東郷和彦の世界の見方第十三回 ウクライナ和平の動向(その13)

▼バックナンバー 一覧 NEW!2025 年 4 月 24 日 東郷 和彦

トランプ和平案リークの行方。

4月13日付けで作成した、前回第12号は、なにはともあれ、4月11日、ウイトコフ特使がロシアを訪問し、プーチン大統領と4時間を超える会談を行ったことが、ハイライトとなった。直後に、トランプ大統領のSNSが「ロシアは動き出さねばならない」という短い発表をしたが、プーチンに対する非難とまで解する必要はない状況となった。ヨーロッパ諸国及びゼレンスキーからは、直に激しい批判がでたわけでも、ウクライナ戦争に直結する政策動向がでたわけでもないところで、4月13日は暮れていったと思う。

第一幕
プーチン・ウイトコフの話し合いは、その後に起きる何らかの対話の進捗の予兆となったにちがいない。従って双方から矢継ぎ早に、自分の立場を強化する公開メッセージがだされることとなった。
筆者の見るところ、まず最も激しい怒りのメッセージを出したのが、ゼレンスキーであり、4月13日午後7時52分のCBSニュース「60分」に出演、アンカーの激しい議論に乗った形で、徹底的にプーチン批判を行った。バイデン時代の四年間の言説を更に強化しているとしか思えない徹底的なプーチン批判だった。ご関心あれば是非ご覧いただければと思う。
参考:60分

第二幕
これに対する反発は当然起きた。一つは、トランプからである。
まず、4月14日、ホワイトハウスでエルサルバドルの大統領との会談が行われた際、記者団の質問に対し、「この戦争は、自分が大統領だったら絶対に起こさせない戦争だった。これを起こさせたのは、バイデン、ゼレンスキーであり、プーチンも戦った」と発言。プーチンを批判した部分があるので、日経電子版は「プーチンは始めるべきでなかった」と述べたことを見出しにとったが、筆者には、怒りの焦点は、バイデンとゼレンスキーだったと感ぜられた。
参考:トランプとエルサルバドル大統領との会談

バイデン、ゼレンスキー批判のトーンが明確にでたのは、4月14日午後11時12分のSNSで「ゼレンスキーと、屈折したバイデンが、この恐ろしい戦争を起こさせた」との強い批判である。ここにはプーチン批判のニュアンスは無い。
参考:トランプ大統領のSNS

トランプを補佐する人たちの中で、唯一人、プーチンと直接の対話をする立場に立つウイトコフ特別代表も、4月14日の07:30のFOXニュースで短いけれども非常に重要なことを述べた。筆者の聞き取った主要点は以下のとおり。

① 自分と三回目のプーチンとの話し合いは5時間に及ぶ非常に重要なものだった。プーチンは、「停戦」を超える永続的な平和を求めている。
② 五つの領土(筆者注:クリミア、ドネツク、ルハンスク、ザポロジア、ヘルソン)の問題もあるが、安全保障、NATO不参加その他非常に複雑な問題がたくさんある。
③ しかし我々は、何か新しいものの縁にいる。米ロ関係を再構築する可能性があり、それは米ロ関係にパートナーシップと安定性をもたらす。
参考:FOXニュースにおけるウイトコフ特別代表コメント

第三幕
ロシア側も負けてはいなかった。主先鋒の役割を果たしたのは、ラブロフ外相だった。
第一に、第12回で紹介した4月11日のCIS外相理事会での発言に続き、4月12日アンタルヤ外交フォーラムでの発言中でメディアの質問に縦横に答えた。基本は冷戦後の歴史を振り返り、「問題を解決し永続的な平和を確立するには、根本原因を除去すること以外に道はないこと」を強調した。
具体的には、「2008年のブカレストのNATO首脳会議で採択された宣言にウクライナとジョージアが加盟することが書かれたこと」「かってウクライナ・ソビエト社会主義共和国であった地域に居住するロシア系ウクライナ系住民は、人権と言語権をはく奪され、基本的な権利を奪われ、ロシア語は、文化、メディアの分野を含むあらゆる教育段階において禁止されたこと」を「根本原因」として縷々述べた。
トランプ政権については「トランプ大統領は、ウクライナをNATOに引き入れたのは大きな間違いだったと、西側諸国の中で述べたほぼ唯一の人物であり、ヨーロッパのどの指導者よりも、今何が起きているかを深く理解している」とそれまでの米国政権とは違った政権であると高い評価をしている。
参考:ラブロフ外相講演

第二に、戦争の現状では、ロシア側が意図的にウクライナ国民を虐殺しているという非難をゼレンスキーが「60分」番組で述べたことに対し、ロシアのマスコミに正面切っての反論を述べた。
最近のロシアによるウクライナ市民の虐殺報道としては、4月5日の南ウクライナのドニエプル・ペトロフスク州のクリヴォイ・ログへの攻撃があったが、今回非難の対象になったのは、ウクライナ北東部のスムイであり、クリヴォイログの時と同様、ゼレンスキーはロシアの虐殺を強く批判した。
ラブロフは、4月14日のコメルサント紙に、「スムイで攻撃を受けた建物の中に誰がいたのか、事実は解っている。ウクライナ軍司令官と西側諸国の同僚たちが、傭兵か何かに扮して別の会合を開いていた。誰もがそのことを知っている。」と述べ、その旨、外務省HP4月14日16:13に掲載された。
参考:コメルサントにおけるラブロフ外相コメント

普段は筆者の知る限り表立った動きはしない、ナルシュキン対外諜報庁(SVR)長官も、いささか目立った動きをしたように見える。
4月14日には、ルカシェンコ・ベロルシア大統領を訪問し、「ロ米間では非常に緊密な対話が行われており、露米関係を四年間にわたり完全に壊したバイデン時代とは対照的であること」「ロシアの和平合意の条件は不変で、ウクライナの非核化と中立化、非軍事化と非ナチ化、2014年のクーデタ―後に制定されたあらゆる差別的法律の撤廃が明確に盛り込まれている」と述べている。
参考:ナルシュキン長官4月14日コメント

ナルシュキンは更に4月16日11:10発でロシア国内向けの情報伝達の場であるRTで、上記と全く同じ表現で「和平合意の条件には、ウクライナの非核・中立、非軍事化と非ナチ化、2014年のクーデタ―後に制定されたあらゆる差別的法律の廃止が含まれることは間違いがない」と述べている。
目立たない形ではあるが、ここに「国境線をどこにどういう形で引くか」の言及がハイライトされていないことが興味深い。
参考:ナルシュキン長官4月16日コメント

さて、次の舞台を観察する前に、トランプの周辺でウクライナ終戦をめぐって、いわゆる「ネオコン派」と「ディール派」の対立があるのではないかという論調が再び高まってきたので、それを三つ紹介しておきたい。

第一:4月12日アレクサンドル・メルキューリ 「ウイトコフとケロッグの対立」
参考:メルキューリの意見
第二:4月15日ギルバート・ドクトロー 「クレムリンはトランプの外交政策チームの矛盾に留意している。
参考:ドクトローの意見
第三:4月16日ジェームス・カーデン「大きな分裂:トランプの国家安全保障チームは内部分裂している」
参考:カーデンの意見

第四幕
4月16日から18日、パリがウクライナ戦争をめぐる久方ぶりの大舞台となった。アメリカとウクライナとヨーロッパNATOの首脳部が大挙して集合したのである。ロシアからの参加は無かったが、マスコミには、アメリカから電話で必須な情報は伝えられたことが報道された。
アメリカからは、ルビオ国務長官、ウイットコフ特使、ケロッグ・ウクライナ担当特使が参加した(日経電子版)。
ウクライナからは、イエルマルク大統領府長官、シビハ外相、ウメロフ国防相他が到着した(ウクライナ外務省17日発表:NHK報道による)。
欧州側では、マクロン大統領がニュースの中心になったのはいうまでもないが、英国のラミー外相、ドイツのプレトナー外交安全保障顧問も参加した(日経電子版)。
関係者がパリに集まるに応じ、五月雨式に様々な情報の発表、または、リークが始まった。

▼4月17日、米仏ウクライナほか関係者の協議のあと、フランスのバロ外相は、「ウクライナの停戦に向けた動きにヨーロッパが関与できないのではないか」と恐れていたとしたうえで、「ヨーロッパ、アメリカ、そしてウクライナの関係者が初めて一緒に協議した」と意義を強調。マクロン大統領は、自身のSNSで「トランプ大統領の提案を支持し、ゼレンスキー大統領にも直接内容を伝えた」と伝えた(NHK報道)。
▼ 同じく4月17日アメリカ国務省の定例記者会見で、タミー・ブルース国務省報道官も「流血をやめさせるために、ルビオ国務長官、ウイトコフ特使、ケロッグ・ウクライナ担当特使が欧州のパートナーと協議をしていると発表。
参考:米国務省会見
▼同じく4月17日、ロシア外務省は、パリ訪問中のルビオ国務長官とラブロフ外相が電話で協議、ルビオ国務長官は、ウイトコフ特使と共にウクライナやフランスなどの代表団と会談したことを報告。ラブロフ外相は、ウクライナ危機の根本原因を確実に取り除くため、アメリカ側と引き協力していくと伝えた(NHK報道)。
▼ 4月18日に入ると、ルビオ長官が「停戦に意味のある進捗をこれからの数日間の間に生み出すことができないなら、ウクライナ戦争を終わらせる努力からアメリカは撤退する」とくりかえし述べたという報道が、世界中を席巻した(4月18日午前4:57ETニューヨーク・タイムズ電子メッセージ、日経電子版も同趣旨を繰り返し報道)。
▼これと軌を合わせる形で、4月18日、トランプ大統領もワシントンで記者団の質問に答え、「何らかの理由でどちらかが合意を難しくするなら、『あなたたちは愚かで怖ろしい人たちだ』と言って(仲介を)見送るだけだ。そうならないことを祈っている」と述べた(4月19日経電子版)。
▼4月18日、ロシアも直に反応した。ペスコフ大統領補佐官は、「アメリカとの協議に一定の進展はあるが、かなり複雑だ。議題は簡単なものではない。」と述べた(NHK報道)
▼以上「数日で合意案が成立しなかったら、アメリカは手を引く」という発言にもかかわらず、ルビオ長官の最後のメッセージは「米国の提案について誰も否定しなかったし、テーブルから立ちさらなかった。各国が自国で数日かけて熟考し、来週(筆者注:4月21日(月)以降)をめどに、ロンドンで、ウクライナ停戦をめぐる欧米高官協議を開く」というものだった。まずまずの成果と言わねばならないのではないか。
▼この前向きの動きに花を添えるように、4月19日には、ロシアとウクライナ各246名の捕虜交換が行われたことが発表された(朝日電子版)。


第五幕
さてここで事態は少し予期しなかった更なる「小休止」のような事態に入った。

▼プーチン大統領から「復活祭にちなんだ小規模停戦」が世界に向かって提案されたのである。発表の仕方は事前によく検討した様子がうかがわれ、
4月19日18時から4月21日0時まですべての軍事作戦を停止すると指示。
参考:ロシア大統領府HP
ゲラシモフ参謀総長を執務室に招致して伝えられたこの指示の様子は、ロシア内部の命令伝達の様子がよく伺える。クレムリンで最近導入されている自動翻訳のボタンを使えば、直に全文日本語になる。ご関心あれば、興味深いと思う。
▼さて、4月21日0時、復活祭休戦期間が終了した。
その直後のNHKの報道では、ウクライナ側は「ロシアによる96回の襲撃や1882回の砲撃を主張」、ロシア側は「ウクライナによる444回の砲撃と900回の無人機攻撃を主張したことが伝えられた。
▼ペスコフ大統領報道官は、すでに4月20日、停戦期間の延長措置はとらないと表明(日経電子版)。
▼ プーチン自身も、4月21日 16時45分 いわゆる「クレムリン番」の記者をクレムリンの一角に集めて、8分間あまり、いささか含みのある総合評価を行った。これもまた、以下のリンクから入り、日本語自動翻訳で読むと、プーチンの発想が良く解って興味深い。
参考:プーチン大統領コメント
① 全体的に、敵側の戦闘活動は減少傾向にあった。これは本当である。これはわれわれの戦闘指揮官 の評価でもある。
② それにもかかわらず、違反は4900件。航空機型無人機による攻撃が6回、攻撃の試みが90回、砲撃が400回。
③ 21日ゼレンスキーが逆提案してきた「30日間の民間インフラの攻撃停止」については、何が「民間インフラであるかはよく検討しなくてはならない」として具体例を挙げて説明した。
参考:ゼレンスキー大統領提案

第六幕
さてここでまたいささか驚くべき事態が発生した。なにはともあれ、事態はパリ会議からそのフォローとしてのロンドン会議へと動き出していたのである。
ところが、なぜかその大事な時に、原因の程は今の筆者には解らないが、アメリカ案自体が幾つかのソースからバタバタと漏れ始めたのである。

① まず4月20日のウォールストリートジャーナルがその内容を報道した(日経電子版でその骨子を紹介)。ちょうど同じころ、NHKモスクワ特派員からロシアの要人への丹念な取材に基付き、アメリカ提案の更なるニュアンスが報道された(NHK報道)。
② 更に正にそれと相前後して、米国のAXIOS誌に「トランプの平和への『最終提案』は、ウクライナに対して、ロシアの占領受け入れを要求している」という標題の下で、アメリカ提案が発表されたのである。
③ テレビでは、4月23日の「深層ニュース」でその内容が説明され、読売新聞に掲載される由。
④ もちろんこれらの報道は、文書で作成された提案の紹介とその解説であり、文書は骨格的性格しかもっていないが、それでも今の段階でその内容を、AXIOS記事を見ながら、筆者なりに整理しておくことは今後の交渉の流れをフォローする意味でも意義があると信じたい。
参考:AXIOS誌記事

(1)ロシアがトランプ提案で得るもの
① ロシアのクリミア支配の「法的De Jure」な承認
② ルハンスク州のほぼ全域、及びドネツク、ヘルソン、及びザポロジア各州の占領地域の「事実上De Facto」の承認
③ ウクライナはNATOの構成員とならない約束。ウクライナは、EUのメンバーになることはできる。
④ 2014年以降果たされた制裁の解除
⑤ 米国との経済協力の推進、特にエネルギー及び産業セクター。

(2)ウクライナがトランプ提案で得るもの
① ヨーロッパの不特定(アドホック)諸国及び非ヨーロッパの同志国を活用した「堅固な」安全保障。この平和維持部隊がどのように活動するかは漠然としており、米国の参加は書かれていない。
② ロシアが占領しているハリコフ州の小領域の返還
③ 南ウクライナの前線を流れるドニエプル河の無害通航
④ 再建のための補償及び支援。そのための資金が何処から来るかについては触れられていない。

(3)計画のその他の要素
① ザポロジア原子力発電所―欧州の最大規模―はウクライナ領土と考慮され、米国によって運営され、電力はロシアとウクライナの双方に提供される。
② 米ウクライナ鉱物取引が言及されている。トランプが、4月24日には署名されるといっていたものである。

最終幕
事態は更に急激に動いている。
① まず、ロンドンで予定されていた、アメリカ、ヨーロッパ会議にはルビオ国務長官もウイトコフ特別代表も欠席することとなり、アメリカからは、ケロッグ・ウクライナ問題特別代表のみ参加。当面この会合の重みはなくなったように見える。
② ゼレンスキーは、22日(火)の記者会見で、「クリミアのロシアによる承認については、『正式な提案』は聞いていない」とし、「ロシアによるクリミアの占領は認めない」と強調した(NHK報道)。トランプ大統領は、自らのSNSであるTruth Socialの4月24日1:00AMに「ゼレンスキーが行ったような煽動的な発言ほど、この戦争を終わらせることを難しくするものはない。彼は誇るものは何もない。ウクライナにとっての状況は悲惨なものだ。彼は平和を獲得するか、または更に三年闘い続け、国のすべてを失うかだ」と述べた(抄訳文責筆者)。
参考:トランプ大統領SNS投稿
③ 一方同じ22日(火)、ホワイトハウスの報道官は、ウイトコフが今週後半、四回目のプーチンとの話し合いのためにモスクワを訪問すると発表した。ロシア側が繰り返している「根本原因(Root Cause)の解決」にアメリカ提案が踏み込んでいない以上、この会合は極めて大きな意味を持つ。
④ プーチンは、ウイトコフとの話し合いの環境づくりをめざしてか、21日(月)ウクライナとの二国間協議を提案。ゼレンスキーは音なしの構えと見える。更に、22日(火)、ペスコフ大統領報道官をして「ゼレンスキーが提案した双方の民間インフラへの攻撃停止を検討する用意がある」と表明した(いずれもロイター)。
⑤ しばらくこれらの接触・交渉がどこを向くか様子を見ることとしたい。