東郷和彦の世界の見方第十一回 ウクライナ和平の動向(その11)

▼バックナンバー 一覧 NEW!2025 年 4 月 2 日 東郷 和彦

不可逆的和平への展望を見失うな

第10回の「ウクライナ和平の動向」で、3月18日、2時間に渡るトランプ・プーチンの電話協議が行われ、エネルギー施設への攻撃停止が合意され、更に黒海での艦船の安全航行問題その他両国間でこれから話すべき諸問題も合意されたという所まで書いた。
これについてのゼレンスキーの対応であるが、心底穏やかならざるものもあったかもしれないが、自制し、翌3月19日トランプ・ゼレンスキーの電話会談が行われ、ゼレンスキーもまた、エネルギー施設への攻撃停止に同意し、更に、米・ウクライナ間でも黒海における停戦を討議するために近く両国の代表団がサウジアラビアで協議することとなった。

そこで、次なる交渉の焦点が、3月23日、24日、25日、サウディ・アラビアのリヤドのリッツカールトン・ホテルで行われた米・ウクライナ・ロシア間の「事務レベル協議」に移行した。ところが、三者の意図とからみあいがなかなか複雑となり、交渉のポイントがしばらくの間大変分かりにくくなった。

第一幕

3月23日、まずアメリカとウクライナとの協議が行われた。アメリカ代表団は、ホワイトハウスのアンドリュー・ピークス国家安全保障会議(NSC)上級部長と米国務省のマイケル・アントン政策企画部長。これまで「高官協議」として知られていた閣僚級からワンランク下がった事務レベル代表団であった。ところが、ウクライナ側からは、ウメロフ国防相という閣僚を頭に格上の代表団が協議に参加した。
ウメロフ国防相は、「協議は4時間に及んだ」と発表し(日経電子版)、更に、会談後「エネルギーを含む重要な論点に対応する生産的で的を絞った会合を行った」とSNSに投稿(ブルームベルグ)。事前にはウクライナが攻撃停止対象として「広範囲のインフラ施設」も含めたい考えもしめしていたと報ぜられていた(朝日新聞)。

第二幕

さて、翌日の3月24日には米ロの協議が行われた。ロシアからは、元外務次官のカラシン上院国際問題委員長とベセダ連邦保安局(FSB)長官顧問が参加した。これもまた、事務レベル代表団である。しかも、25日にペスコフ・ロシア大統領報道官は「今回の協議について、事務レベルなので、合意文書のようなものは、発表しない」とわざわざ述べていた(NHK)。

ところが、会合が終わるとまずタス通信が、「協議は、休憩を含め12時間以上に及んだ」と発表。それから間を置かずに、アメリカ側から、「米ウクライナ」「米ロシア」各合意文書が発表されたのである。
推測の域をでないが、米・ウクライナ交渉について、「ウクライナペース」で行われた発表とは、交渉は違った次元で動いたことを世界に知らせたいと思ったのかもしれない。

▼米国とウクライナとの協議に関するアメリカ発表文書には、「黒海において、武力を行使せず、民間船舶を軍事目的に使うことを抑止する」という表現が入った。この点のみが新しい点であり、「エネルギー施設攻撃停止のための手段について協議する」ことも書いてあるが、特に目新しくはない。
▼ 他方、12時間に渡って協議した由の米国とロシア協議についての発表文書では、米ウクライナ間で合意された上記と同文が入っているとともに、「ロシア農産物及び肥料の輸出の世界市場へのアクセスの回復、海上保険コストの削減、こうした取引を行うための港湾及び決済システムへのアクセスの拡大を支援する」という誠に注目すべき一項目が入った。

この表現を見ると、これは、いわゆる「穀物合意」再開を示唆していることが理解される。「穀物合意」は2022年7月22日、ウクライナ産の小麦等の穀物の輸出が滞っていた問題を、国連とトルコの仲介で輸出可能としたものであるが、2023年7月18日、ロシア外務省は「合意の一部となっていた、ロシア産穀物・肥料の輸出障壁の撤廃措置が進展していない」等として、協定を延長しなかったという問題である。
その際ロシア外務省は、合意への復帰の条件として、「露農業銀行の国際決済ネットワークSWIFTへの再接続、農業機械部品の禁輸措置の解除、ロシア運搬船に対する高額の保険料設定の見直し、各国によるロシア運搬船の入港禁止措置の解除」などをあげた(野村総研、木内登英氏分析)。
「民間船舶を軍事目的に使用することを抑止する」というのも、当時、穀物輸送用の船舶が一部武器のウクライナ持ち込に利用されているのではないかという推測報道が流れていたことを思いだす。


参考:米ウクライナ協議に関するアメリカ政府発表文書リンク  
参考:米ロシア協議に関するアメリカ政府発表文書

第三幕

アメリカの二つの文章が公表されてから、非常に早いタイミングで、今回は文書を出さないはずだったロシア側から、クレムリンホームページを堂々と飾って、アメリカよりもはるかに詳細にぎりぎりと書き込んだ文書が発表された。

▼発表文書は二つに分かれ、第一は、「エネルギーシステムへの攻撃の一時的モラトリウムの対象となるロシアとウクライナのリスト」ということで、これは、攻撃を控えるべきエネルギー施設の種類が、現場での指導項目のように書いてある。
▼ 他方もう一つの文書は、「ロシアと米国の専門家グループ会合の主な結果」というもので、その第1項は、「黒海における航行の安全」関係、第2項が「ロシア農産物及び肥料の輸出の世界市場へのアクセスの回復、海上保険コストの削減、こうした取引を行うための港湾及び決済システムへのアクセスの拡大を支援する」というアメリカの発表文と全く同一のものである。
▼ 以上、上記第1項と第2項をあわせよむと、要するに、穀物合意の復活が交渉の焦点であることがはっきりしてくる。そうであるなら、ロシアとしては当時から交渉の主要ポイントであった、「関連の制裁の解除」がでてくることになる。クレムリンHPは、正にそれをやり遂げている。
▼ 具体的には、上記の第1項、第2項の後に、「注記」とあり、そこに「第1項(黒海における航行の安全)及び第2項(農産物貿易の安全)は、以下のことが行われた後に発効する」として、なんと、五項目の具体的な制裁解除項目が列記されている。抄訳すれば以下の通り。

① 食品及び肥料の国際貿易業務確保に関するロスセルホーズ銀行等への制裁解除、それらをSWIFTに接続解除し、必要なコルレス口座を開設。
② 貿易金融取引に対する制限の解除
③ 食品及び肥料の生産・輸出企業に対する制裁制限の解除
④ 港での船舶のサービスに対する制限及び食品や肥料の取引に携わるロシア船籍の船舶に対する制裁解除
⑤ ロシア連邦への農業機械、ならびに食品及び肥料の生産に使用されるその他の物品の供給に関する制限の解除
ラブロフ外相は、この複雑な内容を分かりやすく説明するためか「我々は穀物と肥料の市場がもっと予見可能であってほしい。誰もロシアをこの市場からおいだせないようにしてほしい」と述べている。(25日、『チャネルワン』インタビュー、タス)。

参考:クレムリン発表第一文書リンク
参考:クレムリン発表第二文書リンク

とりあえず、3月23、24、25日のリヤドにおける「事務レベル協議」についての現時点での結論を述べたい。
① トランプとしては、リヤドのリッツカールトンに三カ国の「事務レベル」を集め、細かいことを徹底的に話し合うことにより、今までよりも具体的な合意に至れないかと考えたように思われる。
② ところが、ロシア代表団と「穀物合意復帰」について12時間も話したところ「制裁解除」という複雑な問題がでてきた、そこでそれはそれできちんと考えようということで、ロシア、アメリカそれぞれ独立な形での共同文書が発表された。
③ ウクライナの方は、「事務レベル」と言うよりも閣僚レベルの大代表団を送り込んだが、察するに、「制裁解除を伴う穀物合意の再開」については反対であり、逆にウクライナが関心を持つ「攻撃対象停止分野の拡大」のような話については事務レベルのアメリカ側には交渉権はなく、ウメロフ代表は、SNSで「実りのある会談」といったものの、実際には、アメリカ側からの中身の薄い文書のみが発出された。
④ 「エネルギー施設への攻撃停止」についても「事務レベル」にふさわしい詳細合意は、ロシア・ウクライナとも、新たな合意に至ることはなかった。
⑤ 継続協議としては、アメリカ側に、どこまでの制裁解除が可能かという検討が委ねられ形となり、25日トランプは、記者団に問われ「五つか六つあったが、全て検討している」と述べたわけである(JIJI.COM)。
以上の経緯については、アレクサンドル・メルクーリ氏による3月27日夜視聴したユーチューブが非常に参考になった。お手すきの方には是非お勧めしたい。

参考:メルクーリ氏 3月27日 YouTubeリンク

第四幕

最後に以上の交渉経緯を背景としたウクライナ及びヨーロッパ側の反応についてまとめておきたい。
26日マクロン大統領とゼレンスキー大統領は、パリで共同記者会見、マクロンは制裁の解除について「極めて時期尚早」、ゼレンスキーも「EUは、まだ対ロシア追加制裁を検討している段階であり、解除にはほど遠い」という認識で一致した(JIJI.COM)。
同じく26日EU報道官は「ロシアのウクライナからの撤退が制裁の修正や解除の前提条件だ」と述べた(日経電子版)。
全面拒否の対応である。ゼレンスキー、マクロン、スタイマーと言う「反プーチン」で徹底している人たちがそういう姿勢をとることは、ありうると思われる。
更に、ここに一つ難しい法律問題があるようである。ロシアに対してかけられている制裁は、誰がどういう資格において判断するのか。3月26日のロイター電は、今回列挙されている制裁解除候補について「こうした措置には欧州などの同意が必要になる可能性がある」と報道している。

最終幕

「30日停戦」というミクロの世界で始まった「停戦交渉」が一見袋小路に陥ったような印象を与えるいま、交渉の全体像への展望をしっかり持ち、「30日停戦」をその中にきちんと位置付けることが必須だと思う。
問題の最も大事な本質は、現在行われている「段階的・限定的合意」が積みあがる中で、そこを突破口として、長期の不可逆的な和平をどう構築するかであり、この点が、トランプ和平の本来の目的のはずである。
私は、事態はそちらの方向にいずれ動いていく可能性なしとしないと思っている。なぜなら、不可逆的な安全保障に基づく平和こそ、ウクライナ・ロシアがともに希求しているものだからである。


① ロシアは既に「不可逆的な平和を構築するには、この紛争の『根本原因(root cause)』を除去しなければならない」と一貫して述べてきた。私は、ウクライナのNATO絶対非加盟と、ロシア系ウクライナ人の保護の二つが壊されたことが『根本原因』だと考えてきたので、まずそういうことが二度と起きないことが必須の与件となる。
② ウクライナのNATO絶対非加盟(類似の欧州平和維持軍も絶対不可)の枠内で、事態が不可逆的に安定するには、それなりの力の配置と法的枠組みが必要になる。「ウクライナ安定化多国籍軍」のようなものをつくり、その中核に、P5(ロシアが含まれる点が味噌)が入るのが一案か。これこそ、イスタンブール合意の中核であり、最近、Anatol Lievenが主張し、私も以前から指摘してきた考え方である。
③ もう一つのロシア系ウクライナ人の保護については、「クリミア及びロシア連邦に吸収された4州」におけるロシアの実効支配をどこまで認めるかが鍵となる。戦場での勝敗状況を踏まえて、仲裁者アメリカの判断とプーチンの判断の一致点がでてくれば、「不可逆的平和」に向かう大きな道筋が描かれることになる。
④ もちろん、まだそれだけではだめである。ゼレンスキー及びゼレンスキーを守ることをもって自らの立場としている欧州NATO主要国の考え方が、さっぱり明確化してこないのである。

▼先ずなによりも、ゼレンスキーにとっての本当のレッドラインは何なのかが見えてこない。
▼ 有志国が、3月27日に開催されたパリ首脳会議で、ウクライナへの部隊の派遣を決めたと報ぜられているが、目的、規模、内容、欧州NATO内での意見調整等、すべてはっきりしない(日経電子版)。
▼ なによりも、欧州軍派遣の目的は「ロシアの再侵略に対する抑制力とする」と言っておきながら、ロシアとの調整については、何らの検討すら行われていないようである(日経電子版)。
▼プーチンは、おそらくはそういうウクライナ及び欧州NATOの立ち位置の弱さに対する外交攻勢として、3月27日ムルマンスクで原子力潜水艦の乗組員との応答の中で以下を述べた。曰く「国連の平和維持活動の枠組みの中で、いわゆる外部管理がすでに行われてきた(として先例を列挙)。国連の支援の下、米国、更には欧州諸国、我々のパートナーや友人らと、ウクライナに暫定管理を導入することは可能だ」

参考:クレムリンHPリンク

▼なお、まったくの私見をいうなら、ウクライナの安全保障を維持し、その国家的一体性を維持するためには、「国連とP5による安全保障(対ロシアと同じ)」「ロシア国内地域についての武力回復権の放棄と外交権の何らかの維持(イスタンブール合意)」「全土におけるロシア文化との融和策」などから永続的安定への方向性が生まれるのではないかと想像される。

なお、トランプの「中立仲裁」の今後を考えるうえで、タッカー・カールソンがウイトコフ特使と3月21日に行った(SCEES報道)インタビューが参考になると思う。お手すきの方には是非見ていただければと思う。

参考:タッカー・カールソン氏によるウイトコフ特使インタビューリンク