わき道をゆく第153回 政治と検察(その3)

▼バックナンバー 一覧 2021 年 1 月 22 日 魚住 昭

昨年1月、【ソウル聯合ニュース】のクレジットで次のようなニュースが流れました。

 ー韓国国会は13日の本会議で、刑事訴訟法改正案と検察庁法改正案を賛成多数で可決した。検察の権限の一部を警察に委譲する両法案が可決されたことで、警察は第1次捜査権と捜査の終結権が付与され、捜査における裁量権が大幅に増えた一方、検察は捜査指揮権の廃止により権限が縮小される。検察の捜査指揮権は1954年に刑事訴訟法が制定されてから66年で廃止となるー

 私は韓国の刑事訴訟法や検察庁法に詳しくないのですが、これがかなり重大な法改正であることぐらいはわかります。ポイントは警察に第一次捜査権が付与されたということです。言い換えると、検察の指揮命令下にあった警察が独立して、検察と、ある意味対等な「協力」関係になったということです。聯合ニュースはその辺もきちんと解説しているので、参考のため引用してみましょう。

 ー従来の刑事訴訟法では検事を捜査権の主体とし、司法警察官は検事の指揮を受ける補助者と規定されていた。同法の改正で検察と警察の関係はこれまでの「指揮」から「協力」に変わる。 また、警察をもう一つの捜査主体と規定し、警察に第1次捜査権と捜査の終結権を付与する。警察は嫌疑が認められる事件のみを検察に送致し、嫌疑が認められないと判断した事件は終結できるようになる。ー

 こうした韓国の法改正は、検察の権限抑制のために行われています。これまであまりにも検察の権限が強すぎたがゆえに検察の暴走を許してしまった、そういうことのないよう警察の権限を強化し、両者のバランスをとろうというわけです。聯合ニュースは記事の最後にこうも伝えています。

 ー事実上、制限のなかった検察の直接捜査範囲も制限される。検察が直接捜査する事件は、腐敗犯罪、経済犯罪、公職者犯罪、選挙犯罪など大統領令が定める重要犯罪などに限定される。 政治家・政府高官らの不正を捜査する「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」設置法案に続き今回2法案が可決されたことで、文在寅(ムン・ジェイン)政権が目指す検察改革に関する立法は完了した。ー

 改めて私が解説するまでもないと思いますが、ここでは検察の直接捜査が及ぶ範囲について述べられています。つまり、これまではどんな案件についても検察が直接捜査できたのに、これからは「腐敗犯罪、経済犯罪、公職者犯罪、選挙犯罪など大統領令が定める重要犯罪」に限るよというわけです。 これだけなら、検察は重要犯罪の”直接捜査権”を失わないのですから、影響は比較的軽微に思えます。しかし、つづきを読んでください。「政治家・政府高官らの不正を捜査する『高位公職者犯罪捜査処(公捜処)』設置法案」というのが出てきます。この公捜処が設置されたら、日本でいう特捜案件の最も重要なところは公捜処で捜査することになり、検察の権限はそれだけそがれます。 これまでオールマイティな力を持っていた検察の権限は分割され、検察・警察・公捜処の三本立てになるというわけです。

 以上が聯合ニュースの記事の概要です。この記事を読んで私が思い出したのは、日本の敗戦直後に行われた司法制度改革のことです。実は戦前の日本でも警察は第一次捜査権を持たず、検察の指揮下で手足となって動くことになっていました。それがGHQ主導の司法制度改革により、第一次捜査権は警察に与えられ、検察の権限は抑えられました。それと同じようなことが現代の韓国でも起きているというわけです。

 ただし、だからといって韓国の司法制度が日本より遅れているというわけではありません。いや、伝え聞くところでは、被疑者・受刑者の人権保障などの面で韓国がはるか先をいっているようです。誤解なきよう。 次回は、敗戦直後の日本の司法制度改革がどのように行われたかについて記そうと思います。この改革によって今の特捜検察システムがつくられ、政治と検察の関係も規定されていくことになります。