わき道をゆく第114回 「黒幕」の背後にいるカリスマ
同じ本を4回連続で採り上げるのはいかがなものか。と言われそうだが、今回も菅野完さんの『日本会議の研究』(扶桑社新書)について書く。それだけの価値のある本だからだ。
前回、私は日本会議の問題点は組織の構造が2重、3重になっていて、核心部が外部の目にさらされないことだと言った。
一見、日本会議は〈なんとなく保守っぽい〉各種教団・各種団体の寄り合いにすぎない。が、肝心の事務方を担うのは日本青年協議会(日青協)である。その日青協の裏の顔は、生長の家の創始者・谷口雅春に心酔するウルトラ宗教右翼で ある。
彼らの心を虜にしているのは、谷口の「一切は天皇より出でて天皇に帰るなり」という皇国思想と明治憲法復元論である。
こんなアナクロニズムが人々の情念をなぜ掻き立てるのか?それが信仰の力というものなのかと思っていたら、菅野さんはそれだけではないと言う。
〈誰かいるはずだ。谷口雅春が彼らの前から去った後も運動に参画する多数の人々の情熱を維持し続け、運動に従事する人々の胸を熱くし続ける、谷口雅春に匹敵するようなカリスマ性を持った人物が絶対いるはずだ〉
それは誰か?日本会議の事務総長・椛島有三氏か。首相ブレーンの伊藤哲夫氏か……みんなちがうと言って菅野さんは安東巌氏の名を挙げる。
その名は私の10年前の記憶 にあった。当時、私は村上正邦さん(元労相)の聞き書きをしていた。村上さんは生長の家を母体に参院議員になり、日本会議の礎を築いた人である。
村上 さんは日本会議誕生(1997年)と密接に関わる生長の家の路線転換を説明してくれた。1985年、谷口が他界した後、娘婿の清超が継いだ。
すると、三代目候補の雅宣氏(現総裁)の主導権が強くなり、彼は従来の教義の解釈を変えていった。村上さんの回想。
「雅宣さんは明治憲法復元どころか改憲も主張しなくなった。挙句の果てにあの戦争は侵略戦争だったから日本がアジア諸国に謝罪するのは当然とまで言い、雅春先生の政治に関わりのある著書を絶版にしたんです」
この転換に谷口の薫陶を受けた活動家らが反発した。椛島、伊藤、高橋史朗(後の「新しい歴史教科書をつくる会」副会長)、衛藤晟一(後の参院議員で安倍首相側近)の各氏らだ。
彼らは教団から排除されたり、 自ら離脱したりした。そして政治や教育や国民運動などの各分野で谷口の教えに従った独自の活動を始めることになる。
「ただ」と村上さんは一息おいて言った。「一人だけ雅宣さんが切れなかった人がいた。若手のリーダー格だった安東巌さんです。彼は病に苦しむ多くの人を信仰の力で救い、人望も厚かった。それに雅宣さんから与えられたいろんな課題も見事にこなした。だから、安東さんだけは今も教団に残って神奈川県強化部長の重職を務めてます」
10年前、私はこの話を聞き捨てにした。が、菅野さんは安東氏の実像を徹底的に調べた。そして日本会議の秘密のベールをさらにはがすことに成功した。
菅野さんがまず明らかにしたのは安東氏の病歴だ。彼は高校時代に肺動脈弁狭窄症を発 症 し、そのため廃人同様の生活を7年強いられた。家が貧しかったので母は満足な医療を与えてくれなかった。彼は母を恨むようになった。
ところが、ふとしたことで谷口の主著『生命の実相』を貪り読むようになった。谷口は「人間神の子、本来病なし」と説いた。その教えを悟ったと思ったとたん病状が軽くなった。
次いで生長の家の講師から指導を受け「親への感謝がなければ病気など癒えない」と指導された。安東青年はそれまで母親を恨んでいたことを懺悔し、親への感謝を念じるようになった。するとたちまち病は癒えた。
この手の話は新興宗教につきものだ。安東氏のケースが少し違うのはこの体験が彼に絶大な力を与えたことだ。彼は1966年、長崎大に進学。そこで椛島氏と出会い 、国立大初の「学園正常化」を成し遂げる。以来、彼は生長の家学生運動のリーダーとして注目される。
一方で安東氏は信徒の病を治す不思議な力も持つようになる。〈「安東は話がうまい。しかしそれだけじゃない。車椅子に乗っていたおばあさんが安東の話を楽しそうに聞き終えたら、なんと歩いて帰ったんだ」〉。
菅野さんはこうした話を各所で聞いた。94歳になる信者の老女はこう言ったという。
〈「谷口雅春先生や安東さんが病気を治すんじゃないんです。彼らの話や言葉が、病気の人に自分で治す力を与えるんです。素敵なお芝居を見たり音楽を聴いたりすると、身も心も晴れやかになるときがあるでしょ。あれと同じだと思うんです」〉
なるほど、ありうることだ。だが、私たちの 関心事は、安東氏と日青協の関係だ。ある信者の証言では、椛島氏は「安東巌さんと知り合って、もう何年にもなるけど、いまだにあの人の前に出ると、背筋が伸びる」と言ったという。
〈安東巌の類稀なる、策士・運動家・オルガナイザー、名演説家としての実績と、彼個人の人格的魅力、そして「谷口雅春との個人的紐帯」に裏付けられた権威。これでは、安東巌には誰も逆らえないだろう〉と菅野さんは言う。
ということは、日本会議の黒幕は安東巌氏なのか。菅野さんは『日本会議の研究』の最後にこんな信徒の声を記す。
〈「いまだに、椛島さん伊藤さん百地さん高橋さんは、毎月、安東巌さんの家でミーティングんしているはずです。少なくとも、元号が平成に変わるころまでは、毎月、安東 さんの家に集まっていた。みんな安東さんの前では直立不動でね。安東さんが、運動の指示をいろいろ出すの。で、それぞれが運動の現場に戻ると、『安東さんはこうおっしゃってた』と自分たちの部下に話す。よく訓練されたセクですよ〉。どうやら日本会議の闇は深い。私たちの想像を超えて深そうだ。(了)
(編集者注・これは週刊現代に連載した「わき道をゆく」の再録です)