東郷和彦の世界の見方第十二回 ウクライナ和平の動向(その12)

▼バックナンバー 一覧 2025 年 4 月 13 日 東郷 和彦

露米の本格対話は、動き出すのか?

第11回の分析の「最終幕」で筆者は「『30日停戦』というミクロの世界で始まった『停戦交渉』が一見袋小路に陥ったような印象を与えるいま、交渉の全体像への展望をしっかり持ち、『30日停戦』をその中にきちんと位置付けることが必須だと思う」と書いた。
それから本稿執筆中の4月12日まで、ウクライナ情勢をめぐる交渉は一見かなりの上下動を繰り返しているように見える。この「全体像の中の位置付け」がくずれないでこれからも進んで行くことを願うのみである。

第一幕
いささか突然、3月30日に放送されたNBCニュースのインタビューでトランプ氏は、プーチン大統領がゼレンスキー大統領の信頼性を攻撃したことに立腹している(英語で“pist off”)と発言。
プーチン氏が停戦に合意しない場合、ロシア産石油を購入する国々に対して50%の関税を課すと脅かした。「もしロシアと私が、ウクライナでの流血を止めるための合意に至らず、それがロシアのせいだと思った場合(中略)私はロシア産のすべての石油に対して2次関税を課すつもりだ」とトランプ氏は述べた(BBC3月31日)。
プーチン氏は、何処でゼレンスキーに対する信頼性を損なうと見做された発言をしたのか。一番思い当たるのは、前回11回投稿で述べた、3月27日ムルマンスク原子力潜水艦の乗組員との応答の中で、ウクライナ現政権の中に残っている「ネオナチ」に対する強い批判を述べた後に「国連の支援の下、米国、更には欧州諸国、我々のパートナーや友人らと、ウクライナに暫定管理を導入することは可能だ」と述べたことである。
クレムリンHPリンクの該当部分をクリックし、自動日本語翻訳ですぐに再見できるので、参考にしていただけると思う。

第二幕
ことの当否は何であれ、クレムリンとしては、トランプから “pist off” と言われて事態を看過するわけにはいかない。クレムリンはすぐに動いた。4月2日及び3日、一番の交渉者を直に、ワシントンに送り込んできた。それが、キリル・ドミトリエフ・ロシア直接投資基金総裁である(彼はアメリカのビジネスとの関係が非常に長く、また、ドミトリエフの夫人ナタリヤ・ポポヴァは、プーチンの二番目の娘カテリナ・ティホノヴァの親友の由。ウイキペディア参照)。
招待者は、アメリカにおける一番の交渉者、ウイトコフ特使である。2月18日にサウジアラビアで行われた政府高官協議のロシア側代表は、ラブロフ外相、ウシャコフ大統領補佐官と発表されていたが、ドミトリエフ総裁も会合の場におり、アメリカ側から出席していた、ウイトコフ特使と懇談した(日経電子版)。
さて、ウイトコフ・ドミトリエフ会談の内容は明らかにされていないが、4月3日ドミトリエフは、米CNNのインタビューで「ウイトコフ氏は解決策に大きな重点をおいていた。合意をどう完了させるかについて互いに理解し、この点において多くの議論をした」と述べた。事情に詳しい関係者は、ドミトリエフ氏がロシアに戻ってプーチン氏へ会談の報告を行ったうえで、両国は次の対応をきめることになると述べた(Bloomberg)。
このBloombergの報道は、正にそのとおりの結果となった。ドミトリエフの報告を聞いたプーチンも、またワシントンでウイトコフの報告を聞いたトランプも、双方から相手を激しくバッシングするような発言はこの時以来、いったん、納まったのである。
しかしながら、一つだけ気になる報道がでてきた。ルビオ国務長官は、ワシントンでドミトリエフ総裁とも懇談、4日訪問先のベルギーで記者団の質問に答え「ロシアが和平に真剣かどうかは数か月でなく数週間で解るだろう」「我々はロシアが和平に関心があるかどうか試している。真剣さを判断するのは彼らの言葉ではなく行動だ」と述べた(日経電子版)。
このトーンは、上記の、ウイトコフ・ドミトリエフの間で交わされたと想像される、停戦、場合によってはそれを超える恒久平和を模索しようと考えられなくもないトーンとは明らかにちがっている。この辺りから、トランプの周辺の政権内に二つの派閥があるのではないかという説がささやかれるようになった。この分析を詳細に行ったのは、小生の知る限り4月5日のアレクサンダー・メルクーリの分析が最初である。

参考:アレクサンダー・メルクーリのYouTube

▼一つの派は、ウクライナ戦争を継続すること自体がアメリカの利益にならない。そこで「価値観外交」をやめ、相手の話をよく聞いて、対決する当事者に最低限受け入れられるアプローチを考究する一派。強圧で処罰するよりは、利益で誘導する。俗にはMAGA派と言われ、ウイトコフが中心で、バンス副大統領も入る。ロシアの一番の交渉相手は、ドミトリエフ。
▼もう一つの派は、大統領が提示した「30日停戦」をまずは忠実に実施するかどうかで判断し、実施していないとすれば、相手が痛みを感じる制裁の実行にふみきるべきと考える派で、俗称は、ネオコン派と言われ、ルビオ国務長官、マイク・ウオルツ安全保障補佐官、ケロッグ・ウクライナ問題交渉官等が入る。

第三幕
ウクライナ調停が佳境に入り始めた時に、トランプ周辺が上述のようなMAGAグループ対ネオコングループの対立に陥ったとみられるのはなぜだろう。元々「トランプに対する忠誠心」一点で固まっている政権幹部には、それまでの思想信条の違い、自らの政権内における位置についての評価の違いなど様々な要因が錯綜し、こういう事態が起きたという側面が一つあることは否めないと思う。
しかし、もう一つは、4月2日にトランプ氏がいわば政権をあげてすべての国に対し発布した「関税戦争」の余波が大きすぎ、しばらくの間、トランプ自身、他の問題に対して十分の関心と注意力をもって対応できなかったのではないかという問題がある。
正に、4月2日は、ドミトリエフが急遽ホワイトハウスに乗り込んできた日であり、2日及び3日、ウイトコフと極めて真剣な会談が開催された時である。
そして、4月9日には交渉国に対しては90日間の「休戦(pause)」を認めざるを得なくなる一方、断固対抗措置を取り続ける中国との間では、4月11日報道では、アメリカ側の追加関税145%、中国側125%と発表されているのである。

関税戦争との関係では、トランプが、ロシア・ベラルーシ・北朝鮮に対して関税を課さなかったという問題がある。なぜこの三カ国を圏外に置いたかは諸説あって筆者には判然としない。しかし結果として少なくともロシアは、関税戦争の圏外に立ち、4月10日、トルコのイスタンブールで外交関係の正常化に向けた協議をアメリカと行うことになったのである。ロシア通信によると、ロシア側は、新しく発令されたばかりのダルチエフ駐米大使、米国側は、コルター国務副次官補代理が代表をつとめ、両国の在外公館業務の正常化について議論された。今回の協議では、ウクライナの停戦についての議論は行われなかった。この協議は、2月27日同じくイスタンブールで、両国の在外公館業務の正常化のために開催された協議の第二回目となったわけである(日経電子版)。
この時点で、米ロ間で予定されている協議はなくなったかのように見えた。

他方今度は、「4月11日に、ウクライナ政府代表団が、ワシントンを訪問し、米国と鉱産物資源を共同開発する協定案について協議する」ことが発表された。2月28日ゼレンスキーがこの協定案の署名をせずにホワイトハウスを去った後、「米国は追加の条件を織り込んだ新たな協定案を提示した。地下資源の採掘権に加え、鉄道や港湾などの主要インフラ事業への投資を管理する権限を握る」案である(日経電子版)。諸報道は、いくつかの困難点を指摘しており、協議の帰趨は、現時点では不明である。

第四幕
筆者としては、今回の魚の目第12号は、とりあえあず、この辺りでまとめに入ろうかと考えその準備をすすめながら、念のために、モスクワで行われている、諸報道をチェックしようと思って、モスクワのテレビ番組中で生放送が見れる「チャネルワン」のリンク(https://www.1tv.ru/live)をクリックした。 4月11日日本時間の夜10時頃だったと思う。
そうしたら、幸い、今モスクワで一番面白い討論番組『バルシャヤ・イグラ(グレート・ゲーム)』が放送中だった。ところが、半ばを過ぎたあたりで、この日の司会者ヴェ・ニコノフ氏から、「今入ったニュースでは、アメリカから、ウイトコフ特使がロシア入りし、間もなく、プーチン大統領との会談が始まります。できる限りのニュースをお届けします」と伝えられたのである。 なんというか、「眠気が一辺に吹き飛んだ」という感じだった。まもなく、ウイトコフ氏が画面の左側に現れ、右側からプーチン大統領が現れ、二人で、会談場に向かって消えていった。
直後に、ペスコフ大統領報道官が記者団に囲まれ、まず、「会談時間はどのくらいですか」と聞かれた。ペスコフ氏は少しほこらし気に、「全く決まっていません。二人で話したいことをすべて話し合う迄会談を続けるということです」と答えた。「ウクライナ問題も話されるのですね」という、いわば念のための質問もあった。ペスコフ氏は、「問題解決のために何が必要かについて、もちろん話されるでしょう」と答えていた。
肩から力がぬけていくような安堵感をもった。以下のトランプ大統領のSNS反応に見られるように、意見が直に一致する保証はなにもなかった。しかし、お互いの立場を理解するためには、これ以上のやり方がない事は確信できた。その後の報道によれば、プーチン・ウイティコフの会談は、約4時間を超えて行われた(BBC)由である。
プーチン・ウイトコフ会談が終了しその報告がワシントンに伝わったと思われる頃、トランプ大統領は自身のSNSであるTruth Socialに「ロシアは動き出さねばならない。あまりにも多くの人が死んだ」という趣旨を投稿した(4月11日、10:35PM)
参考:トランプ大統領の投稿

この日の『バルシャヤ・イグラ』でもう一つ気になるニュースが紹介された。丁度同時進行中だったのが、カザフスタンの首都「アルマティ」で行われた独立国家共同体(CIS)外相理事会でのラブロフ外相からの報告だった。短時間だったのですぐには真意はつかめなかったが、ウクライナ戦争の現状について、率直に話しているのではないかと思った。そこで、ロシア外務省のホームページに入ってみて驚いた。4月11日の13:09発で、ウクライナ戦争に対するラブロフ氏の歯に衣を着せない説明が詳細に載っていたのである。
参考:ロシア外務省ホームページ
(なお、ロシア外務省ホームページ(少なくともその一部)はいま、すぐに、日本語への自動翻訳が可能である。)

筆者には特に以下の諸点が突き刺さった。

▼紛争の根本原因(Root Cause)への対処こそが前進への唯一の道。この問題は、NATOが東方拡大を始め、我が国の国境まで迫ったこと、そしてキエフが公然としたナチス政権の後押しをしたことに端を発する。
▼トランプは、この問題を徹底的に究明する用意がある。これは、現状の根本原因を全く無視する英国を含む欧州諸国とは一線を画すものである。
▼ゼレンスキーは、ロシア人への憎悪感情が自身の原動力だと述べた。プーチン個人ではなく、ロシア人全員を憎んでいると。この人間にこれらの人々(クリミア及び併合四州の人々)への統治を任せることは決してありえない。

最終幕
トランプ・ウイトコフ会談、及び、CIS外相理事会について議論する『バルシャヤ・イグラ』の人達の大多数から、「兎に角今のトランプ政権には、ロシアが国益の根本と一貫して主張してきた「根本原因(Root Cause)の除去」を理解しようという姿勢がみられる、これが今欧州NATO主要国との決定的な違いだという意見が何回も繰り返されたのが印象的だった。
正にウクライナ及び欧州NATO主要国は、ロシアへの軍事圧力を一貫して強めることに専心しているように見える。
前回の「魚の目」でも触れた、3月27日開催された有志国首脳会議に続き、4月4日、NATO外相会議がブラッセルで開かれた。NATOのホームページでは、「NATO外相がヘーグで開催予定の首脳会議の基礎作業を進める傍ら、NATO事務総長は、力を通ずる安全保障を再確認し、ウクライナを支持する」と高らかに発表した。
参考:NATO外相会議リンク

最新の動きとして、4月11日、欧州など50カ国はブラッセルで、国防相らの会議を開催。210億ユーロ(約3兆4000億円)の新たな軍事支援を表明した。この会合は、ウクライナへの武器供与などを協議する「ウクライナ防衛コンタクトグループ」の27回目の会合に当たる。欧米の他、日韓やオーストラリアなどもメンバー。今回は英独が共催。ドイツのピストリウス国防相は「ロシアによる継続的な侵略を考慮すると和平は当面達成できないと考えざるをえない」と述べ、軍事支援が重要だと強調した。
アメリカのヘグセス国防相はオンライン参加にとどまった。対面の会合に米国防省の高官が出ないのは今回が初めてである(日経電子版)。
しかし、形成されるべき欧州軍の形については、今回の会合で新しいアイディアがまとまったという報道はない。「有志軍」の形をとるにせよ、NATOと実質上同じ機能を果たす「欧州選抜軍」のウクライナ配備をロシアが認めることはありえず、その中で、欧州NATOが何を目指すかは依然として輪郭が見えない。

混迷する欧州情勢の中で、2月21日、ジェフリー・サックス・コロンビア大学教授が欧州議会で長時間の証言を行い、それがユーチューブにアップされた。
参考:ジェフリー・サックス教授証言

ジェフリー・サックス教授は、かねてから、ウクライナ、東欧、ロシアに幅広い人脈をもち、筆者の見るところ、ロシアの立場に対しても一貫して均衡のとれた見方をしており、それだけに、欧州議会での思い切った発言は非常に興味あるものだった。関心を持たれる向きには、是非一見をお勧めしたい。何らかの意味で、こういう地道な意見交換が将来への布石になることを期待するものである。