東郷和彦の世界の見方第二十回 ウクライナ和平の動向(その20)
トランプ・プーチン会談後の5週間で見えた、欧州の“対ロシア恐怖症”がもたらしそうな未来とは?
8月18日付けでアップした前号第19号は、本連載を始めてからの一つの頂点だったと思う。8月15日のアンカレッジにおけるトランプ・プーチン会談は、トランプ政権成立以来最も重要な和平への方向付けをしたものであり、これに追加して行われた8月18日のワシントンにおけるトランプ対ゼレンスキー+欧州主要国会合は、この米露アンカレッジ会談を補完するものであった。
本20号は、9月24日、前号からちょうど5週間が経過した日付けをもって上梓するものでありこの連載を始めてから最長のインターバルとなった。この間に様々な曲折はあったが、9月22日までの最初の三幕は前号第19号と大筋同じ方向で事態は推移しているかに見えた。
ところが最終幕の9月23日及び24日、事態は一見大転換し、これまでのペースでの和平交渉が進むかどうか一見わからない状況になった。その現状の意義を「エイヤッ」と取りまとめたのが、末尾の「最終幕結論」である。時間のない方はそこだけでもどうぞ。
第一幕(8月18日から8月31日)
まずは18日のホワイトハウスにおける欧州勢とトランプとの会合について前号では十分にカバーしきれなかった情報を収録し、ワシントン会合の意味を考えておきたい。まず、ホワイトハウスの公式記録が以下の通り掲示された。公式記録であり、珍しい例なので、紹介しておく。
参考:ホワイトハウス公式記録(操作すれば、日本語への同時翻訳も見ることができる)
会談は、トランプとゼレンスキー会談、更に欧州から、英・仏・独・伊・フィンランド・マーク・ルッテNATO事務総長・ファンデルライアンEU議長が加わった協議に移行した。ゼレンスキーを始めとする欧州勢は、トランプと円滑な形で会談を進めることに細心の配慮を払ったことがうかがえる。上記公式記録で欧州勢が一斉にトランプの和平努力を称賛していること、会談でゼレンスキーが着用していた「軍服調の黒いスーツ」(2月28日にゼレンスキーが着用していた軍服が礼を失するとして批判された)「オレナ・ゼレンスカ夫人からメラニア・トランプ夫人に充てた手紙」など皆その配慮の表れである。
しかしながら、会談の正確な中身については、「トランプ氏は、ウクライナの長期的な『安全の保障』のため欧州とともに米国も支援に加わると明言」「ゼレンスキーは記者団に「安全の保障」の一環として欧州の資金援助で900億ドル規模の米国製武器を購入する計画を米欧首脳と話し合った」等の報道が乱れ飛んだが、いずれも内容については定かでない(日経電子版)。更にあえて言えば、欧州勢の発言はすべて「ウクライナの安全保障をどうやって守るか」という点に議論も報道も集中し、一人からも「ロシアの安全保障をどうやって守るか」の議論はでてきていない。
この間、アメリカ側の対ロシア交渉の中核を担ってきたのがウイトコフ特使であることは衆目の一致するところであるが、8月22日トランプが自らのSNSに収録したフォックスニュースにおけるウイトコフインタビューが興味深い。
参考:トランプ大統領のSNS投稿
トランプがウクライナ和平に対して大きな指導力を発揮していることを強調し、アラスカ会談を期として「停戦合意」先決政策を変更し「和平合意」構築に正面からあたり始めたことの意義を指摘し、ウクライナとロシア双方の安全保障の重要性について述べている。
更に8月24日、バンス副大統領が、米NBCテレビのインタビューで、「ロシアが3年半に及ぶ交渉で初めて核心的な要求の一部で柔軟性を示した」「戦後にウクライナが領土保全を保持することで譲歩した」「ウクライナに傀儡政権を樹立できないと認めた」等述べた。その意味するところ必ずしも明確ではないが、トランプ政権の中核がそういう印象をもったということかもしれない(日経電子版)。
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他方、ゼレンスキーと欧州NATOリーダーは、ウクライナの安全保障をウクライナの勝利の上で実現するという基本政策を変えていない。この固着に対して、ロシア側はロシアの求める条件闘争を実現するために様々に反論を試みている。この時期は、その大部分は、ラブロフ外相がひきうけている観がある。
(1) まず、8月19日に行われたVGTRK(ロシアのテレビ局)によるインタビューがある。
最も重要なインタビューなので、最重要点のみ意訳する。
①特にアラスカ会談以降、トランプとその周辺は、問題の根本原因に対処することが必須であることを認識し、問題解決のために、欧州勢に比較し、はるかに現実的なアプローチをとり始めた。
②根本原因の一つはロシアの安全保障上の懸念であり、NATOの東方不拡大についての約束に対する組織的な約束違反である(OSCEサミットにおける「安全保障の不可分性」について詳細に発言)。
③ウクライナにおける民族的ロシア人及びロシア語話者の完全な権利の容認なしに、永続する合意は不可能である。
④クリミアにしても、ドンバスにしても、ノヴォロシアにしても、その土地自体が我々の目標ではない。何世紀にもわたりその土地に住んでいた人々の権利を守ることが我々の目的である。
(A)このインタビューは、先ずロシア外務省HPに英文フルテキストとして以下のとおり紹介された。
参考:ロシア外務省HP
(B)この発言がいくつかのユーチュウブで紹介されている。
・日本語に全文が翻訳されているのが、8月20日の「グローバル政経チャンネル」である。必ずしもすべて正確ではないが、大要は把握できる。
参考:グローバル経済チャンネル
・英語のラブロフの発言そのものも、相当部分がカット・編集されているがユーチュウブに以下の通りTOI(Time of India)において紹介されている。
参考:TOI
(2)更に8月20日ラブロフ外相によるジョルダン外相との会談あとの記者会見後の発言がある。英語発信であるがその場で日本語への自動翻訳が可能である。
参考:ラブロフ外相の記者会見後発言
(3)ついで8月22日プーチン大統領による原子力産業若手職員との会合がある。
「トランプ政権でトンネルの先に光が見えた。しかし米国はNATO諸国との関係もあり、一足飛びに物事は動かないことは理解しなければいけない。しかし良い方向に進行することを希望している」との発言に実感がこもっている。英文自動翻訳で読める。
参考:ロシア大統領府HP
(4)再びラブロフに戻って、強い印象をうけるのが、8月25日、米国NBCニュースの人気番組Meet The Pressにおける強烈なやりとりである。英語インタビューではあるが、以下のユーチュウブは一見に値すると思う。
参考:Meet The Press
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なお8月22日に偶々アップされた雑誌新聞記事とユーチュウブにおける議論が問題の本質をついており、大変興味深い。
参考:8月22日雑誌Responsible Statecraft (日本語同時翻訳つき)
ニコライ・ペトロ「ウクライナの平和のためには、ロシアの安全保障も必要である」
参考:8月22日ユーチュウブ「ウクライナとの外交交渉の終わり」
メルクーリ・ディーセン・ミアシャイマー
Alexander Mercouris, Glen Diesen, John Mearshymer
End of the Line of Diplomacy with Ukraine
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最後にウクライナ内部で起きた事件を二つ記録しておきたい。
(1)まず8月27日、ウクライナ政府は、これまで18~60歳の男性の出国を原則禁じていたのを、18~22歳の男性について出国を許可する規定を公表した。ウクライナでは、24年にそれまでの徴兵年齢「27から60歳」が「25歳から60歳」に引き下げられた。ウクライナのネット・メディアは22歳の海外渡航を認める見返りとして、徴兵年齢を更に23歳からに引き下げることが検討されていると報じた。本件の意義については様々な論評が欧米で行われている(日経電子版)。
(2)ついで8月30日ウクライナ最高会議の元議長のアンドリー・バルビー氏が西部リビウの路上で何者かに射殺された。バルビー氏は、ウクライナにおける愛国右派のリーダーとして知られており、ゼレンスキーは直に「ロシアが仕掛けたテロ行為」として激しく非難した。しかし、ことはそう単純ではないという見方が各所からあがった。
① Ian Muirというスコットランド、Lussiemouth在住の政治アナリストは、彼がウクライナのネオナチの代表格であり2014年のマイダン革命を含む様々な過激作戦に全面的に関与していたと直に具体的に論述した。
② 8月31日Nadezhda Romanenkoというモスクワの政治コメンテーターは、彼があまりにも多くのことを知りすぎたので、ウクライナの中の過激派の内部争いの結果殺されたという説をRTに掲載した。
参考:RT
③ 同じく8月31日のロシア紙BZGLYADは、Rafael Fakhrutdinov 記者の記事を掲載し「極右内部の抗争から新たなクーデターの首謀者の排除に至るまで、いろいろな可能性がある」と論じた。
参考:BZGLYAD(日本語への同時通訳付き)
第二幕(8月31日~9月5日)
さて次の焦点は、中国から極東に移る。ロシアを代表して全面的に動いたのはプーチン大統領であり、四つの行事への出席が軸となった。
(1)第一の天津で行われた上海協力機構出席関連の日程は、以下のとおりである。
出席国からは加盟10ヵ国の首脳、オブザーバー国モンゴルの大統領、対話パートナー国11か国の首脳が出席、国連のグテーレス事務総長も出席。
習近平主席は、「冷戦思考や陣営対立、いじめ行為に反対する」「多国間の貿易体制を支持し、平等で秩序ある世界の多極化を提唱する」と述べた。更に「上海協力機構開発銀行の早期設立の意向を表明」(新華社・NHK報道)
プーチン大統領の日程は以下のとおり(クレムリンHP)。
8月30日 中国紙「シンフォア」インタビュー掲載
8月31日 SCO歓迎会
アルメニア首相との会談
9月1日 SCO加盟国首脳会議 07:30
モディインド首相との会談(以下同)
エルドガントルコ大統領
SCOプラス12:05
参考:ロシア大統領府HP
ベトナム首相
タジキスタン大統領
イラン大統領
ネパール首相
中国紙「シンフォア」に掲載されたインタビュー全文は以下のクレムリンHPからまず英語で読むことができる。自動翻訳で日本語がついている。
参考:プーチン大統領インタビュー全文
まず張鼓峰事変からノモンハン事変と、赤軍が満州と中国の接点で日本軍と戦ったと述べ、1945年の満州戦略攻撃戦によって北東中国を開放し、極東における状況を激変させ軍国日本の降伏を必須なものにしたと述べている。
ついで中国の英雄的な戦いが1941年から42年という最悪な年月において日本の対ソ連攻撃を抑止し、赤軍がドイツを破り欧州を開放することを可能にしたと述べている。
現代に話が及ぶと欧州でソ連が対ナチ戦で果たした役割を無視し復讐主義とネオナチズムが勧奨されるとともに、日本では、空想的中国・ロシアの脅威があおられ軍国主義が復活していると述べている。
最後に「ソ連及び中国の国民がドイツのナチズムと日本の軍国主義とともに戦ったことは私たちにとって永続する価値である」と結論ずけている。
3日の天安門広場における習近平・プーチン・金正恩共同閲兵の情景の背後にある、ロシアにとっての第二次世界大戦の記憶を最も直截に物語っているように見えるので、ここに紹介した次第である。
しかし、ウクライナ戦争との関係で最も興味深いのは、1日930から行われたSCO加盟国首脳会義で行われたプーチン演説における該当部分である。演説自体はロシア語で行われているが、クレムリンHPでは、直に英語翻訳文及び日本語翻訳文を読むことができる。
参考:ロシア大統領府HP
「ウクライナをめぐる危機はロシアの攻撃から生じたものではなく、西側の支援と挑発によって起きたウクライナにおけるクーデター(注:2014年2月マイダン革命)の結果であり、このクーデターを拒否し、受け入れなかったウクライナの地域と国民を軍事力によって抑圧しようとした試みから生じたものであることを認識してほしい。危機の第二の原因は、ウクライナをNATOに引き入れようとする西側の継続的な取り組みである。これは我々が長年にわたり繰り返し強調してきたように、ロシアの安全保障に対する直接的な脅威である。最近、アラスカで開催されたロシアと米国の首脳会談で達成された理解も、この方向に進み、ウクライナの平和への道を切り開くことを期待している。アラスカ米露首脳会談については、各首脳との個別会談で詳しくお話しする。当然、ウクライナ問題の解決が持続可能かつ永続的なものとなるためには、危機の根本原因に対処し、安全保障分野における公平なバランスを回復しなければならない。」
プーチンの面談リストは天津・北京合わせて10名を超えるので、アンカレッジでの米露二国間会談の内容は、格好のブリーフ材料になったにちがいない。
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(2)第二に北京で行われた首脳会談関連の日程は以下のとおり。
9月2日 習近平とモンゴル大統領三者協議0615
中露交渉 1100 (多数から少人数お茶会)
スロバキア首相 1240
パキスタン首相 1420
セルビア大統領 1610
中露交渉の概要は以下の通り。
まず交渉の冒頭発言は以下の通り。クレムリンHPによる。
参考:冒頭発言 ロシア大統領府HP(英語及び日本語への同時翻訳あり)
短いものであるがプーチン大統領発言のポイント以下のとおり「2015年と同様に、両国が偉大な勝利を共に祝うことには特別な意味がある。それは、第二次世界大戦で両国国民がヨーロッパおよびアジア戦線で特別の役割を果たしたことを確認し、その歴史的真実を共に守り続けることの証明である。私たちの祖先は平和と自由のために巨大な対価をはらった。我々はそれを忘れない。私たちは1930年代と1945年における協力を忘れない」
中露会談において両首脳は、エネルギーや宇宙、人口知能(AI)、科学研究に関する20以上の二国間協力文書に署名した。
ロシア国営ガスプロムのミレル最高経営責任者(CEO)は同日、中露を結ぶ天然ガスパイプライン「シベリアの力」の供給量を年間380億から440億立方メートルに増やすことで中国石油集団(CNPC)と合意したと明かした。ロシアメディアが伝えた。
中国外務省は、同日中国を訪れるロシア人に向けに短期滞在ビザを免除すると発表した。入国から30日以内の短期滞在が対象で、15日から1年間適用する。
会談後両首脳は、少人数のお茶会を開いた(日経電子版)。
2日に行われたそれ以外の二国間会談では、ロベルト・フィコ・スロバキア首相との対話が注目された。
スロバキア首相 1240
参考:スロバキア首相との会談 ロシア大統領府HP
ウクライナ問題に関する大統領の発言ポイント以下のとおり。「ウクライナのEUへの参加に我々は異議を唱えたことはない。NATOは別の問題である。ここではロシアの安全保障の確保がかかっている。これは我々にとって短期中期長期の問題である。ウクライナのNATO参加は認められないということである。ウクライナの安全をどう考えるかはもちろんウクライナの問題である。しかしウクライナは自分の安全保障を他国の犠牲において、特にロシアの犠牲において実現することはできない」。
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(3)9月3日「抗日戦戦争勝利80年記念式典」
軍事パレードは、9月3日午前10時に開始され、70分行われた。新華社によると、26人の元首・首脳が参加した。SCO首脳会議には欠席していたインドネシアのプラヴォ大統領は急遽かけつけた。他方インドのモディ首相は欠席した。
マスコミの注目は、習近平を真ん中に、その右側にプーチン大統領が、その左に金正恩書記が座ったひな壇に集まった。北朝鮮をプーチンの次の賓客として扱ったのは大変興味深く、今後の北朝鮮と中国及びロシアとの関係について様々な議論を呼ぶこととなった。また、式典で中国側が展開した武器の内容についても様々な解説が行われ、これもまた、興味深いことであった。
他方、ウクライナ戦争及びそれに対するプーチンの考え方については、すべての行事が終わってからプーチンが同行のロシア記者団に語った内容が非常に興味深い。クレムリンのホームページで全文英語または日本語に翻訳して読むことができるが、特に興味深い点を挙げれば以下のとおり。
9月3日17.25 北京
参考:ロシア大統領府HP
① (戦争の評価)2022年3月から4月のイスタンブール交渉で、ウクライナ南東部において住む人の権利を尊重することでほぼ合意に達した後、我々がキーエフ近郊から兵を引いた直後に状況が一変し、「我々が勝つかあなたが勝つかの択一だ」ということになった。しかし今のアメリカの政権は、問題解決のための真剣な意思を持ち我々はトンネルの終わりに一定の光をみるようになった。交渉がどうなるか見てみよう。うまくいかなければ、武力によって問題を解決するほかはない。
② (EUが軍事組織化しているがウクライナの加盟を認めるのか)どの国も自国の安全保障のための組織を選ぶ権利がありウクライナもしかりである。しかしいかなる国も他国の安全を犠牲にして自国の安全保障を求めることはできない。ウクライナの場合「他国」とはロシアのことである。我々は長くウクライナのNATO加盟に反対してきたが、EUへの参加を含め、経済及びビジネスについての活動に反対したことはない。
③ (安全保障と領土のトレードについて)われわれはそのように議論したことはない。「安全保障」はウクライナを含めてすべての国にとって当然のことである。しかしこのことは、領土の交換とは関係しない。我々は領土のためではなく、そこに住んでいる人たちが自分の言葉と文化と歴史を守ることができるために戦っている。国民投票を含めて特定の人たちが、ロシア連邦への帰属を求めるなら、その人たちの希望は尊重されねばならない。
④ (数時間前にメルツ独首相がプーチンのことを「現代におけるもっとも深刻な戦争犯罪人だ」と言ったが)彼自身、彼の国、「西側全般」がウクライナで引き起こしている悲劇をごまかすための「失敗しつつある」試みである。2014年に独仏ポーランドの外相がヤヌーコビッチ・ウクライナ大統領との間で「紛争を平和的に法的に解決する」という合意を結んだが、その翌日にクーデタが発生しヤヌーコビッチが放擲された。署名したどの国も法的な土俵に事態をもどそうとはしなかった。これが紛争発生の原因である。
⑤ (9月3日の軍事パレードについてトランプが、習近平に対し「あなたが共に陰謀を企てているプーチン大統領と金正恩総書記に対しよろしくと伝えてほしい」と述べたことについて)トランプ大統領がユーモアに富んだ人であることは皆が知っている。他方、過去4日間の複雑な交渉や話し合いの中で、いかなる首脳からも現在のアメリカ政権について否定的な発言が行われたことはなかった。またどの首脳も例外なくアンカレッジにおける米ロ会談を支持した。彼らすべてが米露の立場、そのほかの紛争国の立場が、武力紛争の終結に至ることへの希望を表明した。これは皮肉でも冗談でもない。
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(4)9月5日「東方経済フォーラム」(於ウラジオストック)
中国・極東への最後の行程としてプーチン大統領は、9月5日、ウラジオストックで開催されていた「東方経済フォーラム」の全体会議に出席した。ウクライナ戦争との関係では、「ロシアとウクライナとの双方の安全が保障されるべきだ」という基本論をくりかえした。
第三幕 9月5日~9月22日
中国・極東の主要行事が終わってから、いくつかの細かいニュースが流れた。大した意味はないかもしれないが、「ウクライナ・ヨーロッパに若干の焦りが見える」としめくくると、筋があるかもしれないし、最終幕で起きていることへの手掛かりになるかもしれない。
5日 リトアニア国防省幹部は、米国防総省から2026年度会計年度に軍事訓練などに関する支援プログラムを打ち切るという通知があったと発表した(日経電子版)。
6日ゼレンスキーは、「軍が使用する兵器のうち自国産の割合が約6割に達したと明らかにした。国防省情報総局のユソフ報道官はロシアがウクライナとの戦闘で使用した砲弾の40~60%が北朝鮮製との見方をしめした」(日経電子版)。自国有利という発表は、本当にそうなのか、発表によって政治目的を達成しようとしているのか要注意。
10日フォンデアライアン欧州委員長はロシアが連れ去った子供について「拉致された子供はつれもどさなければならない」と訴え帰還実現に向けた首脳会議を開催すると表明した(日経電子版)。しかしこの話はロシア・ウクライナのイスタンブール交渉の第二回と第三回会合で相当の話し合いが進んでいたのではなかったのか。なぜことさらの「ロシア悪玉論」なのか?空気が少しきな臭くなっていく中で、トランプ・プーチン・ウクライナ及び欧州NATO三者の間で複雑に絡み合う事件が少なくとも三つおきたのである。
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(1)まず、9月10日「ロシア軍によるポーランド領のドローン攻撃事件」がおきた。実態についてラリー・ジョンソンは11日「10日夜米東部時間、ロシア・ドローンのポーランド攻撃という情報がかけめぐった。しかし11日になって、ポーランド領内に紛れ込んだロシアのドローンの数は4個。ロシア外務省、国防省ともに意図的な攻撃ではなかったと全面否定している」と発表。
ところがポーランドは10日夜以降、「ロシアからのドローン攻撃」との発表を繰り返し、10日のBBCサラ・レインズフォード欧州特派員記事は、「単純にポーランド国内になだれ込んだものではない」と報道。12日のBBC 報道は「オランダとチェコがポーランド軍事支援に乗り出す」と報道、11日マクロン大統領も「ポーランドの領空防衛のため仏戦闘機ラファール3機を配備する」と発表(日経電子版)、欧州NATO側の反応は一挙に先鋭化した。
興味深いのは、このドローン事件についてのトランプの反応と欧州NATOとの反応に明確な差異があったことである。
11日ホワイトハウスで記者団からの質問をうけたトランプ大統領は「あれは間違えで撃ち込まれたかもしれない」と答えた(11日CSPANほか米国内報道多数)。
参考:トランプ大統領コメント
12日安保理の緊急会合が開かれ、ポーランドはロシアの意図的領空侵犯を激しく非難、多数の国がこれに同調、アメリカも「米国が進めている戦争終結のための仲介努力を損なう。ポーランドそのほかのNATO諸国と協議中。NATO領土の隅々まで守り抜く」と、少なくとも全体の雰囲気に合わせて対応したように見える。ロシアの国連大使は「ウクライナの軍事施設に向けドローン攻撃を実施したが、使われたドローンの飛行距離を考えるとポーランドの領空に届くはずはなかった。」「ポーランドとの緊張を激化させる意図はない。調査に協力する」と述べた(日経電子版)。
13日、今度はルーマニアのモテシュアヌ国防相はロシアのドローンが同日領空を侵犯したと発表。隣国ウクライナとの国境付近でレーダーから消えるまで追跡したが被害はなかったと発表した。
なお欧米の専門家は「この事件をもって戦争を拡大するには及ばない」:という見解も相当見られた。①アナトリ・リエヴン(Responsible Statecraft誌):パニックして戦争をロシアに仕掛けるような話ではない。しかし事件は西側の鷹派によるプーチンのNATO攻撃批判の拡大のきっかけになった。②アンドリュー・コルイブコ:事件はNATOによる電波妨害の結果おきたのかもしれない。③オーウェン・マチウス(The Spectator誌):クレムリンが西側の限界を試そうとしているという見方の問題点は、政治的にも軍事的にもそのようなことをしてもあまり意味はないということだ。④アンドリュー・コルイブコ:九月初めに自分がDuda元ポーランド大統領にインタビューしたとき、Duda氏は、2022年11月のPrzewodow事件でポーランドが被弾したさい、ゼレンスキーはポーランドを戦争にまきこもうとしてロシアの責任を追及しようとしたが、自分はそれだけの根拠がないとして、事態が不必要に緊張するのを抑えたと語っていた。
更に9月19日、ロシア戦闘機がエストニア上空を侵犯したと同国政府が発表、22日、国連の安全保障理事会は緊急会合を開き、エストニア外相は「きわめて危険な前例を開くことになる」と述べた(日経電子版)。NATOもまた9月23日、「無謀な行動には断固たる措置をとり続ける」という声明をだした。
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(2)ともあれ、これらの事件は、ヨーロッパがプーチンの意図をさらに強く批判する契機となったことはうたがいない。ここで表見的なトランプの「反プーチン的」な動きが強まりだした。
12日トランプ大統領は米FOXニュース番組に出演、「非常に強硬な姿勢で臨まねばならない」と述べた。ただ具体的政策内容については「銀行制裁や石油関連、関税などで強力な打撃をあたえることだ。しかし既に実行済みだ。多くを講じた」と答え、手段は限られているとの見解を示唆した(日経電子版)。
このような緊張増大の中で13日トランプは、「NATO全加盟国がロシアから石油の購入をやめれば、米国として大規模な対ロ追加制裁をかける意向を自らのSNSに投稿した。
参考:トランプ大統領SNS投稿
このことは一見トランプが大幅に「対ロシア制裁」に舵をきったかに見えるが、しかし、すべての欧州NATOということになると少なくとも一定数の欧州NATOはロシア産石油の輸入を続けている。
ソ連時代から西側論評を共産圏の配布することを本業としているラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)及びラジオ・リバティー(RL)は直に「ハンガリー・スロバキア・トルコ」の三か国はロシアからの石油の輸入を簡単にはやめないという分析を発表した・
参考:ラジオ・リバティー
アンドリュー・コルイブコ氏は、欧州NATOの一部は、インドを通じ「影の商船隊」が供給するものを含めて自国経済の安定化のためにロシア石油を購入し続けていると指摘。ゴードン・ハーン氏は、RFE/RL、アンドリュー・コルイブコ氏の論評を総括したうえで、トランプは欧州諸国にとってロシア石油が持つ多層的な意味をうまくつかって、自分の政治目的を達成しようとしていると論じた。
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(3)しかし、ロシア・ドローンのポーランド領への発射問題にしても、「欧州NATO諸国の全部」という条件をつけたうえでのロシア石油購入国へのアメリカ制裁にしても、トランプのやり方は細かすぎて、よくわからない点があることは否めない。
ロシア側として、自らの考えをもう少しはっきり述べる、乃至実現しなくてよいかという声は当然に出てくる。
① 9月12日から16日までロシアとベラルーシの合同軍事演習「ザーパド2025」が行われた。最終日の16日プーチン大統領は、ロシア西部ニジニノヴォゴロドで演習を視察した。プーチン氏によると12~16日の演習に約10万が参加、陸上や海上の演習場で、航空機や潜水艦などを含む約1万の軍事装備が使用されたという。ウクライナ側の発表では、新型中距離弾道ミサイル(IRBM)「オレシニク」の運用訓練などが行われた。ベラルーシ国防省は、NATO加盟国の米国やトルコなどの代表が視察したと発表した。
演習に先立ち11日、ルカシェンコ大統領は、ミンスクで米政府高官と会談、米高官はウクライナ航空会社ベラビアへの制裁を解除した。ベラルーシ政府は、収監していた52人を恩赦した(日経電子版)。
② 9月15日 ロシアのペスコフ大統領報道官は、ポーランド外相が「NATOはロシアと戦争はしていない」と述べたのに対し、「事実上戦争状態にある」と述べた。RTに掲載された英語全文以下の取り。
参考:RT
③ 9月17日 ラブロフ外務大臣の「大使会議発言」英文以下の通り。
参考:ラブロフ外相発言
9月18日 ラブロフ大臣のチャネルワンでのインタビュー報道以下のとおり(英文及び和文)。
参考:ラブロフ外相インタビュー
ラブロフ外相は、トランプとそのチームは紛争の根本原因に対処する必要があることについて何回も公の場で確認してきたこと、ロシアにとって、NATO要因を考慮した自国の安全保障の確保がとても重要であること、ウクライナの中で言語的・宗教的・そのほかの権利が法的に踏みにじられていること、などを語った。
最終幕 (9月23日~24日)
この二日間で起きたことの意味をどう考えるかは少し時間をかけて考えるほかないと思う。とにかくまず何が起きたのか。
先ずトランプは23日の朝、国連演説を行った。全文以下のとおり。
参考:トランプ大統領国連演説
ウクライナ部分は、演説開始後19:02から22:02まで。
「ロシアが戦争終結に合意する用意がないなら、米国は強力な関税措置を発動する準備ができている。これで流血は止まると確信している。ただし、この関税を効果的にするには、ここに集まった欧州諸国が完全に協調して同じ措置をとらねばならない」という最近トランプが述べていることを確認した発言をした(日経電子版)。更に「戦争では何が起きるかわからない。ロシアは開戦後即座にキーウを陥落させるはずだったが、三年半が過ぎてほんのわずかしか占拠していない。ロシアはみっともない。」という部分を加えて発言された。
23日ゼレンスキーはニューヨークでトランプ大統領と会談した。ゼレンスキーは会合で「戦争を終わらせる方法について議論し、いくつかの有望なアイディアを話し合った。これらが実現することを願っている」と表明した(日経電子版)。米ニュースサイト「アクシウス」は27日ゼレンスキー・トランプの会談の際、ゼレンスキーは、米国製巡航ミサイル「トマホーク」の提供を求めたと報じた(JIJI.COM)。
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さて翌日24日の朝3時55分、トランプ大統領は自身のSNSのTruth Socialに投稿。「ウクライナはヨーロッパ連合の支持により、『元の国境線』をとりもどすことができる」というまったく新しい視点を打ち出した。Truth Social全文以下とおり。
トランプ大統領SNS投稿
筆者が見るこのSNSの最重要点は以下のとおり。
① 「ウクライナはヨーロッパ連合(EU)及びNATOの経済支援により、『この戦争が始まった時点の元の国境線』をとりもどすことは、大いにありうることである。
② ロシアは本当の軍事力があれば一週間もかからずに勝てる戦争を、無目的に3年半も続けている。これはロシアにとって名誉なことではなく、彼らは「張り子の虎」でしかない。
④ ロシアは収入の大部分を「戦争経済」のために使っている。戦い相手のウクライナは偉大な精神をもっており、より良くなり、彼らの国を元の姿に戻し、もしかしたらもっとなしとげるかもしれない。
⑤ プーチンとロシアは大きな経済困難に面しており、今こそウクライナは行動の時だ。
⑤ 我々はNATOに武器を供与しNATOが両国に対してやりたいようにすればよい。両国に幸運を祈る。
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24日ゼレンスキーは国連総会で一般演説。欧州でのロシア軍の動きに関して「ロシアの作戦は欧州各国に拡大している」「ウクライナは最初の標的に過ぎない」「世界は破滅的な軍拡競争に直面している」と述べた。今後について「我々は近代的な兵器をパートナー諸国の安全保障に役立てるため、武器輸出を始めることを決めた」と発言した。
24日ロシアのラブロフ外相とルビオ国務長官は50分ほど会談した。ラブロフ氏は、危機の根本原因の解消へ米国と協調して進める考えをしました。ウクライナや一部の欧州諸国が紛争を長期化する動きを進めていると批判した。ロシア側は、ラブロフ氏が、二国間の外交正常化を進めることを確認したと説明した(日経電子版)。
24日ロシア大統領報道官のペスコフ氏は「ウクライナが戦って何かを取り戻せるという考えは間違っている。我々は『張り子の虎』ではなく、ロシアは本物の熊だ」と、ロシアメディアに語った(日経電子版)。
最終幕結論
24日午前4時のトランプのSNSによる政策転換をいかに考えるべきか。
第一に思いつくのは、これまで何回となくトランプは、プーチンに理解を示す立場と、「根本問題除去」という立場を一歩もひかないプーチンから離れる立場を繰り返している。今回も激しいものではあるがその「ブレ」の一つだという見方である。
第二にトランプのSNSを注意深く読み直すと、①ヨーロッパへの武器の供与(実際には売却)と、②ロシア産石油の販路を断つ(全ヨーロッパNATOの統一行動があれば)、しかしそれ以上のことはしないという構造が透けて見える。③要するにアメリカは、それ以上はしないから、あとはゼレンスキーとヨーロッパでやってくれ、できればよし、できなくてもアメリカはそれ以上は動かないということである。
第三に、更にもっと冷めた目で見てみると、現状で最も喜んでいるのは、ゼレンスキー十ヨーロッパである。アラスカ米ロ会談以降守勢に立たされていたゼレンスキーとヨーロッパは、10日のポーランド・ドローン事件にさいして、ロシアの危険性をプロパガンダと武力配置によって拡大非難し始めた。その拡大非難政策は、ルーマニア、エストニア、モルドバ、デンマーク等に一挙に拡大している。今欧州主要国とウクライナは、危険な事案が起きた時にそれを話し合いの契機に使うのではなく、ロシア非難による緊張拡大に使って猛進している。ラリー・ジョンソン氏が9月27日「ポーランド・ドローン事件の中にウクライナの『偽旗作戦』の可能性をみる」のも、故なしとしない。
ゼレンスキーは全ロシアへの攻撃とロシア石油施設への攻撃を公の軍事目標として日々戦線を拡大している。欧州主要国は自分たちが作り出す「対ロシア恐怖症」に自縄自縛となり「ロシアに対して勝利する罠」の中に入り込んでいるように見える。
最後に、では今ロシアはどう動こうとしているのだろうか。筆者の知るロシア人は、力で締め上げようとすれば、激しく反発してくる。彼らが基本路線を放棄することはないと思う。トランプとの信頼関係をくずさない努力は決して放棄しないと思う。だが限度がないわけではない。ウクライナとその庇護者たるヨーロッパが「敵を知る努力」を怠り続ければ、プーチンが本当の戦闘に入ってくるかもしれない。欧州の平和にとってもウクライナの未来にとっても最も望ましくない姿が、そこに現出するかもしれないと思う。