わき道をゆく第140回 ぶれない弁護士

▼バックナンバー 一覧 2019 年 3 月 4 日 魚住 昭

 自分の人生を振り返ると、幸運だったとしか言いようがない出来事がある。大学に入った1970年、一年先輩の安田好弘さん(現弁護士)と出会ったことがその一つだ。
 のちに日本の死刑廃止運動のリーダーになる安田さんは、そのころ「山こじき」という登山愛好会をつくっていた。「山こじき」は会則や序列のない自由な集団で、気の向いたとき、好きな山に、できるだけ低予算で登るのをモットーにしていた。私もそこに入れてもらい、日本アルプスに登った。
 安田さんは心身ともにスケールが大きく、情深い人だった。仲間が山でへばったり、熱を出したりすると、彼がおぶって何時間も歩いた。並の人間にはできないことだ。
 弁護士になると、彼は誰もが嫌がる死刑事件の弁護を引き受けた。オウム事件、和歌山カレー事件、光市の母子殺害事件…。一方で死刑廃止運動を始めた。どんな命であれ、救える命は救わなければならぬというのが彼の信念である。おかげで激しいバッシングを受けた。でも彼の信念はブレない。
 私は仕事柄、彼の事務所に始終出入りして取材をさせてもらったが、最近は控えている。だって日本一忙しいであろう弁護士の仕事を邪魔してはいけない。彼には思う存分仕事をしてほしい。日本には彼の助けが必要な人が五万といるのだから。(編集者注・これは日本経済新聞「交友抄」に掲載された記事の再録です)(了)