頭トランプは、彼なりによく考えた「和解」のメッセージを述べ、ゼレンスキーもそれに答え穏やかに答えようとしていた。
▼しかし、トランプの発言が「戦争をやめる」と言っているのに対し「ゼレンスキーは必ず「プーチンに戦争をやめさせる」と言い直した。これは「中立仲介」を世界に宣旨しているトランプに対する挑戦を意味する。公開の場で「ロシアの残虐写真の提示」をすることも、トランプは「緊張」(不機嫌)を高めていた。
▼最後の大爆発は、バンス副大統領の「自分たちは誰もできなかった『外交』によって戦争をやめさせる」という見解に対し「プーチンのような残虐で嘘をつく男を相手に外交によって戦争を終わらせることはどういう意味だ」というゼレンスキーの詰問で、緊張は一挙に高まった。
▼結果、トランプから、「貴方の発言はあなたの国民を助け命を救おうとしていこうとする我々に対し敬意がない(dsirespectful. 筆者注)非常に強い印象を与える」「あなたは戦争を終わらせる力もない」「あなたは、第三次世界大戦を引き起こしかねない危険な政策を遂行している」という面罵に発展した。

昼食会、協定署名、多方面の話合いすべてがキャンセルされ、ゼレンスキーは帰国。トランプは直に、トゥルース・ソーシャルに、以下のように書いた。
「感情からでてくるものには、驚くべきものがある。私は、ゼレンスキー大統領が、アメリカが参加する平和への準備ができていないと判断した。なぜなら、彼は我々の参加が交渉上大きな優位性を与えると思っているからである。私は優位性を求めない。『平和』を求めている。彼は、アメリカ合衆国に対し、この国が愛する大統領執務室(オーバル・オフィス)で敬意を払わなかった。彼は、平和への準備ができたら戻ってくることが出来る」
極めてよく考えられたメッセージだと思う。「今度戻ってくるときには、『プーチンと言う悪とは交渉しない』という独善を捨て、自分が裁定する平和交渉に参加する用意ができてからだぞ」と言っていると思う。「ゼレンスキーにはそれはできないだろう」と見切っての上での発信なので、ゼレンスキーが代表するウクライナとの対話は、少なくとも当面、終わったということになる。

ここまでが公開情報の部分である。次に同じ公開情報ではあるが、私が特に気になる情報で日本のマスコミ界で殆どとりあげられていないものを取り上げたい。先ずは、ロシア発のものである。
2月24日に行われた、パヴェル・ザルービン記者によるプーチン大統領へのインタビューを紹介する。

ザルービン記者は、米ウクライナ鉱物協定の話から入り、「トランプがなぜゼレンスキーの選挙を促すのか、トランプのゼレンスキー批判はロシアを利するだけではないかという批判があるがどう思うか」と質問した。是非プーチンの全回答を見ていただきたい。筆者にはここに、今の時点でプーチンが言いたいウクライナ戦争に対する彼の立場が丁寧に説明されていると思う。主要点は以下のとおり。

▼今キーエフの頂点にいる人は、ウクライナ軍にとって有害になりつつある。政治課題に導かれ、混乱し、よく考えられていない命令をだしている。このことが正当化し得ない巨大な損害をウクライナ軍にだしている。
▼彼は、ロシア連邦と平和協定の話し合いをすることを禁ずる命令を出したことによって、袋小路に入ってしまった。なぜか?話し合いが始まれば、いずれ戒厳令の終わりが来る。そうすれば選挙をしない理由がなくなる。我々が持っている客観的データによれば、彼は、潜在的政治的対抗馬の、ザルージュヌイ元軍司令官の半分の支持率しかない。現在のリーダーが選出される可能性はゼロである。
▼従って彼は、軍・社会・国家にとって不安定要因になってしまった。トランプ大統領はそのことを分かっており、だからこそ彼は今のキーエフの頭に選挙をするよう働きかけているのだと思う。トランプの目的は、ウクライナの政治的安定を再建し、社会を強化し、ウクライナ国家を存続させることにあると私は見ている。
▼このことは全体としてロシアよりもウクライナを裨益する。しかし私たちに異議はない。この地域がロシア連邦に対する攻撃の場に使われたり、ロシアに対する敵意をもった支点になることは好まないにしても。(そうやって安定したウクライナが誕生してくれれば)最終的には友好的な隣国になってくれることを希望している。

次に、2月27日ロシア連邦保安庁(FSB)との会合におけるプーチン大統領発言。
先ず前半に以下のような現状への高評価が登場する。「新しいアメリカ行政府との接触は、一定の希望を与える。政府関係を再建するために共に働き、蓄積されてしまった巨大な制度的・戦略的問題を段階的に解決していきたいという相互的な意欲がある。現在のパートナーは、物事に対するプラグマティズム、現実的な視点を有し、前任者にあった、メシア的でイデオロギー的なステレオタイプを認めない態度がある。」(参照記事

しかしその次に、そのような新関係が実現できるのは、FSBを始めとする力の省庁の総合的な戦場における勝利の結果であるという厳しい視点が述べられる。「今日の国際風景の変化は、我が軍と英雄たちの勇気と頑健さの結果による。正に彼らの献身と毎日の勝利によって、真剣な対話、平和的道筋を含むウクライナその他の危機の根本的解決を始める条件が整った。」(これまでの訳文筆者による。)
筆者の記憶する限りロシア連邦保安庁の会議の冒頭でプーチンが用意された文章を発表することは、頻繁にあることではない。米ロの対話が進んでいることを内外に鮮明にし、その対話の基礎にウクライナ戦争開始後の軍事的優勢があるとの認識を示しているように感ぜられる。

それでは、ウクライナ側の認識で注目される公開資料はどうか。ひとつだけ紹介したい記事がある。2月25日英国『スペクテーター』誌に掲載された、匿名のウクライナ人による『トランプのみが―ゼレンスキーではないーウクライナを救える:少なくともトランプがゼレンスキーについて言ったことの一部は事実だ』という記事である。こちらの記事リンクで是非記事全体を眺めて頂けたらと思う。

主要点は以下のとおりである(意訳、紹介コメント筆者の責任)。
▼自分は、戦争が始まってからの相当期間ゼレンスキーの側近として仕事をし、最近、円満な形で退職した。しかしゼレンスキーが戦争に名を借りていかにウクライナを弱体化したかを思うと、この記事を書かずにはおれない。
▼ウクライナは逆説の国になった。自らの主権のために戦っておりながら、その民主的基礎を壊している。何年間も西側は、ゼレンスキーを「民主主義の顔」とする幻想にとらわれていた。実際には彼は、民主主義を壊し、その過程でロシアの侵略者と戦う動機を破壊してしまった。
▼その後具体的に、ゼレンスキー周辺で行われている大統領選挙における有力候補の排除と、自らの地位と栄誉に対するゼレンスキーの異常なこだわりが延々と列挙される。
▼ウクライナ人は臆病ではない。しかしゼレンスキーのためには死にたくないという声は、日々に増えている。戦争をやめ民主主義と経済を再建することのみが国を救う。戦争の継続は、勝利をもたらさない。権力の交替が必要であり、トランプがそれを行わなければウクライナに希望はない。

この記事にはいくつかの疑問符が残る。ウクライナ内の権力闘争の中での「反ゼレンスキー派」の声だけかもしれないし、ここで列挙されている抑圧されていく「対立候補」について裏がとれているわけではない。しかし『スペクテーター』記事で描かれるゼレンスキーの異常性を最初に指摘したのは、本連載の第五回で紹介したアレクサンダー・メルクーリである(本号では紹介ユーチューブは省略)。
前記プーチンの2月24日ザルービン・インタビュー、2月25日のウクライナ内部の声としての『スペクテーター』、そして2月28日のゼレンスキーのホワイトハウスでの行動は、あまりに符合したゼレンスキー像を示している。それは、私が初めてゼレンスキーと言う人を直に聞いた、Lex Fridmanのインタビュー(本連載第3号に収録)で受けた強烈なショックと同根である。

さて、今回の一連の会談の中でどうしても述べておかねばならないことがある。2月24日のトランプ・マクロンの会合で、マクロンが「英仏による平和維持部隊の派遣の方針を示すとともに、米国の貢献への期待も強調」したのに対し、トランプ大統領が「プーチン大統領との協議で(その件につき)議論したと明かし、『彼は受け入れるだろう』と述べたという見方を示したという報道である(日本経済新聞電子版)。
この点は、2月18日のリヤドにおける会合の後のラブロフ外相の記者会見でも峻拒されている話であり、筆者には、いささか信じがたい話である。今後の交渉の場で無用の誤解が無くなることを期待したい。

さて既に大幅に紙数を超えており、ここでとりあえずの結論にいきたい。
自分としてはゆっくりとしたスピードではあっても米露両国による「停戦による平和を」という動きは今週強まったと思う。報道の中心にたっているのはトランプである。ロシア側の動きは目立たないがザルービン・インタビューを始めとして、ブレない形での対米支持のうごきは明確である。
プーチンが高く評価したアメリカ側のプラグマティズムの具体的な行動も、確かに始まっているように見える。2月27日イスタンブールで事務レベルによる両国大使館再開についての協議があり、米国総領事館で6時間にわたる協議が行われた。米国からコールター国務副次官補、ロシアからダルチェフ外務省北米局長が出席(ロイター)。28日ロシア外務省は、米国側から新しい駐米ロシア大使としてそのダルチェフ氏を承認する文書を受け取ったことを明らかにした(朝日新聞電子版)。
国際社会においても、「中立的調停外交を行う」というトランプの方針は、少しずつ浸透し始めていると思う。2月24日国連の総会及び安保理で投票が行われた。アメリカは、中立的調停者の立場を堅持する以上、「ウクライナ戦争を起こしたロシアを悪とするバイデンアメリカの立場は絶対にとれない」という筋を通した投票行動をとった。筆者としては、当然のことだと思う。
総会決議が様々に乱れたのに対し、安保理では、「ウクライナとロシア連邦との間の紛争の迅速な終結を訴え、更に永続的な平和の実現を促す」案が、米ロ中他10票の賛成、欧州諸国他が棄権(英仏は拒否権を行使せず)したため、安保理決議2774として成立した。筋を通したアメリカの指導力と関係国全体の微妙な協力の結果として大変心強いことである。

これから、米露の共通理解を基礎とする「戦争終結」への流れは、確実に進むと思う。これに対抗する、「ゼレンスキーの正義を守りながら平和の構築を」主導する英仏独等による「欧州NATO」の動きが、しばらくの間続くと思う。筆者の意見は、後者の動きで致命的なのは、如何にしてプーチンを説得するかの案がどうしても見えないことである。