わき道をゆく第165回 政治と検察(その15)
すでに述べたように、この事件では安田好弘弁護士がスンーズ社とテナントの間に別会社を入れ、賃料の支払先を別会社に変更するよう指示したことが強制執行妨害罪にあたるとされています。では、安田は何のために払込先変更を指示したのでしょうか。安田自身は初公判でこう述べています。
「平成四年(1992年)11月頃、スンーズの社長から『どうすればスンーズグループが生き残れるか』と相談を受けました。私は債権者、借入金額などについて説明を受け、検討した結果、いずれ破綻せざるを得ないと考え、これに備えるためにスンーズの賃貸部門を分離独立させて分社し、そこに従業員を移転して、スンーズ本体は時期を見て資産を売却し、債務を返済して消滅させていくことを提言しました。
具体的にはスンーズの不動産を新会社に一括賃貸(サブリース)して、従来のテナントに対する賃貸人の地位を新会社に譲渡し、新会社はテナントから受け取る賃料のうち一つの目安としてその六割を一括賃貸の賃料としてスンーズに支払い、残りの四割の賃料で物件の管理、従業員の経費、新規事業の事業費などに充てることを提言したのです。これはあくまでも『真実の賃貸人の地位の譲渡』であって、決して仮装したものではなく、もとより強制執行を妨害する目的もありません。自由競争原理の下において当然許される行為です。
しかもサブリースをしても債権者に何ら不利益を与えません。なぜなら従前と同じくテナントに対する賃料債権を差し押さえることができるだけでなく、新たに新会社に対する賃料債権を差し押さえられるようになるからです。仮に私が提言したとおり、スンーズと新会社との賃料が六〇、新会社とテナントとの賃料が一〇〇と、その間に四〇の差があったとしてもテナントの賃料を差し押さえた場合、テナントがスンーズに預けている保証金が返還されないおそれがあることを理由に賃料をしはらわないことが多く、また新規のテナントに敬遠されて空き室が多くなり、結局、実質の手取りは六〇を下回ることはよくあることです。とりわけ、差し押えでビル所有者の収入は断たれ、維持管理する者のいないままに放置され、担保価値そのものを低減させてしまうことに比べれば、いかに名目上六〇にすぎない賃料であるとしても、テナントとの間の一〇〇の賃料を差し押さえるより、その実質において有利なわけです」
サブリースは不動産の管理運用法として一般的に行われています。たとえば客の入りが悪くなった公衆浴場のオーナーが浴場を取り壊して賃貸マンションを建てたとします。オーナーはマンションを不動産会社に一括賃貸します。そうすれば仮に空室が多くなっても一定の収入を確保できますし、マンション管理や賃料徴収の煩わしさから解放されます。
結局、この裁判の最大の争点は賃料支払先の変更の目的が何だったのか、ということです。検察側が主張するように「賃料差し押え」を免れるためだったのか、それとも安田の言うようにスンーズ生き残りを目指した分社化のためだったのか。
検察側の証人として法廷に現れたのは、スンーズの経理係を長く務めたY子(証言当時59歳)でした。
Y子の役割は「ダミー会社」(エービーシーとワイドトレジャー)の口座に入った賃料がそのままスンーズの会計に入れられ、スンーズの経費として使われていた事実を証言することでした。
それが明確になれば、エービーシー、ワイドトレジャーの両社は「賃料隠し」のためのトンネル会社だったことになり、検察は安田の反論を粉砕できるわけです。Y子は最初、検察側の期待に見事に応えました。
検事「あなたはどんな気持ちでスンーズに18年間勤めていたんですか」
Y子「もう本当にめちゃくちゃな経理で、決算期になると社長は『貸付金と借入金の明細を持ってこい』と言って、それを自分なりに数字を入れ替えて決算するんです。こんな道理に合わないことはやりたくない。ずっと18年間、辞めたい辞めたいと思ってました」
検事「あなたとしては、(会計処理の)本に書いてあるようなきちんとした経理をずっとしたかったんですね」
Y子「はい」
検察側はまずY子の証言の信憑性を増すために、彼女が良心的な経理係だったことを裁判官たちに印象づける作戦に出ました。実際には後でこの作戦は裏目に出るのですが。
検事「今回は、(スンーズの持ちビルである)麻布ガーデンハウスと白金台サンプラザの賃料振込先を、スンーズからそれぞれエービーシーあるいはワイドトレジャーという会社に変更したということで刑事事件にあっていると、そのことはわかっていますか」
Y子「はい、わかっています」
検事「道理に合わない経理をいろいろやらされてずっと辞めたいと思っていたという証言がありましたけれど、この賃料振込先の変更にかかわる経理もあなたの言う道理の合わない経理に含まれているんですか」
Y子「もちろんそうです」
検事「どのように道理に合わないというふうに思っていたんですか」
Y子「エービーシーの通帳に入るものをスンーズの口座の中に入れるということは、譬えにしますと、他人の財布からお金をとって入れることだと思います。そんなことあってはならないと思っていました」
検事「ちょっと難しくてわかりにくかったんですけども、どのようなところがおかしいという風に思っていたのか、もう一回説明してもらえますか」
Y子「エービーシーに麻布ガーデンハウスの家賃を振り替えさせるというときに(スンーズ社の宅建主任の)Sさんが……」
検事「ちょっと待ってください。先走らないで、細かいことは順番に聞いていきますので。スンーズの貸していた二物件(麻布ガーデンハウスと白金台サンプラザ)の賃料の振込先を関係会社に変更しましたね」
Y子「はい」
検事「振込先を変更する目的はどういうことだと理解していましたか」
Y子「それはやはり賃料の差し押さえを免れる手段だと思いました」
検事「当時からそう思っていたんですか」
Y子「はい、思っていました」
検事「証人の理解する限り、そのような処理の方法を言い出したのは誰だと思っていますか」
Y子「たぶん、うちの会社のSさん、Iさんたちが社長とよく安田先生の事務所に行っていましたが、その直後にそういうふうなことになったので、あそこで話し合ったのかなと。ただそういうふうに思いました」
検事「理由はわかりましたけれども、私の質問に直接の答えが出ていないので尋ねなおしますが、証人の理解する限り、このようなお金の処理の仕方を言い出したのは誰だと思っていますか」
Y子「たぶん、私としては安田先生だと思っています」
検事「後ほど具体的に帳簿を見ながら、説明もしてもらいますが、賃料の振込先をスンーズの口座から変更したことによって、会社の経理上何か実質的な変更はあったんですか」
Y子「いいえ、それが全然なかったんです」
検事「実質的な変更はなかったということですが、この賃料の入金先の変化によって結局どの程度の違いがあったということになるんでしょうか」
Y子「口座が一つ増えたということですか」
検事「もう少し詳しく説明してもらいたいんですけれども」
Y子「どこから説明したらよろしいでしょうか」
検事「今までスンーズの賃料としてスンーズの会計に計上して経理をしていましたね」
Y子「はい」
検事「そして、たとえばエービーシーという会社に賃料の振込先が変更になりました。それによって経理の手続き上はどの程度の違いがあったんでしょうか」
Y子「前と一緒です」
検事「先ほどちょっと言いかけましたけれど、スンーズという会社のお金を管理する預金口座が一つ増えた程度、そういうことですね」
Y子「はい」
検事「そうだとすると、経理の上から言った場合、テナントから振り込み入金された賃料というのはエービーシーとかワイドトレジャーという会社を素通りしてスンーズのお金になっていたんですか」
Y子「はい」
この、一見もっともらしいY子証言がいかにでたらめだったか、弁護側の反対尋問により完膚なきまでに暴露されることになります。サスペンスドラマのような逆転劇の始まりです。