読み物頑張れ、ムネオさん

▼バックナンバー 一覧 2010 年 11 月 16 日 魚住 昭

 鈴木宗男さんが先月末、食道ガンの手術を受けた。経過は順調だとの知らせを聞いて、少し安心した。彼は日本には稀な本物の政治家だ。早く良くなって政界に復帰してもらわねば困ると案じていたところだった。
 私はたまたま彼の過去十数年の有為転変を目撃する機会に恵まれてきた。彼が小渕内閣の官房副長官として権勢を振るった時代にも会った。02年に東京地検特捜部に逮捕される直前にもニュース番組で対談した。
「新党大地」を立ち上げ、05年の郵政選挙で奇跡的復活を遂げたときにも彼の選挙カーを追って北海道を縦断した。そのころ彼の盟友の佐藤優さんと知り合ったこともあって、鈴木さんとの縁はさらに深まり、私は彼に惚れ込むようになった。
 と言っても、取材対象としての距離感を失ったわけではない。私は私なりに鈴木さんの本質を冷徹に観察してきたつもりだ。そうして彼が弱い者、貧しい者の気持ちが最もよく分かる政治家だという結論に達した。そこが二世三世や松下政経塾出身の議員と決定的に違う点だ。
 鈴木さんは北海道の厳しい自然と風土に育まれてきた人である。彼の父親は一時は30ヘクタールもの畑を持っていた。だが、他人の借金の保証人になったため資産を失った。
 零下30度になる冬の夜、幼い鈴木さんの吐く息が掛け布団にかかると布団の襟は凍りついた。吹雪の時は雪が家に降り込んでくる。雪は解けず朝まで残り布団の上にも積もる。朝、彼の寝息で凍った布団の襟が顔にゴツンと当たり、目覚める。
 そんな生活環境が彼の政治思想を培った。経済的に弱い地域の声を汲み上げて政治に反映させ、富の公平配分を目指す、土着的な社会民主主義である。
 だが、この思想は新自由主義による小泉・竹中構造改革路線と真っ向から衝突した。
 佐藤さんの『国家の罠』によると、小泉政権としては「地方を大切にすると経済が弱体化する」「金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない。しかしムネオ型の「腐敗政治と断絶する」というスローガンならば国民の拍手喝采を受けながら、露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる。02年のムネオ事件はそういう機能を果たしたという。
 今となってはこの佐藤さんの分析を否定する識者はほとんどいない。特捜部が鈴木さんを標的にした国策捜査を行い、小泉改革が地方経済と弱者の暮らしをどん底にたたき込んだのは疑いようのない事実だからだ。
 鈴木さんは437日の勾留に耐えた。保釈後に発見された胃ガンも克服した。かつて自分を激しく攻撃したメディアへの恨み辛みを一切口にせず、バラエティにも出演して人気者になった。不撓不屈の精神と、メディアの本性を見抜く洞察力がなければ不可能なことだった。
 政界復帰後の鈴木さんの活躍はもう言うまでもない。国政調査権に基づく質問主意書を連発して日米密約や外務省機密費の闇を暴いた。取り調べの全面可視化を求める運動の先頭に立ち、法案成立まであと一歩のところにこぎつけた。昨年夏の政権交代で彼が果たした役割も大きかった。たった一人の議員の力でこれだけの働きができるのかと、私は驚嘆した。
 9月7日に鈴木さんの上告が棄却され、1年半の刑期が確定した。収監前の検査で食道ガンが見つかったとき、周囲は鈴木さんに刑の執行停止の申し立てをするよう勧めたという。
 それはそうだろう。ガン手術の直後に服役するのは死の危険を冒しに行くようなものだ。
 だが、鈴木さんは頑として拒んだ。早く刑期を終え、ライフワークの北方領土返還交渉などやり残した仕事をつづけたいのだという。彼にとっては自分の命より政治が大事なのだ。
 そんな人だからこそ道民の熱烈な支持を受けるのだろう。頑張れ、ムネオさん。あなたの闘いを皆が見守っている。(了)
(これは週刊現代「ジャーナリストの眼」の再録です)